《R18》春告と紫に染まる庭《セクサロイド・SM習作》

サクラハルカ

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第14話

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 薄々感じていたことではあったけど、大事な人を何度も失っていた私は、それをダイレクトに感じないように、心に鎧をまとわせていた。
 本当は手放すべきではない。
 木蓮が離れたいと言っても、私は彼に縋り付いて駄々をこねるべきなのだ。
 行かないで、と。

 ごめんなさい、ごめんなさい、一人にしないで。

 ようやっとそれを口にした時には、目を覆っている布が涙を吸ってグチャグチャになっていた。

 私の両頬を前触れなく、ほんのりとした温かさが覆う。

「……木蓮?」

 そうだよ、と答えたその声は、ここにいるはずのない人と同じ。

 口調は木蓮のもの。
 でも、その声色は紛れもなく、私の夫のものだった。

「声が、」

 その後が続けられなかった。
 視界が遮られているせいで、蘭の声になった木蓮を見ることができず、私は狼狽えた。

「春告、まだ俺達・・から離れたい?」

 その問いかけに、私は戸惑いながらもふるふると首を横に振った。木蓮の手と私の頬が擦れ合った。

「良かったー。俺もできれば春告を殺したくないから」

 蘭の声で不穏な事を言いながら、彼は私の頬を手のひらで覆ったまま、右頬に触れている親指を動かした。
 懐かしい指の動きに、私は息を飲んだ。
 それは蘭が情事の前に、途中に、そして後にとしてくれていた儀式めいた、彼独特の癖だった。

「それじゃ『良い子』の春告には、今日が何の日か教えてあげよっか」

 おどけた風に言って、木蓮はそこで一旦言葉を切った。
 そして私と多分木蓮の額を合わせたのだと思う。
 私のものではない髪の感触が、顔のあちこちを撫でた。そして、足を括り付けた棒らしきものに彼の体重をかけたのか、体の方に押し付けられる。
 木蓮は、人同士であれば吐息がかかるくらいの距離で得意げに言った。

「今日はね、蘭が春告との婚姻届を役所に出した日。つまり、結婚記念日なんだよ」

 ああ、そうだったのね、と相手不在の記念日が、ストンと私の中に落ちてきた。

 確かに真っ白の婚姻届にサインしたことは覚えている。なぜなら、久々に本名を書いたからだ。本当に久しぶりすぎて、書いた名前の方が偽名に思えるくらいに、愛着のないものになっているのを感じた。
 ゆっくり時間をかけて、間違えないように一つ一つ確かめながら書いた漢字の羅列。彼はそんな私の戸惑いも知らず、それだけが書かれた紙を取り上げて、後は手続きを済ませておく、とだけ言ってさっさと何処かへ行ってしまったのだった。
 あの時書いたものがちゃんと受理されていたことは、その後彼が死んだ時に実際に分かったのだけど、それが今日だとは知らなかった。

「それから、もう一つ。あいつから頼まれてたことがある」

 そう言って木蓮は額と手を私の顔から手を離した。
 ようやく与えられた温もりが消えて、心臓が寂しげにトクンと音を立てた。

 離れたのは、ほんの一瞬のことだった。

 次に彼が私の首筋に触れた時、ぬるりとした感触が伝わってくる。次いで、それは冷やっとしたものに変わった。
 何これ、と思っている間に、木蓮はその手をお腹だとか太ももの内側だとか、あちこちに這わせて、何度もマッサージをするように揉みはじめた。

 それを訝しんでいたのも束の間。
 最初に触られた首筋が、ジクジクと熱を訴えてくる。その他の場所も次々に熱を帯びて、木蓮が花芯に触れた時には、既に私の口から溢れるのは卑猥な色を帯びるものに変わっていた。刺激に体は素直に反応する。
 縛られた腕や足がギシギシと聞こえぬ音を立てて、まるで縛めに楯突いているかのよう。

 直接的な刺激を求めて入り口がヒクつく。そのうち頭がくらっとして、木蓮と繋がることをチラリ、チラリと考え始めた。

「今から縄を解くけど、目隠しは外さない。春告も取らないでね。それがこの声を遺した蘭の願いだから。俺がこの声を使う時は、春告に姿を見られたくないんだって」

 変なお願いだけどしょうがないよね。

 そう言いながら、木蓮は開かされっぱなしにされていた足の拘束と、胸の前で固定されていた手首の縄を解いてくれた。そして、塗り残し、と言いながらシャツの裾から手を入れて、ご丁寧に胸まで揉みしだいてくれる。

 ゾワゾワとした快感に、指でシーツを掴み足を擦り合わせていると、甘く胸の突起を摘まれて、私は腰を浮かしながら悲鳴をあげた。
 木蓮は蘭の声のまま蘭らしくない笑い声を立てて、たった一枚だけ残されていたシャツを手際よく脱がした。

