《R18》春告と紫に染まる庭《セクサロイド・SM習作》

サクラハルカ

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第4話

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 十六時を過ぎて、手作り市は終わった。
 私が店仕舞いをしている間、彼らは黙ってそこにいた。

 彼らがこちらを見ていても、不思議と気まずくはなかった。
 刺繍は渡せないと心を決めたのもあるし、二人とも私に微塵も興味がないというのも大きい。

 片付けをしているとき、意図せず白髪紫眼のアンドロイドが視界に入った。
 黒髪に白髪が混じった彼と違って、隣に静かに寄り添うアンドロイドはまだ若く見える。二十代半ばをイメージして作られたのだろうか。

 見目美しいアンドロイドは、人のパートナーとしてその傍に立っているところを見るが、彼の連れているアンドロイドのように寄り添う、という表現をしたくなったのは初めてだった。きっとその容貌がここにいる東洋人のような色合いならば、絶対にアンドロイドだと分からないような、そんな雰囲気だった。

 店仕舞いを終えて、私は彼に連れられて、お寺近くの喫茶店にやってきた。

 古びた様相のその喫茶店は、昭和初期にできた当時の姿のままらしい。空襲でも焼けなかった地域なので、この辺りには古い建物が再開発を逃れて立ち並ぶ一角があるが、ここもそうらしい。
 彼らは慣れた様子で、そのいかめしい扉を押して中へ入っていった。

 案内されることもなく、歪な二人の後ろについていく。初めて来たのではないらしい、というのはその振る舞いでわかった。彼が選んだ席は道路に面したガラス窓側ではなく、漆喰の壁際。わざわざそこにした、というよりそこがいつもの定位置なのだろうと推測した。
 向かい合って座る私たちの間にある机は木製で、焦げ茶色の光沢を放っている。

「ここは、メニューを決めてからウエイターを呼ぶんだ。そうしないと水も出てこない。私はそういうところが気に入っているんだがね」

 彼はこちらも見ず口早にそう言って、私にメニューを渡した。
 背の破れたところに貼られたセロハンテープは琥珀色に変色し、接着力をなくして浮きかけていた。私はそれが気になって人差し指でなぞりながら、プラスチックの下敷きのような表紙をめくった。

 目当てのものがメニューに書かれていることを確認して彼に手渡すと、彼は中身を確認することなく、所定の位置にそれを戻す。そして、軽く手をあげてウエイターを呼んだ。

 彼はミルクティーとチョコレートパフェを頼み、私はウインナーコーヒーを注文した。私は自分で自分を甘党だと思うけれど、彼も相当なものだと思う。
 注文と共に水が二つ出てきた。

 今ではアンドロイドも人扱いされるので、いくら飲食しないと言っても水くらい出す店が多いのに、ここはそうではないのだなと、目の前に何もないアンドロイドの方をそっと見た。

「良いところだろう」

 前触れもなく、彼がそう言ったので私は意味がわからなくて首を傾げてみせた。

「木蓮に水を出す必要はないからな。ここのそういう所も気に入っているんだ」

「木蓮……」

「このアンドロイドの名前だ、木蓮、という」

 彼がそう言うと、じっと座っていたアンドロイドが私に会釈した。
 私がそれに対して会釈を返すべきかどうか悩んでいるうちに、木蓮は来ていた上着のポケットからルービックキューブを出してカチカチと回し始めた。
 それまで見たことのなかった一列に五個のマスが並んだルービックキューブだった。

「アンドロイドは人間ではない。人扱いする輩がいるが、彼らはアンドロイドの存在を尊重したほうがいい、そうは思わないかね」

 最近、アンドロイドに人権を、と謳う団体がいることは知っているが、彼らのことを指しているのだろうか。
 はあ、と私が気の無い返事をすると、彼はまた片眉を上げて

「犬は犬だし、猫は猫だろう。彼らも人間ではない。アンドロイドだって同じだ」

「長く一緒にいると、同じ種族のように錯覚してしまいがちだけれど、それは間違っている、と仰りたいのですか」

「その通りだ」

 今度は満足そうに口角を上げた。
 浮浪者じみた格好の彼の笑いは、薄暗い喫茶店の中でさながら妖怪のように、壁際のランプの明かりで薄気味悪く浮かび上がった。
 カチカチと途切れず聞こえてくるルービックキューブの音が無機質で、窓の外の風の様子がコマ送りされているように錯覚した。

 注文したものが目の前に置かれると、彼はすぐさま山盛りにされた角砂糖を全てミルクティーの中に放り込み、せわしなくティースプーンでかき混ぜた。
 隣に座る木蓮は優雅にルービックキューブを回しているのに、彼のその動作が全く優雅でなく、私はその二人を面白く眺めながらカップを口に運んだ。

 クリームとカップの間から、濃いコーヒーが口の中に入ってくる。
 その後、生クリームをすくってひとさじ食べてみた。
 ここの生クリームは、甘い。でもコーヒーがかなり濃いめで、私の好みだと思う。

 ゆっくりとその一杯を味わっている私とは正反対に、彼はパフェの主な構成要素である生クリームとバニラアイスを、スプーンからこぼれ落ちそうなほどに乗せて、大きな口に放り込む。刺さっていたウエハースは背の高いパフェの器の隣に無造作に投げ出されて、器の下に置かれた白いお皿からはみ出していた。
 それをじっと見ていると、彼はウエハースを摘んで、私の目の前に突きつけた。
 くれるということなのかしら、と私が戸惑っていると、

「私はこれが好かない」

 顰めっ面でそう言うので

「次から省いてもらえば良いのではないですか」

「しかし、これが刺さってないとパフェに見えないんだ。わかるだろう」

 食べない癖に変なこだわりがあることはわかった。

 私は彼が目の前に差し出してきたウエハースを、手で受け取らず、そのまま口でパクッと食べた。
 思った通り、変哲のないパサパサした食感のウエハースだった。噛み砕かれて粉々になったそれが遠慮なく舌に纏わり付いてくる。
 咀嚼する私の目に映ったのは、何故だか目をまん丸に見開いた彼。
 口の端には白いクリームがべたっと付いていて、ギョロリとした目と一緒に、こちらを凝視していた。
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