9 / 20
砂と骨の都市、サザノール
カーニバル
しおりを挟む
地平線の上に乗った真っ赤な夕日が蜃気楼のせいで眠そうに溶けている。逢魔時の砂漠は赤熱したように輝き、これから夜の寒さで鉄のような黒へと変わっていくのだろう。
そしてサザノールの全てを闇が包んだ時、カーニバルが始まる。
町はカーニバルの準備で賑わっている。露店、祭壇、パレードのキャラバン。昨日の騒ぎを物ともせず、逞しく準備は整えられている。
私はまとめた少ない荷物をオモイカネのソリへと積み終え、腰を落ち着かせて彼女を待った。
「旅の人!」
聞き覚えのある野太い声。大通りの斜向かいで手を振っているのはドワーフのボンベだ。
「町を出るのかい、旅の人」
「ああ、カーニバルが始まる前にね」
アレだけの口論をした後でも、やはりあの健気な少女が惨たらしくバラバラになる光景は見てられない。
「あれ、ボンベさんは?」
彼は明らかに軽装で帰り支度をしているようには更々見えない様子。もしかして…。
「俺は…やっぱり見に行くことにしたよ、カーニバル」
「え!?どうして!」
「色々考えたんだ。アイツは生贄になる事を誇ってる。同時にアイツは俺達みたいな外の人間がそれを理解し得ない事も重々承知してる。だからこそ、自分の最期を見てほしいんじゃ無いかってな。『私は幸せです。後悔なんてないから、心配しないで』って姿を、俺たちに見せたいんじゃないかってな」
虚勢を張った大きな声は根元で揺れていた。聞いているとこちらまで胸が痛くなるような、締め付ける声だ。
「だから俺は見に行くぞ。涙は流さねぇ。目も背けねぇ。サザニアが息絶える最後の最後まで、アイツを見続けて、お前の人生は、誰が見ても何一つ後悔することなんてなかった。そう伝えてやるんだ」
自分に言い聞かせるように言い放ったその言葉は、どんな神々の福音よりも響いた。
それに心動かされつつも、彼女の最期を見届ける気にどうしてもなれない。それどころか、彼ならばやってくれるかもしれないという期待が何処かにあって、こんな事までしてしまうのか…。
「ボンベさん。カーニバルの合言葉、知ってますよね」
「ああ、もちろん」
「実は、アレには別の意味があります。『サザン・デ・トゥルティン』。あれは、自分の身を挺して他者を守る魔法の呪文です」
自分でなければ縊り殺したい程の邪悪さだ。
「あなたが望めば、この魔法でサザニアを助けられます」
決意を固めた漢にちゃちな期待で水を差すなんて…!でも、心とは裏腹に言葉は止まらなかった。
彼は案の定、揺れた。目を開き、魔法の言葉を小さく復唱する。
「お前さん…」
震える声でそう言いかけて彼は踵を返した。そしてそのまま人混みの中に逃げるように消えていった。
やはり私は正義を語れるような神じゃない。世界に混沌をもたらす悪戯の神、ロキだ。
遠く離れた砂丘から見下ろす今夜のサザノールの夜景は綺麗だった。煌々と光る松明が飛び交う蛍のように動き回り、さざめきの様な祭囃子をたてている。
サザニアは今、あそこで舞っているのだろうか。ボンベさんはちゃんとそれを見届ける腹づもりなのだろうか。ここから先の彼女達の物語に、私達はもう立ち入れない。いいや、もとより立ち入るべきでは無かったのかもしれない。
私は…どうしてそんな余計な事を…。
「どうした、ロキよ」
心配したのか、操縦席に座った老人姿のオモイカネが言葉をかけてくる。
「…その名前で読んで欲しくない」
「そうかそうか。じゃがワシは話し相手が欲しくてソリに載せたのに、お前さん先程から塞ぎ込んで一言も喋らん。一体どうしたもんかの」
理由でも話せってか。何も知らないくせに…。
「元神だからって完璧を振る舞う必要などないのじゃぞ。今は人間じゃし、神だって悩むことはあるわい。そして悩みは人に話せば9割楽になる。これも人間も神も同じ事じゃ」
このクソジジイめ…上手いこと言って自分が知りたいだけだろ。
はぁ…。でもまぁ一理あるか。
どうして私はあんな事をしたのだろう、と思いを馳せる。
元々はヨルムガンドを止めるために来たのだ。それが、いつの間にか冷静さを失い、あろう事か町を滅ぼしかけた張本人になってしまった。
きっかけはカーニバルという町の伝統を自分が受け入れられなかった事。それを自分のエゴによって止める為に動いたんだ。
