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白いツバキの花
12.愛らしさ
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なんとか、店を決めることができた。
ここに来るまでに相当な精神力を使ってしまった。
緊張しすぎて上手く動かない手足を叱咤して、彼の半歩前を歩く。早すぎないだろうか、遅すぎないだろうか。時折横を見て確認すると、その度に優しく微笑んだ彼と目が合いそうになって慌てて前を向きなおした。それからこのエスコートの終着点を探して必死で回りを確認する。
歩いている内に少しだけ気持ちが落ち着いてきた。会話がなくてよかった。彼は退屈だったかもしれない。でも。彼と話していたら僕はきっと店を探すことなんてできないままずっと歩き続けていただろう。
店員さんに案内された店内はカントリー調で、どこか懐かしくて、暖かさを感じさせるような内観になっていた。外観からのイメージより奥に広くて意外に沢山席が用意されている。
昼時と言うこともあって賑わっているが、待たずに座れそうだ。
これから僕には、彼と向い合せに座って、料理を決めたり会話をするという試練が待っている。
緊張感に指先が震えそうになるのを必死で抑えて店員さんが引いた椅子にお礼を言いながら座った。薫くんにメニューを手渡してから自分ももう一つのメニューを開く。
「ジャスミンティーです」と店員さんが運んできてくれたお茶を一口飲むと、爽やかな花の香りが鼻の奥に抜けた。
「何にする?」
彼の声が僕に向けられているというだけで幸せな気分になる。鼓膜から幸せになるなんて稀有な体験ができた。でも惚けてる場合じゃない。「そうだね…」と返してメニューに目を落とした。
よくある街の洋食屋然としたメニューに加えて、流行りのメニューも用意されている。
ここは、どう出るべきだ。無難なものを頼むべきか、流行りものを頼むべきか。
考えながら、彼を盗み見ると彼も丁度僕のことを見ていて不意に目が合ってしまった。
目が合って、彼は今日何度目かもわからない、甘やかな笑顔を惜しみなく向けてくれた。
ドキッと心臓が跳ねる。
思わずメニューに没頭する振りをして目を逸らした。本当はずっと眺めていたいと思うのに。
俯いて、耳が熱くなるのを感じながら必死で自分を励ました。
頑張れ僕。彼と話したくて来たんだろう。これじゃあいつまで経っても先に進まないぞ。
思い切って顔を上げて、正面から彼を見た。
眼鏡の奥に見えるキラキラ光る知的な瞳に、目尻に浮かんだちょっと悪戯っぽい色。その視線に射抜かれただけで胸がきゅうきゅうときめいて早速心が折れそうになる。
堪らず目が泳いで、逸らしそうになったのを寸でのところで留まって、ニコリと笑って見せた。上手くできているかはわからないけど。
「か、薫くんは、何が食べたい?」
問いかけられたことに驚いたのだろうか。ちょっと意外そうな顔をしてから彼は自分の持ったメニューに視線を落とした。
「そうだな…、オムライス好きなんだけどこの写真のドリアも美味そうだし、決めかねてる」
オムライスとドリア…!!
今すぐ胸を抑えて蹲りたくなった。
「そうだな…、ビーフストロガノフにするよ」ってよくわからない料理を頼まれても何の違和感もない洗練された見た目で、オムライスと、ドリア…!!