「蘭とセックスさせてあげる、と言ってもあいつは死んじゃったから、俺が代わりなんだけど」

 そう言って私の上に覆いかぶさった木蓮は、蘭が生前していた作法を完全にトレースして、私を丁寧に愛撫し始めた。

 まずはゆっくりと体の線をなぞるように脇腹を撫でる。
 それだけでも突き抜けるような快感を感じて、私は激しく首を横に振った。

 可愛い、と言うのは蘭の声。

「やっ、なんか……私、変っ」

「俺、キスできないから、『こういうの』に頼るしかないんだよね。まあ、ちゃんと安全性重視で選んだから、そこは安心して」

「んっ、そうい……う問題、じゃなっ、やっ」

 頭は今までに経験したことないくらい、隅々までどぎついピンクに染められているのに。
 さっき塗りたくられたものがベッタリついた皮膚を、木蓮がクスクス笑いながら更に撫であげている。私が悲鳴をあげて暴れているのに、本当に酷い。

「だって春告、俺とやっててもずっと蘭の事見てたでしょ」

 蘭の声で蘭のことを言われているのは何だか変な感じがするけど、今は体が鋭敏すぎてそれどころじゃない。私にまともに喋らす気がないような気がして、必死で頷いた。

「あいつが死んでからは、どことなく上の空だったし?」

 それも覚えがあるけれど、それとこの状況に何の関係があるだろう。
 疑問は木蓮の手の動きに、一瞬で霧散させられる。

「何のために、あいつが俺に春告を抱かせたり、春告とあいつがやってんの見せてたと思ってるの」

「、わかんなっ……」

 だろうね、と言いながらも木蓮が手を止める様子は見られない。
 気持ちよすぎて、さっきまでとは違う涙が目尻に浮いては布に吸われている。

「今は、何も考えなくていいよ」

 木蓮の手が私の足の間に滑り込んでくる。割れ目の中で少し動かされただけで、本当に何も考えられないくらいの快感が、体を支配した。両手は布団のシーツを鷲掴みにしていたけど、それでは耐えきれなくなって、思わず木蓮の体にしがみついてしまう。

「ぅあ……も、やだ」

「やだ、じゃないでしょ、そこはイイって言おうよ」

 私と違って、木蓮は相変わらず冷静なままだ。
 でも、いつもより丁寧に愛撫を繰り返してくれている。
 何もこんな時にしなくても、と恨みがましく思った。
 しかも、蘭の声。

 木蓮は空いている方の手で私の頭を撫でた。
 もう片方の手は、相変わらず私を休ませる気は無いらしい。

 さっきまで長時間木蓮にひどく犯されていたのに、私の蜜壺は指でかき回されて嬉しそうにうごめいている。キュンと締まるそこに木蓮は指を増やして、必要以上に丁寧に解した。
 それから私の両足を、まるで誘うかのような手つきで大きく開かせて、彼のものをゆっくりと味わうかのように挿入する。

 ああ、蘭がいるみたい。

 木蓮を受け止めながら、飛びそうになる頭でそんなことを考えた。
 喋り方以外は本当にそっくりで、喋り方まで変わっていたら本人なんじゃないかと錯覚しそうだ。

 蘭には蘭なりの手順がある。
 機械的な木蓮のセックスとは違い、蘭は前戯にとても時間をかける人だった。
 忙しいんだからささっと終わらせてしまえばいいのに、と言えば、何の為に体を合わせるのか、と呆れたように問い返された。

 男の人の定期的な性欲処理のことは知っていたので、蘭にも生理的なものとしてこういう時間が必要だと思っていた。
 しかし、彼が忙しい人であるのも事実。
 あまり時間をかけると、体を休める時間が削られるのではないか、と私は心配していた。

 春告、余計なことは考えなくてもいい。

 思い出に残るのと同じ、蘭の声が降ってくる。
 懐かしさと愛おしさに、この体が蘭のものではないと知っていたけど、私は泣きながら更にしがみついた。愛されても愛されても、さらなる愛情を注いでほしいと、無限にねだる赤ん坊のような私を、木蓮は最大限に甘やかしてくれた。

 身体をめちゃくちゃにかき回されて、グズグズに溶かされて。
 そうやって、彼らが望むような型に流し込まれて、再成形されるのなら本望だ。
 彼らが注いでくれる愛を、私は一滴残らず飲み干して。そうして本当に彼らのものになって、一時も離れたくはない。

 蘭の声と作法で私と交わる木蓮にそれを伝えると、彼は嬉しそうに笑った。

 大丈夫、春告はもうとっくに俺達・・のものでしょう。

 彼らのくれた答えに嬌声を上げながら、私は何度も何度も頷いた。

 蘭の声と木蓮の柔らかさ。
 その二色の紫に、私は囚われることを望んだ。
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