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【完結】皇帝ペンギン【甘め/微ハーレム】
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「千尋、お前、顔が死んでるぞ」
出社早々、同期の東が苦笑いしながら声を掛けてきた。
その手に持ったコーヒーを「ほい」と軽い調子で俺に手渡してくれる。
「サンキュ、そういや朝から一滴も水分とってないわ」
冗談めかして本当のことを伝えると、東は眉根を寄せて俺を軽く睨んだ。
「お前な、その内倒れるぞ」
隣のデスクに座るコイツはいわゆる気の置けない仲と言うやつで、いつも俺の愚痴を黙って聞いてくれる大事な友人でもある。この前も見合いのことについて愚痴ったばかりだ。
こうやって俺を睨むのも、心配してくれているからだってわかってる。
息子が産まれて嫁が死んだ日も、混乱する頭の中で一番に思い浮かんだのがコイツの顔だった。人間、本気で動揺した時には一番信頼してる相手を思い浮かべるもんだ。それが両親じゃなかったのは、喪が明けた途端に見合い話を持ってくる辺りで察して欲しい。
いの一番に駆けつけてくれたコイツは、取り乱した俺を落ち着かせるために夜が明けるまでずっと背中をさすってくれていた。どれだけ救われたか。その後も、出生と死亡についてのあれこれで誰よりも力になってくれた。感謝してもしきれない。
「お前ホント一日でいいから休めよ。見てるこっちがハラハラする」
心配げに言う東にこちらも苦笑いを返した。
「できるならな。でも下手に一日休んだら多分次の日がもっとキツイ」
ありがとう。ごめんな。でも、育児に休みなんてないんだよ。尋斗が頼れるのは俺だけだっていうのに、俺が休んでる間に尋斗に何かあったら後悔じゃすまない。
でもその気遣いが嬉しくて、また少しだけ元気を貰った。
さぁ、仕事の時間だ。切り替えよう。
「倉木さん、これわかんないんですけど、どうしたらいいですか?」
部下からかかった声に、お前の左手にあるメモ帳は飾りかと言いたいのをグッとこらえて「ん?」と笑顔を向けた。
大丈夫、このことについてはこれで3回目だ。これ以上聞かれることはない。
今年新卒で入った桂は一度教えたことを必ず3回聞いてくる。それ以下のことはないし、それ以上のこともない。聞いてくるだけあって、ミスもない。最近そのことに気付いてからはだいぶ心穏やかに教育に当たれるようになった。多分、確認癖があるんだろう。いいことだ。
「うん、これはここに関数がかかってるから、こっちに入力してやらないといけない」
後ろに立ってパソコンの画面を指さしながら説明してやると、桂は「うーん」と唸りながら俺を見上げた。
「その、関数の根本が理解できてないんですよね。僕そういうの根っこから理解できないとダメなタイプで…。倉木さん、今度教えてくれませんか?」
難しい顔をしながら伺うように俺を見上げる視線に、思わず目を逸らしてしまう。
できるならそうしてやりたいよ。本当だったら急ぎじゃない仕事を残業に回してこの場で教えてやるのが正解なんだろう。それか残業時間に教えてやるとか。そんな感じで育ててやるべきなんだろうけど、…時間が足りない。
俺は定時までしか居れないし、ただでさえ融通を利かせて貰っているのに通常業務はこれ以上減らせない。
「今はちょっと、難しいかな…。…ちゃんと教えてやれなくてごめんな?東に頼んどくから…」
申し訳ない気持ちで桂を見ると、いやに真っ直ぐな目で見つめ返された。
なんだその目は。
「いえ、倉木さんに余裕ができたら教えてください。俺、待ちますんで」
俺が固まって動けなくなっていると、ふいっと目線を逸らして桂はちょっと拗ねたように言った。
待たなくていいから、早く一人前になってくれるのを願うばかりだ。
出社早々、同期の東が苦笑いしながら声を掛けてきた。
その手に持ったコーヒーを「ほい」と軽い調子で俺に手渡してくれる。
「サンキュ、そういや朝から一滴も水分とってないわ」
冗談めかして本当のことを伝えると、東は眉根を寄せて俺を軽く睨んだ。
「お前な、その内倒れるぞ」
隣のデスクに座るコイツはいわゆる気の置けない仲と言うやつで、いつも俺の愚痴を黙って聞いてくれる大事な友人でもある。この前も見合いのことについて愚痴ったばかりだ。
こうやって俺を睨むのも、心配してくれているからだってわかってる。
息子が産まれて嫁が死んだ日も、混乱する頭の中で一番に思い浮かんだのがコイツの顔だった。人間、本気で動揺した時には一番信頼してる相手を思い浮かべるもんだ。それが両親じゃなかったのは、喪が明けた途端に見合い話を持ってくる辺りで察して欲しい。
いの一番に駆けつけてくれたコイツは、取り乱した俺を落ち着かせるために夜が明けるまでずっと背中をさすってくれていた。どれだけ救われたか。その後も、出生と死亡についてのあれこれで誰よりも力になってくれた。感謝してもしきれない。
「お前ホント一日でいいから休めよ。見てるこっちがハラハラする」
心配げに言う東にこちらも苦笑いを返した。
「できるならな。でも下手に一日休んだら多分次の日がもっとキツイ」
ありがとう。ごめんな。でも、育児に休みなんてないんだよ。尋斗が頼れるのは俺だけだっていうのに、俺が休んでる間に尋斗に何かあったら後悔じゃすまない。
でもその気遣いが嬉しくて、また少しだけ元気を貰った。
さぁ、仕事の時間だ。切り替えよう。
「倉木さん、これわかんないんですけど、どうしたらいいですか?」
部下からかかった声に、お前の左手にあるメモ帳は飾りかと言いたいのをグッとこらえて「ん?」と笑顔を向けた。
大丈夫、このことについてはこれで3回目だ。これ以上聞かれることはない。
今年新卒で入った桂は一度教えたことを必ず3回聞いてくる。それ以下のことはないし、それ以上のこともない。聞いてくるだけあって、ミスもない。最近そのことに気付いてからはだいぶ心穏やかに教育に当たれるようになった。多分、確認癖があるんだろう。いいことだ。
「うん、これはここに関数がかかってるから、こっちに入力してやらないといけない」
後ろに立ってパソコンの画面を指さしながら説明してやると、桂は「うーん」と唸りながら俺を見上げた。
「その、関数の根本が理解できてないんですよね。僕そういうの根っこから理解できないとダメなタイプで…。倉木さん、今度教えてくれませんか?」
難しい顔をしながら伺うように俺を見上げる視線に、思わず目を逸らしてしまう。
できるならそうしてやりたいよ。本当だったら急ぎじゃない仕事を残業に回してこの場で教えてやるのが正解なんだろう。それか残業時間に教えてやるとか。そんな感じで育ててやるべきなんだろうけど、…時間が足りない。
俺は定時までしか居れないし、ただでさえ融通を利かせて貰っているのに通常業務はこれ以上減らせない。
「今はちょっと、難しいかな…。…ちゃんと教えてやれなくてごめんな?東に頼んどくから…」
申し訳ない気持ちで桂を見ると、いやに真っ直ぐな目で見つめ返された。
なんだその目は。
「いえ、倉木さんに余裕ができたら教えてください。俺、待ちますんで」
俺が固まって動けなくなっていると、ふいっと目線を逸らして桂はちょっと拗ねたように言った。
待たなくていいから、早く一人前になってくれるのを願うばかりだ。
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