可愛すぎて心臓がちょっと足りない。ローテーションで跳ねさせてないといつか不整脈を起こしてしまう。
多分僕は家に帰った後、この瞬間を思い出して好きなだけ胸を押さえて蹲るだろう。
「…主税?」
俯いて黙ってしまった僕を不審に思ったのだろう。彼は訝し気な声で僕を呼んだ。
君が可愛すぎて悶えてるんだ、と、正直に言えるわけもなく、僕は曖昧な笑みを薫くんに向けた。
「ご、めん。ちょっと…」
気まずい沈黙が落ちないよう、僕はメニューを閉じながら薫くんにもメニューを渡すように手を出した。
「僕、ドリアにするよ」
だから好きなものを好きなだけ食べたらいいよ。
僕はもうお腹いっぱいだ。
ここに来るまでに相当な精神力を使ってしまった。
緊張しすぎて上手く動かない手足を叱咤して、彼の半歩前を歩く。早すぎないだろうか、遅すぎないだろうか。時折横を見て確認すると、その度に優しく微笑んだ彼と目が合いそうになって慌てて前を向きなおした。それからこのエスコートの終着点を探して必死で回りを確認する。
歩いている内に少しだけ気持ちが落ち着いてきた。会話がなくてよかった。彼は退屈だったかもしれない。でも。彼と話していたら僕はきっと店を探すことなんてできないままずっと歩き続けていただろう。
店員さんに案内された店内はカントリー調で、どこか懐かしくて、暖かさを感じさせるような内観になっていた。外観からのイメージより奥に広くて意外に沢山席が用意されている。
昼時と言うこともあって賑わっているが、待たずに座れそうだ。
これから僕には、彼と向い合せに座って、料理を決めたり会話をするという試練が待っている。
緊張感に指先が震えそうになるのを必死で抑えて店員さんが引いた椅子にお礼を言いながら座った。薫くんにメニューを手渡してから自分ももう一つのメニューを開く。
「ジャスミンティーです」と店員さんが運んできてくれたお茶を一口飲むと、爽やかな花の香りが鼻の奥に抜けた。
「何にする?」
彼の声が僕に向けられているというだけで幸せな気分になる。鼓膜から幸せになるなんて稀有な体験ができた。でも惚けてる場合じゃない。「そうだね…」と返してメニューに目を落とした。
よくある街の洋食屋然としたメニューに加えて、流行りのメニューも用意されている。
ここは、どう出るべきだ。無難なものを頼むべきか、流行りものを頼むべきか。
考えながら、彼を盗み見ると彼も丁度僕のことを見ていて不意に目が合ってしまった。
目が合って、彼は今日何度目かもわからない、甘やかな笑顔を惜しみなく向けてくれた。
ドキッと心臓が跳ねる。
思わずメニューに没頭する振りをして目を逸らした。本当はずっと眺めていたいと思うのに。
俯いて、耳が熱くなるのを感じながら必死で自分を励ました。
頑張れ僕。彼と話したくて来たんだろう。これじゃあいつまで経っても先に進まないぞ。
思い切って顔を上げて、正面から彼を見た。
眼鏡の奥に見えるキラキラ光る知的な瞳に、目尻に浮かんだちょっと悪戯っぽい色。その視線に射抜かれただけで胸がきゅうきゅうときめいて早速心が折れそうになる。
堪らず目が泳いで、逸らしそうになったのを寸でのところで留まって、ニコリと笑って見せた。上手くできているかはわからないけど。
「か、薫くんは、何が食べたい?」
問いかけられたことに驚いたのだろうか。ちょっと意外そうな顔をしてから彼は自分の持ったメニューに視線を落とした。
「そうだな…、オムライス好きなんだけどこの写真のドリアも美味そうだし、決めかねてる」
オムライスとドリア…!!
今すぐ胸を抑えて蹲りたくなった。
「そうだな…、ビーフストロガノフにするよ」ってよくわからない料理を頼まれても何の違和感もない洗練された見た目で、オムライスと、ドリア…!!
可愛すぎて心臓がちょっと足りない。ローテーションで跳ねさせてないといつか不整脈を起こしてしまう。
多分僕は家に帰った後、この瞬間を思い出して好きなだけ胸を押さえて蹲るだろう。
「…主税?」
俯いて黙ってしまった僕を不審に思ったのだろう。彼は訝し気な声で僕を呼んだ。
君が可愛すぎて悶えてるんだ、と、正直に言えるわけもなく、僕は曖昧な笑みを薫くんに向けた。
「ご、めん。ちょっと…」
気まずい沈黙が落ちないよう、僕はメニューを閉じながら薫くんにもメニューを渡すように手を出した。
「僕、ドリアにするよ」
だから好きなものを好きなだけ食べたらいいよ。
僕はもうお腹いっぱいだ。
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