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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.18 とある男女の“困り事”

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 ごちそう食べて、ケーキでばっちり別腹も埋めて、『まだ眠くない』ってごねるルカとルナもようやく寝かしつけた後の一人きりの夜のリビング。

 寝てる時に絡んで痛まないよう緩く一本の三つ編みにした髪をいじりながら、眠気覚ましのコーヒーを淹れた。

 時刻は夜の10時で、王都からスチュアート伯爵領までは片道全力で急いでも三時間はかかる。行くときには『明日中には絶対帰る』って言ってくれたガイアだけど、夜会の後すぐ出発したって今夜中に帰って来れるかはわからない。普通だったら今日はあきらめて、明日帰って来ることにするだろう。
 ……とは、思いつつ。帰ってきてくれたら『おかえりなさい』くらい直接言いたいな……なんて淡い期待を拭いきれずにこうして寝ずに待ってる私。

「ふぁ……、コーヒー効果ないなぁ」

 小さくあくびを噛み殺したタイミングで、ぽつりと窓に水滴が当たる。ポツポツ降りだった雨は、あっという間にバケツをひっくり返したようなどしゃ降りになってしまった。

「あーぁ、とうとう降ってきちゃった……」

 ピカッと遠くで光った雷と、秋の夜の寒さでブルッと体が震えた。
 今夜は冷えるな。こんな寒さの中濡れて帰ってきたら、体冷えちゃうよね。

 帰ってきたらすぐ温まれるように、お風呂のお湯を熱めに焚きなおしてバスタオルも何枚か用意。

「あとは、体を温めるならやっぱりこれかな!」

 一人で静かに意気込んで、領地の人達から昼間にもらったお肉やお野菜を冷蔵庫から取り出した。



「……セレン?」

「ガイア!ずぶ濡れだねぇ、大丈夫!?」


 小一時間後、驚いたような声音で後ろからそう名前を呼ばれて振り返ればずぶ濡れで帰ってきたガイアが玄関に立っていた。 
 すぐに駆け寄って、水気でいつもより更に艶やかな黒髪が映えるその頭にふわっとバスタオルを被せる。拭かないと風邪ひいちゃうからね。
 おぉ、ガイアの髪触るの初めてだけど、本当にこの人女の私から見ても羨ましいくらいにいい髪してるわ…!

「お前、何でこんな時間まで起きてたんだ?手が冷えきってるじゃないか」

「中は暖炉もついてるし大丈夫だよ。それより、おかえりなさいガイア」

 ふにゃりと笑ってそう言えば、一瞬呆けたようにガイアが目を見開いてそれからふわりと微笑んだ。

「……っ!あぁ、ただいま。……くしゅんっ!」

「ーっ!!大変!外寒かったしガイアこそ体冷えきってるでしょ?お風呂沸かしてあるから温まってきて!!あと、温かいスープも作ってあるから!」

 ブルッと震えてくしゃみしたその冷たい身体をぐいぐいとお風呂場の方に押す。されるがままに歩くガイアから、ちらっとなにかを言いたげな視線を向けられた。

「あ、あぁ。でもその前にちょっと……」

「駄目!このままじゃガイア風邪引いちゃうもん、まずは身体を温めるのが先!!さぁ入った入った!」

「あっ、おいちょっと押すなよ!わかった、わかったから!」

 無理矢理脱衣所に押し込むと、ガイアは観念したのかやれやれと肩を竦めて扉を閉めた。
 これでよし!さぁ、ガイアが出るまでにスープ温めておこうっと。と踵を返したところで背後で脱衣所の扉ががちゃりと開く。中から顔を覗かせたのは、まだ濡れた服に身を包んだままのガイアだった。

「あっ!もう、早く入りなさいって言ってるのに!」

「わかってるから怒るなって。なぁ、今何時?」

「へ?」

 唐突に聞かれて柱時計を見た。

「丁度11時になるところだけど?」

「そうか、わかった。急いで出れば間に合うか……」

「なんのことかわかんないけど、本当にちゃんと温まってね?」

 『わかってるよ』と微笑んで、今度こそガイアが脱衣所の扉を閉める。一分後、シャワーが流れ出す音がしたのをちゃんと確かめてから私はリビングに戻ったのだった。

「ふう、これでよし……と」

 スープのお鍋も弱火にかけたし、暖炉の薪も追加した。あとはガイアが出てくるまでちょっと休憩と、ポスンとソファーに腰を落とす。

「ふぁぁ……」

 途端に口からあくびがこぼれ落ちて、無意識に体がソファーに倒れる。。
 パチパチと暖炉に揺れる火の音と野菜がコトコト煮えるお鍋の音を子守唄に、ゆっくり意識が薄れていった。






