ここには魔女が、多すぎる ~チートな無骨男子と女子高生達の魔法と青春の日々〜

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お料理女子会の思惑

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 やっぱりパーゴラだけでも切ろう、と圭が心に決めながら玄関ドアを開けると、開閉時の護法の動作音はもう収まっていることに気付いた。
 美織は『紅仙』ではもう少しぐうたらしていたように見えたので、少し意外に思う。

 それから圭は、そこが住処すみかでもあるかのようにまた上がり框でうずくまっている狸の着ぐるみを拾って、居間の中へと入った。
 十人以上が座れる長い座卓の上にはいつもの裸族っぷりの美織が胡坐をかいて座っている。唇を尖らせながら、散乱した紙の一枚に何かを書いているようだ。
 圭は「着ろ」と言って着ぐるみを投げかける。

 美織はそのままそれを頭に乗っけてから、初めて気づいたように顔を上げて、圭に笑顔を向けた。

「あー圭君、おっかえりー。えっと服なんだけどねぇ、明日かな? ちゃんと、夏物の狸が届くからねー」
「夏物の狸」
「そうそ」
「何で狸で統一を…」
「あ、そしたら『断崖』殿ー、こっちの方着ます? 美織ちゃんにはちょっと暑くって」
「ほお? 儂は美織に比べりゃ寒がりだしの。しかし、果たして儂に狸は似合うのじゃろうか」

 ぶるんと鞄のストラップが震える。「ちょいと試させろ」
 声とともに白い煙が立って、圭の前に『断崖』の後ろ姿が現れた。
 大きな尻尾で辛うじて尻だけを隠しながら、躊躇せずに座卓の上を歩いていき、美織に掛かっていた着ぐるみを取り上げる。
 圭は大きく溜息をつきながら、「お前ら頼むから、恥じらいを持ってくれ」と、どうせ虚しく終わりそうな文句を言った。

「圭くーん、ところでさあ、お勉強は?」
「勉強?」
「うん、今、どんな感じー?」
「…そりゃ、苦労してるよ。何だ美織、お前が教えてくれるのか」
「お勉強をー? んっふふー。あたしは見たものしか教えられないかなあ」

 そう言いながら美織は自分の傍らに置いてあった小ぶりな何かを、圭に向かって放った。
 それをキャッチした圭は、手を広げて中を見る。
 それは消しゴム程度のサイズで、黒い額縁みたいな囲いの真ん中に褐色の宝石のようなものが嵌め込まれていた。その周りをさらにガラスのような素材でコーティングしてある。

「これは、昨日の『ムシクイガニ』か?」
「ピンポーン、正解! ちなみに圭君のお勉強には役に立ちまっせーん」
「じゃあ何なんだ、これ」
「逆にお勉強の時間中に、先生に隠れて遊ぶオモチャっすー」

 美織は答えながら、横でチャックの使い方に苦戦してる『断崖』へと手を伸ばして手伝ってやる。(だからー、入口を合わせたらー、ハメて、後は一気にこう…)(お、おう。済まぬな。まだ儂、慣れぬもので…)

「オモチャって…。魔石だよな? これに何が仕掛けてあるんだ」
「んっとねえー。火はちょっぴり危ないから、逆だね。それに冷気を込めていってもー、周りに氷が飛び出したり、魔力や冷気が漏れたりしないっす」

 そして「ぃよっこい!」と言いながら美織が立ち上がる。「ま、隠氷魔石とでも付けとこっかー」
 咎めそびれていた圭が今更ながら「今座卓乗ってる人、今日の飯…」と口を開くと、言い終わる前には美織は座卓の奥側から圭の目の前に瞬時に移動していて、ずっとそこに居たように圭と一緒に魔石を眺めていた。『断崖』の方も窓際に立って、庭の方を向きながら着ぐるみの内側に胸を押し込めようとしている。

「……つまり、これは蝋燭の代わりってことか?」
「んん、またまた大正解!」と美織が人差し指を突き立てる。

「ふうん。【点火イグニッション】じゃなく【氷固フロズ】でやるってことだな」
「まあ同じ運動エネルギーの話だからねー、要領は一緒でしょ?」
「ああ。どういう仕掛けか聞いても?」圭は石を透かし見る。
「勉強熱心だねー。教えてあげたいとこだけど、レンズとフレームと理屈は一緒ってことよー? 更に氷だけ通してから消したりってからくり入ってっからさ。長くて複雑で、まーだ圭君には早いかなー」
「なるほど、ね…」

