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【完結】2億4000万の男【寸止め/洗脳?】
1
営業成績不動の№1の男、神宮寺 秋。
俺はこの男が大嫌いだ。
なぜなら俺がこの男のアシスタントだから。
こいつが業績を上げる。すなわち俺の仕事がクソほど忙しくなる。もう現時点で手一杯を超えている。
企業の様々な印刷物に関わるデザインを提案する。それがうちの会社だ。
例えば客寄せの折り込みだったり、求人案内だったり。内容は様々だ。
俺、神谷 七瀬は、そのデザインのタタキを作ってデザイン部門に送って、出来上がったものの校正をしてお客さんに送って、お客さんからの要望をまとめてまた訂正したものをデザイン部門に送って、以下略。という仕事をしている。
そりゃあ№1の担当できるなんて羨望の的だけど、お前ら1回やってみろと言いたい。
まず単純に件数が多い。件数が増えるすなわちややこしい仕事の割合も増える。ややこしい仕事が増えると1件に費やす時間が増える。結果残業地獄。いくら給料を貰っても、使うプライベートも何もあったもんじゃない。
「くそ、また先月より増えてる」
名前をとって神コンビなんて持て囃されてるけど、華々しく賞賛される業績の裏で俺みたいなアシスタントが日々すり減っているのを知ってる奴は極わずかだ。
「神谷くん、人事からまた通告きてるよ」
ホワイトボードに貼りだされた営業成績を睨みつけていると、後ろから部長の声がした。
「仕方ないじゃないですか。残業するなって言うなら神宮寺さんのアシスタント増やしてください」
実際、俺が毎日4.5時間、下手したら日付が変わるまで残業するより、アシスタントを1人増やした方が人件費は浮くはずなんだ。それは何度も進言してる。
「でもねぇ、神宮寺くんのお客さん、難しい人も多いから…」
いつもこれだ。
それならこの話はもう終わりだ。俺はクソほど忙しいんだよ。誰かさんのせいでな!
俺の席にだけ異常に多いクリアファイルの山から、色のついた、急ぎのやつを引きずり出してパソコンに向き直った。
このお客さんは毎回2.3回のやり直しを要求してくる。急ぎなのにだ。だったら端から2.3枚サンプルを送り付けて「どれがいいですか?」って聞いてやった方が手っ取り早い。
次のお客さんはどちらかと言うとポップなデザインが好みだ。クール系を送り付けるなんて無駄な時間を使う余裕は無い。
このお客さんは、このお客さんは…。そうやってるうちに気付いたら定時なんてとっくに過ぎて、オフィスには俺と神宮寺さんの2人だけになっていた。
彼は難しい顔をしてパソコンの画面を睨んでいる。こわ。
たちまちの急ぎの案件だけを捌ききって、仕事に区切りをつけた。
時計は20時を少し過ぎたあたり。今日の俺は優秀だ。
机を片付けて、パソコンをシャットダウンしようとしたところで1件の新着メールに気付いた。
嫌な予感がする。こういう時は大体帰れなくなるんだ。
でも見て見ぬふりをしたら、明日になって「昨日やっとけば」ってなるのは目に見えている。
半ば諦めの境地でメールを開いた。
件名は『人事異動社内通知』
あぁ、異動ね、良かった。訳の分からない仕事の依頼とかじゃなくて。
安心して添付のPDFを開く。
『以下の者の人事異動が発令されましたので通達します。
神宮寺 秋
本部営業一課 第一係係長の任を解き、O県営業所 営業課課長を命ず
神谷 七瀬
本部営業一課 営業支援係主任の任を解き、O県営業所 営業課営業支援係係長を命ず
…』
「………」
パソコンから顔を上げると、神宮寺さんと目が合った。
「あの、メール、見ました?」
恐る恐る問いかける。
「うん、今見てる。O県て言ったら、新規に立ち上げるとこだよね」
そう。先日の営業課会議で通達があった、新規営業所。
その話を聞いた時は「へぇー、うちの会社そんなとこまで手を出すくらい業績いいのね」くらいに考えて、まったく気にかけてもいなかった。
それが、まさか。
O県と言えば、本社のあるここT都から飛行機で2時間近くかかるクソ田舎。
そのクソ田舎の新規営業所に、この場合は責任者とその補佐として行けってことだ。