(なんだろう、温かくてすごく安心する……)

 サラサラと髪を優しくとかすように撫でられる感触に、夢の中から呼び戻される。目を開くと、私の髪を指先で弄んでいた苦笑いのガイアと目があった。

「目が覚めたか?」

「ガイア!え、私、寝ちゃってた!?」

「あぁ、ほんの30分程な。スープは勝手にもらったよ、ごちそうさま」

 穏やかに笑っているガイアの言葉にがーんとなった。
 何てことだ、これじゃあ起きてスープ作って待ってた意味ないじゃん。しかも寝顔見られた!うぅ、恥ずかしい……!

「やだ私ったらもう、ちょっと休むだけのつもりだったの、に……」

 そう勢いよく飛び起きて、ふと違和感に気がついた。
 あれ?なんだろう、髪に何かついてる……?

 三つ編みの結び目に視線を落とすと、なんとそこには見覚えのない真新しいリボンがついていた。
 淡い空色のシルクで出来た柔らかいリボンの真ん中に、星空をそのまま閉じ込めたようなガラスのチャームがついててとっても綺麗。

「わぁ、可愛い……!これどうしたの?」

 あまりに理想通りすぎて思わずそう声に出してしまった。
 それを見ていたガイアが、ほっとしたように微笑んで私の髪を掬う。

「王都で買ってきた。女物の装飾品なんて生まれてこの方選んだことがなかったから不安だったが、気に入ったようで何よりだ。本当にギリギリになっちまったけど……」

 そこで言葉を切って、ガイアが時計を見る。それから、まっすぐに私に視線を向け直した。

「誕生日おめでとう、セレン」

「あ、ありがとう……」

 真っ直ぐに言われた言葉にかぁっと頬が熱くなる。これってつまり、わざわざ私のために買ってきてくれたってことだよね?どうしよう、嬉しすぎて上手く言葉が出ないよ……!

 と、そこで柱時計が日付が変わった合図を鳴らし始めた。揺れる振り子を見ながら、ガイアが『0時になる前に渡せて良かったよ』なんて優しく笑った。

「「プレゼントをわたしたときは、一緒に『すき』っていわなきゃだめ〔だぞ/でしゅ〕!!」」

「うわっ!?おいおい、危ねーな」

「ルカ、ルナ、起きちゃったの!?」

「「だっておいしいにおいがしたんだもん」」

 ガイアにひょいっと抱き上げられながら、二人が声を揃えてお鍋を指差す。たらふくごちそう食べたでしょうに、この子達は全くもう……!

「しょれよりガイア、ねーしゃまのお誕生日をお祝いしゅるならちゃんと『すき』って言わなきゃめっでしゅよ!」

「そうだぞ!とーさまはかーさまの誕生日のときはいっつも『だいすき』って言ってぎゅーってだきしめ……」

「きゃぁぁぁぁっ!もう止めなさい二人とも!子供はもう寝る時間です!!」 

 無理矢理『好き』って言わせるどころかとんでもない要求をしようとしたルカの口をふさいで、慌てて二人をガイアから返してもらう。そのまま二人を連れてさっさと子供部屋に向かうことにした。

 リビングを出る前にリボンが目に止まって、もう一度ガイアの方に振り返る。
髪に揺れるそのリボンを手でそっと包みながらふわりと笑った。

「リボンありがとう、宝物にするね!じゃあ、今夜はゆっくり休んでね。ほら、貴方たちも、おやすみなさいは?」

「「おやしゅみなさい!ガイアもねーしゃまに『すき』は?」」

「……っ」

「だからもう、まだ言うかこの子達は!ガイアも気にしないでね、子供ってすぐ大人を困らせるようなこと言うんだから!じゃあおやすみなさい!!」

「……あぁ、おやすみ」

 今度こそ大慌ててで二人を抱えてリビングを飛び出す。困り顔で手を振るガイアに見送られ、全力でその場から逃げ出した。
 これじゃ明日の朝、どんな顔してガイアに会ったらいいかわからないじゃない。困ったなぁもう……!













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はは。本当に、子供ってやつは無邪気すぎて困ったな……」

 セレンが無邪気すぎて困り者の双子を連れて逃げ出したその背を見送った後、ガイアは一人、自らの髪をぐしゃりとかきあげる。

「どうしたらいいんだよこの感情……!」

 絞り出すように切なく響いたその声は、彼女に届かぬまま闇夜に消えていった。


   ~Ep.18 とある男女の“困り事”~


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