「その中がねえ、ちょっぴり空間になっててえー。霜が降りると真ん中がゴシャゴシャって感じに白くなるの。んで、氷までいっちゃうと真っ白か透明かになるんだけどねえ、そもそも凍ると、そいつ全体がやらしくバイブ振動」
「振動。ってのは、どれぐらいだ?」
「んふふー。隠氷言っときながら、そうなっちゃうと周りには気付かれちゃうかもねえー?」

 圭も美織とは長い付き合いだ。恐らくこの石がメスを見つけた春の蛙の如く跳ねだすのだろうと予想がついた。

「まあ、もらっておく。いつもやれるかは分からないが」
「授業中なんだしボリュームは絞ったとこからがいいかもねー。まあもし上げても、直接触れてやってる限りは周りに漏れ出すなんてことはないから」
「そうか。分かった。ありがとう」
「おお? んっふ。ふふふー」

 美織がにやけながら圭の顔を覗き込む。ふわり、と知らない花の香りが圭の鼻腔をくすぐった。

「お勉強は、大丈夫そうかい? それ、やっぱ邪魔?」
「いや、大丈夫だ。まあ少しは苦労するかもだけど、何せ『魔法はついでに』なんだろ」
「おおおー、木和ちゃあん! 何か身についてるよこの子! 今の、聞かせてあげたいなー」
「騒ぎ過ぎだよ。それに間違いなく正論なんだしな」

 『紅仙山』の教えで、魔法は”操作”の面でも”意識下”の面でも、自分の手指を扱うよりも自然に動かせなくてはならない、というのがあった。
 魔法戦でも、大魔法起動時でも、五感や思考をその時に扱ってる魔法に注ぎ込んでいては、大局上では失敗に終わりやすい、という考え方だ。
 魔女や魔士の頭は現状把握や次の一手、そして自分と相手が採りうる複数の選択肢についていつも考えているべきであって、その時たまたま扱っている魔法の方は手指や呼吸程度の意識で扱えなくてはならない。
 実際、複数起動マルチ・タスクを強みとする『空蝉ウツセミ』や『ギョク』魔法においては、その感覚を身に沁み込ませておく重要度は高かった。

 思い起こせば幼少時代。
 圭が木和に頼まれていたおつかいをすっかり忘れて戻って来た時に、割烹着を着て台所で煮炊きをしながら、「神野さんとこ、行ってくれた?」と圭に問いかける木和の後ろ姿。
 一見ノスタルジーのよすがとなるような情景と言えそうだが、その竈の上に、煮炊きついでに4つの”怖い”魔法が浮かび上がっていることに気付いた圭の、あの一瞬の緊張感は、今でも時折彼の心を疼かせるのだった。
 
「蝋燭は片手間に扱えないから助かるかもな。学校ではこれをやってみるよ」
「そだねー。『ついでに』って時はソレで、本腰入れた鍛錬なら蝋燭って感じかな。使い分けてみてちょ」

 圭は頷いて鞄を背負い直し、「ああ、それはそれとして。晩飯までには座卓を片付けとけよ?」と言って階段へ向かった。

 さて、と圭は鞄を文机の上に置き、考える。夕飯までは勉強か、鍛錬か。着替えて出かけて、莉緒に教わった店を見に行きつつ美織へのお礼のおかずを一品買うのもいい。
 最後の選択肢が一番心惹かれるところだったが、しかしまあ、一品はまた今度にして今はこの石を試しつつ勉強というのが妥当かな、と圭は息を吐き、制服のボタンに手を掛けて押し入れに向かった。



