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第2章 私はモブだったはずなのに

Ep.10 そんな設定、聞いてない

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 中々波乱の幕開けとなった留学初日。部屋に運んで頂いた夕食を食べながら、私達はお互いに今日あった出来事を報告した。

「やはり学科に関わらず、ヴァイス殿への迫害精神は全体に浸透してしまっているんだな……。良くないことだ。とは言え、男3人に一人でた立ち向かうような危険な真似は、夫としては控えて貰いたいな」

「うっ、ご、ごめんなさい。でもとても聞くに堪えなくて黙っていられなくて……。仮にも王家の方相手に臣下である貴族があの態度は礼を失するのはもちろん、そもそもの迫害の理由が理不尽な事この上ないじゃない!何より……っ!」

 勢いで捲し立てそうになりハッと口をつぐんだ私の頬を、哀しげに笑ったガイアの指先が優しく撫でる。

「彼の今の境遇が、昔の俺に重なったんだろう」

「ーー……ごめんなさい」

「構わないさ、事実だからな。それに、そう言う理由でなく単純にヴァイス殿の為だけに『一緒に昼食を』なんて最愛の妻に提案されていたら、こちらとしては嫉妬でとても同席なんて出来なかっただろうし」

「ーっ!?もう、茶化さないで!」

 突然の甘い言葉に赤くなった頬を隠す私。そんな私を見て楽しげに笑っていたガイアが、不意に真面目な顔つきに変わった。

「まあ冗談はさておき、『ヴァイス殿に味方が居るのだぞ』と周囲に知らしめ、かつ彼と共に居る者に悪影響が無いことを証明するには、自然な形で共に行動するのが一番だろう。幸い今の俺達には良い方向での影響力もあるようだし、昼食の件に関しては俺も賛成だ。実例もあるしな……」

「“実例”??」

 首を傾げた私から遠い眼差しで視線を逸らしたガイアの口が、『ルドルフが』と、懐かしい名前を紡ぐ。

「俺も学生時代の初めは、それはそれは周りから遠巻きにされていたんだがな。二年に上がってすぐルドルフが同室になって、あいつの問題行為や女性関係に翻弄されるようになって。それからは早かったぞ。もののひと月で俺への周りの目が『異質な力を持つ怖い相手』から『厄介者の世話を押し付けられた哀れな同級生』に変わったからな……」

「るー君たら……。当時の様子が目に浮かぶようだわ」

「そうだろ?……まぁでも、それでもなんだかんだ楽しかったがな」

「…………元気にしてるかな」

「大丈夫だろ、あいつのあの図太さなら。案外もう近くまで戻ってきてたりしてな」

 感傷を笑い飛ばすようにガイアがグラスを煽ったその時、扉が外から三回叩かれた。返事を返すと、ここで私達の世話を焼いてくれている侍女さんが少し焦ったような声音でお伺いを立ててきた。

「お夕飯中に失礼致します。火急の要件との事でアストライヤ国王陛下より黒の騎士様と奥方様に通信が来ておりますが、如何いたしましょう?」

「ーっ!!」

 ウィリアム陛下からの通信だ。顔を見合わせた私達は夕食を中断し、すぐにその通信機を部屋の中に繋いでもらった。

 人間の頭ほどある巨大な水晶だ。そのなかでゆらゆら揺蕩っていた雲が段々晴れ、その向こうに現れたウィリアム陛下がこちらを見据えた。

『ガイアス!セレスティア嬢、2人とも無事で何よりだ……!』

「あぁ、混乱を招いてしまい申し訳なかったが、俺達は大丈夫だ」

「ご心配とご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした、ウィリアム様」

 口調の気安さから言って、恐らく“王”としてかけてきた訳じゃないのだろう。案の定、ほっとしたように座り込んだウィリアム陛下の周りには、従者も兵士も見当たらなかった。人払いがしてあるのだ、と、画面越しであるこちらからもわかる。

「オルテンシア王家への迅速な対処、感謝している。こちらの内情については手紙で報告した通りだ。うちの領地についてはどうだ?」

『あぁ、君の申請通り、君達が戻ってくるまではエトワール公爵領は国家管理区域扱いにして私が責任を持って預かろう。セレスティア嬢の生家であるスチュアート家も、色々気にかけてくれると言っている』

