プロレスリング・ショー ワン・ナイト・スタンド

前原博士

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ダイナソー事件

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 -1999年 某日
 -インタビュワー:レイ・ビーンズ記者 インタビュイー:匿名希望

「ではダイナソー事件について貴方の知っている事を教えてもらえますか?」

「ああ、もちろんだ 全ての真実を話すよ 客観的な、真実を」

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 派手なスモークが炊かれ、炎と爆発が広い会場を照らす。
 分厚い大胸筋、引き締まった腹筋、絵に描いたような立派な逆三角形のボディ。
 2メートルの長身、長いソバージュの黒髪。歯をむき出しにした野性的なポーズ。
 彼のリングネームはダイナソー。太古の昔に地球を支配した生物の名を冠する男。
 デビューから70戦無敗の無敵のスーパーアスリート。
 当時、圧倒的な人気で業界のTOPに君臨した男だ。


 彼の試合運びは力強く、スピーディーでとてつもなく暴力的だ。
 まさに猪突猛進、相手選手を次々なぎ倒していくさまはブルドーザーにもたとえられ、付いたあだ名がジュラシック・ドーザー。
 圧倒的な活躍ぶりはとくに若いファンを魅了した。

「ダイナソーは私の王子様よ! はやく私を食べにきてダイナソー!」

 ただし、古参のレスリングファンからはまた少し違う評価もある。

「あいつはバカみたいに突っ込んでいくしかできない 試合運びも強引で、レスリングとしては下手くそだよ あんなのがスターとは落ちたもんだ」

 彼がレスラーとしてキャリアをスタートさせる前の話をしよう。
 彼はハイスクール時代、いわゆる典型的なジョックだった。
 アメフトチームのエースで、いつもピチピチのシャツで筋肉を見せつけ、派手な車を見せびらかす奴。
 女を取っ替え引っ替えして、その数を競い、哀れなヒョロガリ君を奴隷として使うタイプの男だ。
 そういう奴ほど、えてして成り上がったりするものだ。

 海兵隊に居た事もあったようだ。だが鼻っ柱の強い彼は上官への命令不服従を繰り返し、不名誉除隊をさせられている。
 当時の同僚の評価はとても悪い。彼は海兵隊でも傍若無人で、いじめや盗みを繰り返していた。
 はっきり言って最低の男だ。

 レスラーとしてデビューした後は、しばらくは奴もナリをひそめていた。先輩レスラーや経営陣におべっかをつかえる程度の頭はあったんだ。
 なにより、当時業界はスターを欲していた。
 おりしも他社のプロレス団体が猛烈な巻き返しをはかっていた。ビジネスの世界は弱肉強食だ。
 そして生まれたのがダイナソー、暴君だ。ちょうど恐竜を題材にした小説が流行っていた。


「おい、いったいなんだあの試合は!? まるでやる気を感じないぞ!!」

 その夜、フレッドは彼の試合に満足していなかった。
 明らかに手を抜いていた。のらりくらりと試合をすすめ、観客も困惑していた。
 相手をした選手も、その実況をしたジェイムスも怒り心頭だった。

「いいだろ、今週は予定がパンパンだ 疲れてるんだよ それに今日のはハウスショーだろ?」

 説明すると、ハウスショーというのはテレビ中継のない小規模の試合だ。
 綿密な予定が組まれる大きな試合と違って、ストーリーと関係なく、選手同士がのびのびと試合を出来る。
 重量級ファイターが飛び技を使ったり、イカれた怪奇系レスラーが難易度の高い間接技を披露したりと、普段と違う一面が見れる。
 放送時間の限られたテレビ番組とは違って時間の制約もなく自由にやれるなどマニアにとってはプレミアムな興行だ。

 だがダイナソーは露骨に手を抜いた。
 必殺のダイナ・ランを何度も連発した。必殺と言っても、単に頭から相手に突っ込むだけの誰にでも使える技だ。
 元アメフト選手のダイナソーのは、体のでかさと相まって迫力があるのでそれだけでも観客は喜ぶのだ。
 だがその日来ていた客は、目の肥えた筋金入りのプロレスファンだった。だから痛烈なブーイングが飛び交う。
「You Suck!! You Suck!!」


「事件が起きたのはその夜?」

「そうだ、ダイナソーは不機嫌だった 控え室で酒を飲んで、会場を出る頃には泥酔していた 外には選手の出待ちをしていたファンが大勢いて、選手と触れあっていた」

「そこにミッシェルが居たわけですね?」

「そうだ、彼は頭角を表し始めてた ベビーフェイスだが流血も厭わないハードな試合もこなすようになって人気が高まってた その日もいい試合をしてたよ、とくに女性人気はピカ一だった ファンに囲まれる若造のミッシェルを見て、ダイナソーはキレちまった」

「そして暴行を働いた」

「そうだ 警備員と選手たちが大勢駆けつけて、現場は酷い有り様だったよ」


 1998年某日
 -インタビュワー:レイ・ビーンズ記者 インタビュイー:''ザ・ハンター'' ロッキー・ゴロドフ


「こんにちは、ハンター 今日は本当にありがとう 早速だけど、例の事件について質問しても?」

「もちろん、準備はできてる」

「ではお願いします 時計を当時に戻しましょう あれは1994年の……」


 1994年7月の事さ。ダイナソーと僕は人気の絶頂にあった。彼は気難しい奴だが、まぁ僕たちは上手くやっていたと信じたい。
 試合の直前に社長のフレッドとダイナソーが言い争う声が聞こえた。
 どうやら今夜のショーに不満があったらしい、ダイナソーは退団をちらつかせてたが、フレッドは頑として聞かなかった。
 ダイナソーも強情な男だが、社長はそれ以上だからね。
 