 莉緒と沙雪、りょうの三人は、放課後にスーパーに寄って食材の買い物をしてから、そのまま莉緒の家へと訪れた。

「お邪魔しまーす」
「しまっす」
「ふふ、どうぞー」

 三人の上機嫌な声に、リビングの方から莉緒の母、莉月りつきが出てくる。

「紗雪ちゃん、りょうちゃん、いらっしゃい。今日はお料理女子会ですって?」
「あ、おばさまこんにちはー。はい、キッチンをお借りします」
「ええ、どうぞ。フフ、夕食を楽しみにしてるわ。材料費はまた後で、カンパさせてね」
「あ、でも今日はあたしらの持ち帰りの分も作ろうと思ってたくさん買っちゃったんで、いいですよ」
「あら。いいから出させて? 私もすごく助かってるんだから」

 そう言い残して去って行った莉月の後ろで、三人は「やっぱ綺麗ねえ」「そうかな」「綺麗じゃん」などクスクスと話しながら、明るい、よく片付いたキッチンへと入っていった。

 それぞれが抱えていたスーパーの袋をラックの上に置いていく。

「えっと、ロールキャベツと生姜焼き、シーザーサラダに牛肉コロッケ。デザートにコップケーキ。今日は、盛り沢山だね」
「うん。りょう好みの肉食ディナーね。それじゃありっち先生? よろしくお願いします」
「へへ、楽しみだなあ! よっしくー」
「はーい。ふふふ」
「ところで、りょう? 今日はちゃんと覚えてよ?家であたしばっかり作るのは嫌だからね」
「んー、なかなか覚えられないんだよなあ」
「あたしも最初はそうだったよ? 何回か作って、慣れてくると、段々自然と身に付いちゃうかな」莉緒はそう言ってりょうに微笑みかける。
「そうか? へへ、そうかなあ」

 それから三人は手順を話し合いながら、それぞれのエプロンを鞄や戸棚から取り出して、食材の調理へと取り掛かった。

 キャベツに包丁を入れる莉緒の横で、りょうはピーラーで野菜の皮を剥き、紗雪は玉ねぎをみじん切りにしていく。
 皆が手元に集中し出して沈黙が少し続いた後、ふと思いついたように、沙雪が口を開いた。

「ところでりっちさー。あの、隣の圭くん…」

 ダンッ、ダガン!

「わ! え、どした! りっち!」
「大丈夫!?」

 りょうが咄嗟に莉緒に走り寄り、沙雪も包丁を置く。
 見たところ、莉緒はまな板の前で呆然としていたが手指などは切っていないようだった。
 
「飛んだ……」

 見ると足元には半玉ずつに分かれたキャベツが、巣穴から出た子熊のようにそれぞれ元気に回転していた。りょうがしゃがみ込んでそれを拾い上げる。

「あ、ありがと…」
「どしたんだよー」
「ね……うっかりしちゃった。ふふ。飛ぶんだね、キャベツって」

 何とか自分を取り戻した莉緒が少し固い表情ながら微笑み、受け取ったキャベツを流しで洗いはじめる。

「えっと、りっち? その、何かあったの? 圭君と」
「え、ええー? 何がー?」
「いや何かすごい今、動揺したようにも見えたけど」
「ええ、どこがー? 何で、何がー?」
「ねえ何か嫌なことされたの? 大丈夫?」
「嫌なことって、え、ないよ? あたし、普通だよ?」
「りっちこそどうしたのよ。さっきから同じところ延々と洗ってるし」
「あ…」

 莉緒を隣から見守っていたりょうが、真剣な顔で彼女の肩に手を当てる。

「なありっち。ちゃんと言ってくれ。やっぱあいつ……結野は、うちらでやっちまった方がいいのか?」
「え、ええ!? ちょっと、りょうちゃん?」

 焦る莉緒に向かってりょうは黙って頷き、沙雪にも振り返って「沙雪」と頷く。

「『沙雪』じゃないわよ。せめてりょうは落ち着いてて」

 そして沙雪は、「今多分ちょっと包丁危ないから、りっち、ピーラーの方やってくれる?」と莉緒からキャベツを取り上げて、それぞれの場所を交代する。
 改めてキャベツを洗ってから、慎重に包丁を入れていった。

「う、うん……」

 それからしばし莉緒が落ち着く時間を挟んでから、紗雪はそっとまた口を開いた。

「えっと改めて、だけど……。りっちはー、最近、圭君とお話しした、かな?」
「あ…えと、うん。丁度今朝……」
「あーそっかそっか、うん。話すよね、朝って」
「そうかあ?」口を挟むりょうを沙雪が睨む。