嫌だ。凄く嫌だ。
クソ田舎に行くのも嫌だし、新規営業所の立ち上げであくせくするのも嫌だし、なによりあいつとセットで異動させられるのが一番嫌だ。いいじゃん、あいつだけで。
「これって、断れないんですかね…」
様子を伺いながら訪ねると、神宮寺さんはちょっと俯いて左手で頬を押さえながら少し黙った。
考え事をする時の彼のクセだ。
「一応、打診がなかった?今思えばってやつだけど…」
そう言われてここ最近の出来事を振り返る。忙しすぎて忙しかった覚えしかないんだけど、そう言えば部長から聞かれた。
『新しい仕事する気ない?』って。
ふざけんな。こっちはそれどころじゃないんだよって思って「今の仕事が落ち着くもんならそうしたいですね!」って返したと思う。あれを『新規営業所の立ち上げに行ってくれない?』と捉えれる奴がいるなら連れてこい。爪の垢飲んでやるから。
…そうか。会社的には俺がこの人事を飲んだってことになってるのか。
それを今更断るってことは、まぁよろしくないことになるのは目に見えてる。
腹の中で部長への呪詛を吐きながら目頭を両手の親指で揉んだ。
イライラした時の俺のクセだ。
「まぁ、行くしかないかなぁ」
困ったように苦笑いしながら神宮寺さんが俺を見た。
クソ田舎の新規営業所なんて、あんた業績一気に落ちるでしょうよ。それは俺もだけど。
一応昇進はするわけだし、新規立ち上げの責任者なんて栄転って言ってもいいんだろうけど、全く嬉しくない。できることなら部長をぶん殴って辞令と一緒に人事に突き出したい。
「…行きたくないです…」
思わず弱音を零すと、神宮寺さんは苦笑いのまま「俺も」と返してパソコンを閉じた。
今日の仕事はもう打ち切りらしい。そりゃあそうだ。こんなクソみたいな人事付きつけられたら誰でもやる気が失せる。
俺も、ダウンロードしたPDFをゴミ箱にぶち込んでからパソコンをシャットダウンした。そんなことをしても決定は覆らないってのは分かってるんだけど。
とっとと荷物をまとめて席を立つ。神宮寺さんもそれに合わせて帰り支度をして、なんとなく二人並んで事務所を出た。
「まぁ、でも、七瀬くんと一緒でまだ良かった」
エレベーターに乗ったところでそう言われて「はは、ありがとうございます」なんて愛想笑いを返す。俺は嫌だけどね。
ビルを出たところで、お互い反対方向に足を向けながら「お疲れ様です」と挨拶をして帰路についた。
俺はこの男が大嫌いだ。
なぜなら俺がこの男のアシスタントだから。
こいつが業績を上げる。すなわち俺の仕事がクソほど忙しくなる。もう現時点で手一杯を超えている。
企業の様々な印刷物に関わるデザインを提案する。それがうちの会社だ。
例えば客寄せの折り込みだったり、求人案内だったり。内容は様々だ。
俺、神谷 七瀬は、そのデザインのタタキを作ってデザイン部門に送って、出来上がったものの校正をしてお客さんに送って、お客さんからの要望をまとめてまた訂正したものをデザイン部門に送って、以下略。という仕事をしている。
そりゃあ№1の担当できるなんて羨望の的だけど、お前ら1回やってみろと言いたい。
まず単純に件数が多い。件数が増えるすなわちややこしい仕事の割合も増える。ややこしい仕事が増えると1件に費やす時間が増える。結果残業地獄。いくら給料を貰っても、使うプライベートも何もあったもんじゃない。
「くそ、また先月より増えてる」
名前をとって神コンビなんて持て囃されてるけど、華々しく賞賛される業績の裏で俺みたいなアシスタントが日々すり減っているのを知ってる奴は極わずかだ。
「神谷くん、人事からまた通告きてるよ」
ホワイトボードに貼りだされた営業成績を睨みつけていると、後ろから部長の声がした。
「仕方ないじゃないですか。残業するなって言うなら神宮寺さんのアシスタント増やしてください」
実際、俺が毎日4.5時間、下手したら日付が変わるまで残業するより、アシスタントを1人増やした方が人件費は浮くはずなんだ。それは何度も進言してる。
「でもねぇ、神宮寺くんのお客さん、難しい人も多いから…」
いつもこれだ。
それならこの話はもう終わりだ。俺はクソほど忙しいんだよ。誰かさんのせいでな!