「そうですか、良かった……!」

 私達の私的なトラブルで民がとばっちりを受ける事態にならなくて、本当に良かった。そう安堵するけど、ふと疑問が頭を過る。

「あの……今のが“火急の要件”ですか?」

『まさか!今のはもののついでだよ。火急の要件と言うのはだね、実はセレスティア嬢の手紙を受け取るなり、アイシラがずっと“今すぐセレに連絡しなきゃ!”と錯乱状態でね。どうにもすぐにでも君に伝えたい事があるようなんだ』

「アイちゃんがですか?」

『あぁ、今は別室に待機させている。少し時間を貰えるかい?』

「はい、大丈夫です」

『ありがとう。アイシラの希望なので私は一度席を外させて貰うよ。出来ればガイアスにも退席願いたいようなんだが……』

「わかった。では俺はその間に一度ヴァイス殿と明日の昼の予定を擦り合わせてこよう。リアーナ王女には昼にきつい物言いをしてしまって警戒されているだろうからな」

「ごめんねガイア、行ってらっしゃい」

 気にするなと軽く右手を振ったガイアが部屋から出ていき、ウィリアム陛下が水晶の向こうで鍵がかかっていたらしい奥の扉を開き、そのまま姿を消した。
 次の瞬間、猛スピードで飛び出してきたアイちゃんが駆け寄ってきて水晶を両手で掴む。ガタンと激しく揺れた景色に驚く間もなく、画面いっぱいに顔を写し出されたアイちゃんの叫びが響き渡った。

『あれっっっっっほどオルテンシアは駄目だって言ったのに!どうして留学なんてことになるのよバカァァァァァァっ!!!』

「ごっ、ごめんなさーいっっ!!!」

 通信だとわかってるのに、あまりの勢いに負けて頭を抱えうずくまる。アイちゃんたら恐いぞ、そんなに怒ることないじゃないかとチラッと水晶を見れば、彼女は予想以上に困った表情をしていた。

「えっと……色々驚かせちゃってごめんね」

『……うん』

「言いつけを破ったんじゃないんだよ。オルテンシアに来たのは、竜巻から逃げるために仕方なくだったの」

『……うん、わかってる。良かった、2人とも死んでなくて』

「うん、ありがとうアイちゃん」

 小さく鼻を啜る音がして、アイちゃんがタオルに顔を埋める。本当に心配をかけてしまったのだと、申し訳なくなった。

 それから私達がここに来た経緯を話していた時、不意に何かに気づいたようにアイちゃんがバッと顔を上げる。

「そんなわけで、ヴァイス殿下とリアーナ王女の口添えで視察を兼ねた留学として魔法学園に通わせていただく事になったのだけど……」

『……待って。今、“ヴァイス”と“リアーナ”って言った?』

「え?う、うん」

『それって、白髪紅目の三つ編みの美男子と、黒髪紫目のツインテ美少女だった?』

「え?えぇ、そうね。それが何か……」

『ちょっとあんたまさか、ヴァイス王子と刺繍の話で盛り上がったり忌み子絡みで苛められてるの止めたりしてないでしょうね!!?』

「ーっ!?なんでアイちゃんが知ってるの!?」

 指摘の異様な的確さに私がそう声を上げた瞬間、アイちゃんがガンっと机に突っ伏した。

「アイちゃん!?どうしたの、大丈夫!?」

『大丈夫じゃないのはあんたよ。…………なのよ』

「え、何?」

 私が聞き返した声に弾かれる様に、アイちゃんが勢いよく起き上がる。

『オルテンシアはね、セレスティアあんたをヒロインにした続編乙女ゲームの舞台なのよぉぉぉぉっ!!!』

「えっ、えぇぇぇぇぇっ!!!?」

 まさかの前作ヒロインからの大暴露。神様仏様制作スタッフ様、そんな設定聞いてません!!


   ~Ep.10 そんな設定聞いてない~

  『私、単なるモブじゃなかったの!?』






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