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【完結】頭が痛いと言ってくれ!【閲覧注意/催眠】
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しおりを挟む「君は頑張りすぎてるんだよ」
通されたのは書斎のような、落ち着いた雰囲気の部屋だった。促されて一人掛けのゆったりとしたソファに俺が座ったところで佐倉さんがそう言う。
てっきり、なんとかクリニック然とした白くてぴかぴかの部屋で顔を突き合わせて「あなたはだんだん…」とされると思ってた俺は、佐倉さんが少し離れたデスクの向こうの椅子に座ったことで少し力を抜いた。
力を抜くと、ずん、と頭が重くなる。あぁ、いやだ。
「いえ、そんなつもりは…」
それは謙遜とかではなく、本当にそんなつもりはない。仕事もプライベートも「それなり」にやってるつもりだし、そもそもここ数年は頭痛のせいで「頑張る」なんてこと自体できなくなってきている。
「そういうとこなんだけどね」
苦笑いを含んだ声で言いながら、佐倉さんはゆったりとデスクチェアに背中を預けた。
俺もそれに倣ってソファの背もたれに身体を預ける。ソファはふんわりと沈みつつも、ゆるくリクライニングして俺の背中をしっかり支えてくれた。
「頑張りすぎてるせいで君の神経はずっと戦闘態勢で、自分まで攻撃しちゃってるんだ。薬でそれを宥めることもできるけど、君には合わなかったみたいだね」
神経、と言われて警戒心を強めた俺を見透かしたみたいに、佐倉さんはすぐに投薬の可能性を否定してくれた。ほっと息を吐きながら、小さく頷いて次の言葉を待つ。
「君のその無自覚に頑張りすぎる性格がどこから来てるのかを調べてほぐしてあげるのが私の本来の治療なんだけど、今回は緊急措置を取ろうと思う。君もしんどそうだし、清音にあんな顔されたらね」
くすくす楽しそうに笑う佐倉さんの声を聞きながら、江國課長のことを思い浮かべた。あんな顔、って、どんな顔だろう。幼馴染だという佐倉さんが楽しそうに笑ってしまうような顔を俺がさせてるらしい。
何だか、申し訳ないような、…嬉しいような。
「ふふ、君も大概だね。楽しくなりそうだ」
言葉の意味が分からなくて首を傾げて見せると、佐倉さんは楽し気に微笑んだまま「なんでもないよ」と顔の前で手を振って見せた。
釈然としないものを感じるけど、この場の主導権は佐倉さんのものだ。俺は黙って話を聞く体勢を取った。
佐倉さんはうんうんと頷きながら続ける。
「何をするかと言うと、まぁ、身も蓋もない言い方をすると、君の無意識に「頭痛が良くなった」と思い込んでもらう。本当はもっときちんと仕組みを教えてあげた方が安心できるんだろうけど、今回は簡単な説明で我慢してね」
思い込む。
そんな事できるんだろうか。痛くないと思いこもうとしたって、現に痛いんだからそればかり意識してしまう。病は気からって話?
思わず眉根が寄ってしまって、そんな俺の表情を見て佐倉さんはちょっと困った風に苦笑いした。
「人間の無意識っていうのは案外強力なんだよ。例えばレモンを思い浮かべて、その果汁が滴る果肉にかぶりつく自分を想像してごらん」
そうするまでもなく、言葉を聞いただけで口内に唾液が込み上げてくる。驚きながら飲み下す俺に、佐倉さんが「そういうこと」と柔らかい声で言った。
「具体的には、これから君には凄く凄くリラックスしてもらって、無意識に働きかけやすい状態になってもらう。俗にいう催眠状態だね。そこで「頭痛は良くなったよ」って君の無意識に教えてあげるんだ。君はそこに寝て、ほんの少し私の指示に従うだけ。痛いことも怖いこともしない。私は君に指一本触れない。大丈夫そう?」
それは、最終確認だろう。佐倉さんは「怖かったらもう少し時間をかけよう」と続けて、ゆったりと背もたれに身を預けたまま優しく微笑んでいる。
大丈夫も何も、ここまで来たんだ。答えは一つだ。
小さく頷いた俺に、佐倉さんはうんうんと満足げに頷き返した。
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