俺の席にだけ異常に多いクリアファイルの山から、色のついた、急ぎのやつを引きずり出してパソコンに向き直った。
このお客さんは毎回2.3回のやり直しを要求してくる。急ぎなのにだ。だったら端から2.3枚サンプルを送り付けて「どれがいいですか?」って聞いてやった方が手っ取り早い。
次のお客さんはどちらかと言うとポップなデザインが好みだ。クール系を送り付けるなんて無駄な時間を使う余裕は無い。
このお客さんは、このお客さんは…。そうやってるうちに気付いたら定時なんてとっくに過ぎて、オフィスには俺と神宮寺さんの2人だけになっていた。
彼は難しい顔をしてパソコンの画面を睨んでいる。こわ。
たちまちの急ぎの案件だけを捌ききって、仕事に区切りをつけた。
時計は20時を少し過ぎたあたり。今日の俺は優秀だ。
机を片付けて、パソコンをシャットダウンしようとしたところで1件の新着メールに気付いた。
嫌な予感がする。こういう時は大体帰れなくなるんだ。
でも見て見ぬふりをしたら、明日になって「昨日やっとけば」ってなるのは目に見えている。
半ば諦めの境地でメールを開いた。
件名は『人事異動社内通知』
あぁ、異動ね、良かった。訳の分からない仕事の依頼とかじゃなくて。
安心して添付のPDFを開く。
『以下の者の人事異動が発令されましたので通達します。
神宮寺 秋
本部営業一課 第一係係長の任を解き、O県営業所 営業課課長を命ず
神谷 七瀬
本部営業一課 営業支援係主任の任を解き、O県営業所 営業課営業支援係係長を命ず
…』
「………」
パソコンから顔を上げると、神宮寺さんと目が合った。
「あの、メール、見ました?」
恐る恐る問いかける。
「うん、今見てる。O県て言ったら、新規に立ち上げるとこだよね」
そう。先日の営業課会議で通達があった、新規営業所。
その話を聞いた時は「へぇー、うちの会社そんなとこまで手を出すくらい業績いいのね」くらいに考えて、まったく気にかけてもいなかった。
それが、まさか。
O県と言えば、本社のあるここT都から飛行機で2時間近くかかるクソ田舎。
そのクソ田舎の新規営業所に、この場合は責任者とその補佐として行けってことだ。
嫌だ。凄く嫌だ。
クソ田舎に行くのも嫌だし、新規営業所の立ち上げであくせくするのも嫌だし、なによりあいつとセットで異動させられるのが一番嫌だ。いいじゃん、あいつだけで。
「これって、断れないんですかね…」
様子を伺いながら訪ねると、神宮寺さんはちょっと俯いて左手で頬を押さえながら少し黙った。
考え事をする時の彼のクセだ。
「一応、打診がなかった?今思えばってやつだけど…」
そう言われてここ最近の出来事を振り返る。忙しすぎて忙しかった覚えしかないんだけど、そう言えば部長から聞かれた。
『新しい仕事する気ない?』って。
ふざけんな。こっちはそれどころじゃないんだよって思って「今の仕事が落ち着くもんならそうしたいですね!」って返したと思う。あれを『新規営業所の立ち上げに行ってくれない?』と捉えれる奴がいるなら連れてこい。爪の垢飲んでやるから。
…そうか。会社的には俺がこの人事を飲んだってことになってるのか。
それを今更断るってことは、まぁよろしくないことになるのは目に見えてる。
腹の中で部長への呪詛を吐きながら目頭を両手の親指で揉んだ。
イライラした時の俺のクセだ。
「まぁ、行くしかないかなぁ」
困ったように苦笑いしながら神宮寺さんが俺を見た。
クソ田舎の新規営業所なんて、あんた業績一気に落ちるでしょうよ。それは俺もだけど。
一応昇進はするわけだし、新規立ち上げの責任者なんて栄転って言ってもいいんだろうけど、全く嬉しくない。できることなら部長をぶん殴って辞令と一緒に人事に突き出したい。
「…行きたくないです…」
思わず弱音を零すと、神宮寺さんは苦笑いのまま「俺も」と返してパソコンを閉じた。
今日の仕事はもう打ち切りらしい。そりゃあそうだ。こんなクソみたいな人事付きつけられたら誰でもやる気が失せる。
俺も、ダウンロードしたPDFをゴミ箱にぶち込んでからパソコンをシャットダウンした。そんなことをしても決定は覆らないってのは分かってるんだけど。
とっとと荷物をまとめて席を立つ。神宮寺さんもそれに合わせて帰り支度をして、なんとなく二人並んで事務所を出た。
「まぁ、でも、七瀬くんと一緒でまだ良かった」
エレベーターに乗ったところでそう言われて「はは、ありがとうございます」なんて愛想笑いを返す。俺は嫌だけどね。
ビルを出たところで、お互い反対方向に足を向けながら「お疲れ様です」と挨拶をして帰路についた。
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