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【完結】ロングアイランド・アイスティー【誘い受/甘め】
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婚約者が浮気していた。
煮詰まった仕事に見切りをつけて、明日は休みだし、ちょっとゆっくりしようって定時で帰宅したその日、同棲している部屋のドアを開けたら鳥の鳴き声がしたのだ。
「アー!」って。
テレビの音量デカすぎだろってビビりながら、玄関で靴を脱ぐときに俺のものでは無い靴が脱ぎ捨ててあるのを見つけた。
いつもはきっちり揃えてある婚約者の靴も、その靴と重なるように転がっている。
それを「あー」って思いながら何となく揃えて、何故か忍び足でリビングに向かって、ドアのガラス窓からお約束の光景を見た。
2人で買った20万のソファベッド。
それ、俺がしたかったやつ。
と思いながら、そのまま回れ右して部屋を出た。
何となく、靴は元あったように乱しておいた。
「で、ここに居るんです」
行きつけという程では無いが、顔を覚えられる程度には訪れたことのある場末のバーで、ジントニックを呷る。
「ヘビーだねぇ」
マスターが苦笑いしながら灰皿を変えた。
『子供が出来た時に体に悪いから』と言われて、無理やり辞めたタバコに久々に手を出していた。
タールの重さが喉に絡む。ニコチンの刺激で脳がクラっと痺れる。
それをジントニックで飲み込んで、大きくため息をつく。
「これからどうするかなぁ~」
これから。色々だ。
結納まで済ませたお互いの両親や、祝辞を頼んだ上司、友人連中への報告。予約した式場のキャンセルについてとか。
そもそも、浮気の証拠は俺が見た例の光景一つだけだし、その主張が通るかすら怪しい。
やはりここはまず証拠集めをするべきなんだろうか。
グラスをジッと見つめながら悶々と考える。
「おかわりは?」
いつの間にか空になっていたグラスを指さしながらマスターが言う。
こういう店でグラスを空にしているのは失礼だ。
「じゃあ、何かおまかせで」
「はいよ」
軽い返事でマスターはバックバーに向き直った。
正直、家に帰る気にはなれなかった。
なんせ気に入っていたソファベッドは僅かにでも何かしらの汁がついているのだ。とてもじゃないが座りたくないし寛げない。サバンナの鳥みたいに鳴いていた婚約者の顔も見たくない。サバンナの鳥の鳴き声は知らないが。
とりあえず今日は午前様になると伝えてホテルにでも泊まろうか、と考えていた時に、新しいグラスがコースターに置かれた。
「ロングアイランド・アイスティー。色々混ぜたら紅茶っぽくなったヤツ」
ざっくりしたその説明に思わず笑みが零れる。
この店に来ているのはこの軽い調子のマスターが気に入っているからだ。
今日はもういいか。明日の自分に任せよう。と、グラスに刺された細いストローから酒を飲んだ。
ホントに紅茶の味がする。飲みやすい。
「それで、今日はどうすんの?朝になったら閉めるぞ?」
そう聞かれて緩く首を振る。
「流石にそこまで居座りませんよ。どこかビジホでも取ります」
今からでも宿泊出来るホテルはいくらでもある。ただ少し気を紛らわせたくてここに寄っただけなのだ。
色々と踏ん切りがついたからそろそろ出よう。そう考えて、ちょっと多めに残った酒をストローから飲み干す。
会計を頼もうと軽く立ち上がった時に、酔いが回ったようにくらりと目眩がした。
「あれ、酔ったかな…」
今日は2杯飲んだだけだ。自分の酒量は把握しているし、カクテル2杯で酔うほど酒に弱くもない。
でもふわふわと足元が浮ついたような感覚は完全に酔った時のそれだった。
立ちかけて動きを止めた俺を見てマスターがカウンター越しに手を伸ばす。
「色々あったからキツかったんだろ。座っときな」
立ちかけた俺の肩に手を当てて、座るように促される。
優しい言葉を掛けられて、自分が結構ショックを受けていたことに気付いた。
鼻の奥がツンと痛くなって、腹の底から震えが来る。
涙は辛うじて堪えた。でも堪えた分だけ酔いが回って頭がクラクラした。
「今日はもう閉めるわ。俺ん家すぐ裏だから、休んできな」
心配げな声にコクコクと頷く。