「朝って、HRの前?」
「うん、たまたま家出たときに会って、そのまま校内を案内して」
「だにぃ!?」

 りょうが口から何かを飛ばした。サラダ用のベーコンを軽くつまみ食いしていたようだ。
 沙雪は莉緒に見えないようにゆっくりとりょうに向かって手の平を広げて見せて、兎に角今は黙って落ち着いておいてくれ、と伝える。
 りょうは尚も何か言いたげだったが、沙雪は重ねて手を振ってそれを抑え込む。

「へえ、そっかー。で、その時圭君は、何か言ってたの? 学校のこととか、こっちでの暮らしのこととか」
「えっと…。部活はね、やらないんだって。あと本が好きって言ってた。あ、二人に貰ったストラップを綺麗って褒めてたよ?」
「ふんふん」
「あとは……、あ、そういえば」
「うん?」
「圭君を案内してる時に図書室辺りで、保坂君? に会った。あたし今までほとんど話したことなかったんだけど、やっぱりほら、前に相談した”グループ”っていうので、また……」
「ちっ」

 莉緒の言葉の途中でりょうの大きな舌打ちが入る。
 沙雪はそちらを見ながら肩を竦めた。

「はあ……。しつこいなあ、あいつ。えっとりっち、ごめんね? その件はあたしとりょうであいつと話しておくから、りっちは考えないでいいよ?」
「え……でも、大丈夫?」

 莉緒の心配にはりょうが、「元々はうちらに勧誘があったんだし、きっぱり断っとくよ。すまんりっち。大丈夫だから」と答える。

「うーん、保坂君のグループって言うの、何なんだろうね? 部活? ちょっと私、あの人の途中の話とかもうまく分からなくて。沙雪ちゃんとりょうちゃんは何のことだか分かる?」
「……んー。まあ普通に仲良しグループのことなんじゃ、ないのかな。あいつきっと、ちょっと変なんだよ」
「そっか……」

 沙雪はもう話を戻した方がいいと判断する。
 そもそも保坂の話は今日の本題ではないのだ。

「で、圭君の話だったっけ。彼と話したっていうのは、それぐらい? 普段何してるとかは?」
「えっと。あ、そうだ。一緒に住んでる親戚のお姉さんが、料理が苦手らしくてね。で、圭君もまだ苦手だから、食事がほとんど即席のやつで……。それじゃ栄養偏っちゃうねっていう話をした」

 それを聞いた沙雪の細い眉が、小さく跳ね上がる。
 一番やりやすいプランに、うまくはまりそうだった。
 すぐにりょうに向けて意味ありげな視線を送るが、りょうはと言えば「あ?」と微分を教わった先住民のような顔を返した。

「へえー、それはちょっと、圭君が心配だね。ね、りょう」
「え? うええ? 心配じゃない。何言ってんだ沙雪」
「心配、でしょう。そんなの。だって圭君既にあんなに線が細いのに。ねえ? りょう」

 沙雪の眉と目線が強い表情に変わる。

「いやあ? うちはまったく」
「ううん。心配よ、りょうは」

 その沙雪の言葉が終わると同時に、りょうへと【通話コール】で「心配って言って!」というガチャ切りが入った。

「うぉ!? …ん、んうー? そうか? そういや心配、なのか……?」
「そうだね、りょうも圭君が心配だね! あたしも心配だわ。りっちはどう?」
「ええ? う、うん……それは、まあ……」

 少々白々しいが、ここで沙雪は手をパンと叩き、今日の本題へと持ち込んだ。
 拙速寄りかもしれないが、莉緒の性格を考えると多少強引な方がうまくいくだろう。

「じゃあ、そうね! 丁度今日は材料をたくさん買ったんだし、出来上がったおかずをお裾分けしてあげてみよっか! それにほら、どんな暮らしだか分かった方が、莉緒だって安心でしょ?」
「ええ!?」
「えええー。嫌だ……うぉ!?」

 美味しい料理を沢山持ち帰れると思っていたりょうが反対しようとして、すぐにまた沙雪からのガチャ切りを受けたことは、莉緒には知る由もない話だった。

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