 その日のダイナソーは、かなり荒れてた。多分、筋肉増強用のステロイドの副作用が出ていたんだと思う。
 薬物を辞めさせなかった会社にも、僕にも責任はある。
 スタジアムでの王位決定戦だった。74戦無敗の帝王、ダイナソーVSハンターのヘヴィー級王者を賭けた一戦だ。
 試合結果はご存知の通り、僕がダイナソーをパイプ椅子で襲撃したが、逆に椅子を奪われて攻撃を受け失神。王者はダイナソーが守った。
 だけど本来のブックは違った。ダイナソーは僕に王者を明け渡す算段だったはずなんだ。
 彼はこの敗北ブックをずっと渋っていた。俺は無敵の王者のはずだと、控え室でも繰り返していたよ。
 そこでフレッドの提案で、僕が掟破りの卑怯な凶器攻撃をして、王者を奪ってその後はヒールとして活動するという事でお互いに承諾したんだ。
 だが彼はブックを破った。フレッドは戸惑っていたよ。幸い、ブックのことは漏洩防止にごく一部のスタッフにしか知られていなかったのでなんとか収拾は付いた。
 それから、会社の経営陣とダイナソーは険悪な状態に陥った。彼を悪くいうつもりはない。さっきも言ったが、会社にもスタッフにも、僕にも責任の一旦はあると思ってる。彼は助けを必要としてたんだ。

「彼とは今も交流を?」

「ああ、たまに会って話すよ」

 -インタビュー終了

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 これが二度目の事件だ。だがハンターの証言にあったように、当時は事件そのものが隠蔽されていたため、明るみには出なかった。
 世間を震撼させ、ファンを二分させた大事件はこの3年後の1997年に起きる。
 三年の間にアメリカではオリンピックが開催され、人々の健康志向の高まりやアスリートのドーピング問題が取り沙汰されるようになると、プロレス業界にも疑惑の目が向けられた。
 ジャンピング・ジャックのドラッグ問題などもあり、会社は世間の糾弾から、それまでの派手さや下品さが先行していたストーリーを一新する計画を立てる。
 それに最も強く反発したのがダイナソーだ。
 レスリング技術の拙く、そのキャラクター性で人気を取っていた彼にとって、今更健全なレスリングなどと言われて承諾できるわけも無かった。

 年に一度開かれるプロレスリングの祭典。無敗記録を84戦に伸ばしたダイナソーとハンターが三年ぶりの決着をつける夜だ。

「──ハンターがエプロンから椅子を持ち出してリングに上げた! これで殴れば明らかな反則行為! 観客からは大ブーイング! 三年前の悪夢が再び蘇るのか!?」

 完全に、両者ともに筋書きの通りに動いていた。

「──だがしかし、またもダイナソーが椅子を奪う! そのままハンターを滅多打ちだ!」

 そこでゴングが鳴り響いた。
 会場は騒然となった。何が起きたのか判らず、スタッフたちも実況のジェイムスも困惑していた。
 リングの上のレフェリーも、ハンターでさえも。
 そこに数名の選手たちを従え、社長のフレッドが現れ、こう告げた。

「ただいまの試合、大会反則規定に基づき、ダイナソーの反則負けとする!! 勝者、ハンター!! ダイナソー、貴様はクビだ!!」

 観客は大荒れ、もちろんリング上のダイナソーも荒れた。
 だがすぐさまリングに上がった選手たちがダイナソーを押さえつけ、強引に控え室へと押し込んだ。
 彼が暴れて、ロッカーを破壊していく様がカメラ中継された。


 以上がダイナソー事件のすべてです。一見すると傲慢な暴君であるダイナソーの自業自得ともとれます。
 本当にそうでしょうか?
 ハンターがインタビューで語ったとおり、彼以外にもその責任があったのではないでしょうか?
 ダイナソーを望むファンや、会社の存続のために彼を強引に切り離した社長のフレッド。彼の横暴を見てみぬ振りしていたスタッフたち。
 誰もがこの事件を引き起こしたとも言えます。貴方はどう思いますか?




 おっと事件には後日談があります。 チャンネルはそのままに。


 謹慎から二年後のことだ。リングの上には幾分痩せたが、元気そうなダイナソーの姿があった。

「出てこいフレッド! 貴様は二年前、俺様をハメやがった! ここで決着をつけてやる!」

「──なんと、突然現れたダイナソーがボスのフレッドを挑発しています! オッオー、現れましたフレッドです! ハンターとミッシェルを護衛に従え、フレッドがリングに現れました!」

「ダイナソー! よくおめおめとリングに上がってこれたものだな、このクソ野郎め! お望みどおり決着をつけてやる! お前は、クビだ!! やれハンター!、ミッシェル! あいつの首を引きちぎれ!!」

「──なんという事でしょう! フレッドの卑怯な罠です! 三人がかりでダイナソーを…… ホワット? どうした事でしょう、ハンターとミッシェルが命令を無視! リングから去っていく! あー! 椅子だ! 因縁の椅子を、リングの上に!」

「おい、待て止めろダイナソー!! 頼むからやめてくれ!」

「やめてほしいか? ではここにサインをしろ!」

「──あれは? あれは契約書です! 雇用延長の契約書だ!」

「ふざけるな! 認めるかそんなもの!」

「ではこうだ!」

「──ああー!! ダイナソーが椅子を連打! 社長がボコボコにされているぞ! 額から出血!! その血で契約書に無理やりサインを!! ダイナソー、復活です!!」
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