気合いを入れれば歩いてホテルまでたどり着けるくらいには理性はある。でも今はその優しさに甘えたかった。1人で居ると多分色々考えてもっと辛くなると分かっていたから。
煮詰まった仕事に見切りをつけて、明日は休みだし、ちょっとゆっくりしようって定時で帰宅したその日、同棲している部屋のドアを開けたら鳥の鳴き声がしたのだ。
「アー!」って。
テレビの音量デカすぎだろってビビりながら、玄関で靴を脱ぐときに俺のものでは無い靴が脱ぎ捨ててあるのを見つけた。
いつもはきっちり揃えてある婚約者の靴も、その靴と重なるように転がっている。
それを「あー」って思いながら何となく揃えて、何故か忍び足でリビングに向かって、ドアのガラス窓からお約束の光景を見た。
2人で買った20万のソファベッド。
それ、俺がしたかったやつ。
と思いながら、そのまま回れ右して部屋を出た。
何となく、靴は元あったように乱しておいた。
「で、ここに居るんです」
行きつけという程では無いが、顔を覚えられる程度には訪れたことのある場末のバーで、ジントニックを呷る。
「ヘビーだねぇ」
マスターが苦笑いしながら灰皿を変えた。
『子供が出来た時に体に悪いから』と言われて、無理やり辞めたタバコに久々に手を出していた。
タールの重さが喉に絡む。ニコチンの刺激で脳がクラっと痺れる。
それをジントニックで飲み込んで、大きくため息をつく。
「これからどうするかなぁ~」
これから。色々だ。
結納まで済ませたお互いの両親や、祝辞を頼んだ上司、友人連中への報告。予約した式場のキャンセルについてとか。
そもそも、浮気の証拠は俺が見た例の光景一つだけだし、その主張が通るかすら怪しい。
やはりここはまず証拠集めをするべきなんだろうか。
グラスをジッと見つめながら悶々と考える。
「おかわりは?」
いつの間にか空になっていたグラスを指さしながらマスターが言う。
こういう店でグラスを空にしているのは失礼だ。
「じゃあ、何かおまかせで」
「はいよ」
軽い返事でマスターはバックバーに向き直った。
正直、家に帰る気にはなれなかった。
なんせ気に入っていたソファベッドは僅かにでも何かしらの汁がついているのだ。とてもじゃないが座りたくないし寛げない。サバンナの鳥みたいに鳴いていた婚約者の顔も見たくない。サバンナの鳥の鳴き声は知らないが。
とりあえず今日は午前様になると伝えてホテルにでも泊まろうか、と考えていた時に、新しいグラスがコースターに置かれた。
「ロングアイランド・アイスティー。色々混ぜたら紅茶っぽくなったヤツ」
ざっくりしたその説明に思わず笑みが零れる。
この店に来ているのはこの軽い調子のマスターが気に入っているからだ。
今日はもういいか。明日の自分に任せよう。と、グラスに刺された細いストローから酒を飲んだ。
ホントに紅茶の味がする。飲みやすい。
「それで、今日はどうすんの?朝になったら閉めるぞ?」
そう聞かれて緩く首を振る。
「流石にそこまで居座りませんよ。どこかビジホでも取ります」
今からでも宿泊出来るホテルはいくらでもある。ただ少し気を紛らわせたくてここに寄っただけなのだ。
色々と踏ん切りがついたからそろそろ出よう。そう考えて、ちょっと多めに残った酒をストローから飲み干す。
会計を頼もうと軽く立ち上がった時に、酔いが回ったようにくらりと目眩がした。
「あれ、酔ったかな…」
今日は2杯飲んだだけだ。自分の酒量は把握しているし、カクテル2杯で酔うほど酒に弱くもない。
でもふわふわと足元が浮ついたような感覚は完全に酔った時のそれだった。
立ちかけて動きを止めた俺を見てマスターがカウンター越しに手を伸ばす。
「色々あったからキツかったんだろ。座っときな」
立ちかけた俺の肩に手を当てて、座るように促される。
優しい言葉を掛けられて、自分が結構ショックを受けていたことに気付いた。
鼻の奥がツンと痛くなって、腹の底から震えが来る。
涙は辛うじて堪えた。でも堪えた分だけ酔いが回って頭がクラクラした。
「今日はもう閉めるわ。俺ん家すぐ裏だから、休んできな」
心配げな声にコクコクと頷く。
気合いを入れれば歩いてホテルまでたどり着けるくらいには理性はある。でも今はその優しさに甘えたかった。1人で居ると多分色々考えてもっと辛くなると分かっていたから。
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