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第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌
10 深緑の牢獄②
しおりを挟む鬱蒼とした森の中実験施設を探していると、どこからともなく甘い香りが漂ってきた。
微かに鼻腔を掠めるそれは、花のものとは違う、熟れすぎた果実の様な香りである。
「なんでしょうね。この香り?」
僕と同じく香りに気づいたアッシュ(実はずっといた)が、口元に手を当て怪訝に周囲を見やる。
うーん。ちょっと嗅いだだけでも、なんていうか不快になる類の香りだな。長時間嗅いでいたら胃がむかむかしてきそうだ。
見えるの限りは歩いてきた風景となんら変わりがない。ということは、この先に香りの元がある可能性が高い。
施設を探すためには先に進まなきゃならないけど、これ以上香りが濃厚になったら…ううっ、考えただけで気分が。
内心葛藤する僕の傍らで、人差し指を顎に添えて一人小さく唸っていたノワールさんがこれはダメね、と呟きパチンと軽く指を鳴らした。すると、不快な香りはすぅっと消え失せ、むかつきかけた胃がすっきりする。
どうやら僕たちの周りに、ノワールさんが結界を張ってくれたらしい。さすが魔王の側近さん。魔法はお手の物ですね。
「ノワさん。ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。というか、こんな森の中で無作為に神経毒ガスを蔓延させるって、雑過ぎてお姉さんドン引きだわー」
「「え?」」
もしかしなくてもあの甘い香りの正体が神経毒ガスってこと?
さらり軽い調子で放たれた物騒な単語に、アッシュと一緒に固まってしまった。
更にノワールさんは、密室で使うべきだとか、もっと計画性を持って使えとか。ぶつぶつとぼやく。いや、違うでしょ、そこダメ出しするのはおかしいから。計画性を持って襲われた日には、僕たちの死亡フラグが立つからね?
「ノワさんは毒に詳しいんですか?」
待て、アッシュ。その話題をこれ以上広げようとするな。広げるなら周囲の安全を確認してから、僕のいないところで存分に自滅してくれ。巻き込み事故は勘弁してください。
そんな僕の気持ちは置いてけぼりに、ノワールさんはにやりと意味深に口角を上げる。
「まあ嗜む程度にはね。人の上司の飲食物に毒盛るバカがいたりするのよ。媚薬とか痺れ薬とか媚薬とか眠り薬とか媚薬とか。まあ、全部水際で阻止しているけどね」
何故に媚薬を交互に三回も言うのかな?盛られた順番だとしたら、媚薬多いなぁー。
しかし、彼女のことだからロクでもない理由かと思ったら、案外まともな理由だった。ちょっとだけ拍子抜けである。
上司って魔王様ですよね。魔王様に致死性がないとはいえ薬盛るなんて、逆に殺してくれといっているようなものだよね、その人。よっぽどの自殺志願者にしか思えない。
後からそう言ったら、ノワールさんがなら手間が省けるんだけどねぇ、と遠い目をしていた。彼女をそこまで追い詰めるなんてどんなバカなんだ?ちょっと気になるかも。
「あ、もちろん。趣味に活用するためでもあるわよ」
「聞いてませんし。趣味に毒の知識が必要って、どんな物騒な趣味なんですか」
「人聞きの悪い。私は拗らせは許すけど、一方的な無体はノーサンキューよ」
誰か通訳…は、いらないな。知りたくもない。この方の話で意味不明なものは、意味不明なままでいいことなんだよ。僕は学習しました。
「それじゃあ、先を急ぎますか」
せっかく結界を張ってもらったんだし、、さくさく先に進みましょう。
「まさかのリアクションなし!?」
「今は施設探しが最優先ですからね」
効果音がつきそうなオーバーリアクションしてたら、置いて行きますからね。
それから歩くこと数十分後。
漸く拓けた場所にたどり着いた僕たちは、そこで目の当たりにした世界に驚き絶句した。
目の前に広がるのは石と木で出来た平屋の建物が石畳の小道沿いに整然と並ぶ、施設というより小規模な集落。
数百年も前に遺棄された建築物とは思えないしっかりとした造りのそれらを、無数の木の根が複雑に絡みつき飲み込んでしまっている。
自然と一体化していると表現すれば聞こえはいいが、木の根がまるでしめ殺し植物のごとく建物に寄生いるように見え、どこか薄ら寒いものを感じさせる光景である。
と、ここまでならそんなに驚く必要はない。人の住まなくなった建築物が自然に侵食されるなんてよくあることだ。
では何に対してのリアクションかというとーー、
「…不死者?」
誰ともない呆然した声が上がる。
光のない濁った眼に意思らしい意思など見えず、かつての生者たちがゆっくり建物の間を横行する、その姿。
まさかこんな森の奥に不死者がこんなにいるなんて。見ただけでも二、三十体はいる。
「ここが実験施設だった場所なんだよね?」
「資料によると、この辺りは全てノーダ一族が支配する土地ですので、間違いないかと」
「ということは、この不死者たちって、もしかして魔具の被験者たちなのか…?」
人は死ねば魂は肉体から離れ、然るべきところへ行く。しかし、時折、強い思念に囚われ肉体を離れようとせず、その摂理に抗おうとするものがいる。その結果不死者として成り果てるのだ。
彼らが理不尽な人体実験の被験者たちなら、至る経緯は想像に難くない。
きっと、被験者が実験の末に不死者になってしまったから、この施設は遺棄されたんだろうな。実験にいいように使われた挙句に放置されるなんて、かわいそうに。
……いいや、違うーー、
そう考ていたら、ポツリと呟きが。
ーーなったから遺棄したんじゃない。遺棄した後にしてやったんだ。
不意に誰かの言葉が自分の中に入ってきた。
「え…?」
周りを見ても、いるのはアッシュとノワールさんのみ。他に発言するものは誰もいない。
でも、多分そのどちらのものでもないだろう言葉。
先程の白昼夢といい、一体…。
得体の知れない恐怖に、自然喉が嚥下する。
「ルトさん?」
「ううん。なんでもない」
アッシュがどうしましたと、目でこちらの様子を窺い見てくるので、それに対して僕は慌てて首を横に振った。
確かな証拠もないのに口にして、折角ついてきてくれた二人を困惑させてはダメだ。
自分たちの側に目に見えない第三者がいる、なんて……。
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☆ ここまでお読み頂きありがとうございますm(_ _)m
次回の更新は25日21時以降の予定となります。
応援ありがとうございます!
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