でもなんで?オモイカネからこの町に来る前に忠告されていたし、自分だって他の神の世界で波風立てる様な事は望んで無かった筈だ。なのにどうしてこんな事を…。
それらのピースがハマる絵は一つしかない。
「私は、サザニアが好きだったんだな」
涙が一筋、頬を伝った。熱い涙は夜風に冷える事もなく、掌の上に落ちた。私はその熱さをギュッと握りしめてから涙を拭いたり
「なんじゃ!お前さん、この短い間で恋をしとったのか!」
「こんの…!クッソジジイめ!!!!人がセンチに浸ってるのにそういう事言うか普通!?」
「ハハハッ!若いのぅロキよ!旅先で出会った愛しい人と別れるのが辛くて泣いてしもうたか!若い若い!」
「黙れ!今度こそ本当に便所紙にするぞ!」
「で、そやつはどんな者じゃった?男か?女か?おっと、種族によっては両性具有なんて事もあるかのぅ」
「ヘル・デ・ゾルデロカ・シン!!!」
「そう何度も同じ手は喰わんわい!」
さようなら、サザニア。
死んだにしろ、生きてるにせよ、もう会う事は無いだろう。でも、君が私の魔法で華麗に踊る姿は心の中に永遠に残り続ける。
サザニア、砂漠に舞う花の様に、その命を悔いなく全うする美しき人よ。
そしてサザノールの全てを闇が包んだ時、カーニバルが始まる。
町はカーニバルの準備で賑わっている。露店、祭壇、パレードのキャラバン。昨日の騒ぎを物ともせず、逞しく準備は整えられている。
私はまとめた少ない荷物をオモイカネのソリへと積み終え、腰を落ち着かせて彼女を待った。
「旅の人!」
聞き覚えのある野太い声。大通りの斜向かいで手を振っているのはドワーフのボンベだ。
「町を出るのかい、旅の人」
「ああ、カーニバルが始まる前にね」
アレだけの口論をした後でも、やはりあの健気な少女が惨たらしくバラバラになる光景は見てられない。
「あれ、ボンベさんは?」
彼は明らかに軽装で帰り支度をしているようには更々見えない様子。もしかして…。
「俺は…やっぱり見に行くことにしたよ、カーニバル」
「え!?どうして!」
「色々考えたんだ。アイツは生贄になる事を誇ってる。同時にアイツは俺達みたいな外の人間がそれを理解し得ない事も重々承知してる。だからこそ、自分の最期を見てほしいんじゃ無いかってな。『私は幸せです。後悔なんてないから、心配しないで』って姿を、俺たちに見せたいんじゃないかってな」
虚勢を張った大きな声は根元で揺れていた。聞いているとこちらまで胸が痛くなるような、締め付ける声だ。
「だから俺は見に行くぞ。涙は流さねぇ。目も背けねぇ。サザニアが息絶える最後の最後まで、アイツを見続けて、お前の人生は、誰が見ても何一つ後悔することなんてなかった。そう伝えてやるんだ」
自分に言い聞かせるように言い放ったその言葉は、どんな神々の福音よりも響いた。
それに心動かされつつも、彼女の最期を見届ける気にどうしてもなれない。それどころか、彼ならばやってくれるかもしれないという期待が何処かにあって、こんな事までしてしまうのか…。
「ボンベさん。カーニバルの合言葉、知ってますよね」
「ああ、もちろん」
「実は、アレには別の意味があります。『サザン・デ・トゥルティン』。あれは、自分の身を挺して他者を守る魔法の呪文です」
自分でなければ縊り殺したい程の邪悪さだ。
「あなたが望めば、この魔法でサザニアを助けられます」
決意を固めた漢にちゃちな期待で水を差すなんて…!でも、心とは裏腹に言葉は止まらなかった。
彼は案の定、揺れた。目を開き、魔法の言葉を小さく復唱する。
「お前さん…」
震える声でそう言いかけて彼は踵を返した。そしてそのまま人混みの中に逃げるように消えていった。
やはり私は正義を語れるような神じゃない。世界に混沌をもたらす悪戯の神、ロキだ。
遠く離れた砂丘から見下ろす今夜のサザノールの夜景は綺麗だった。煌々と光る松明が飛び交う蛍のように動き回り、さざめきの様な祭囃子をたてている。
サザニアは今、あそこで舞っているのだろうか。ボンベさんはちゃんとそれを見届ける腹づもりなのだろうか。ここから先の彼女達の物語に、私達はもう立ち入れない。いいや、もとより立ち入るべきでは無かったのかもしれない。
私は…どうしてそんな余計な事を…。
「どうした、ロキよ」
心配したのか、操縦席に座った老人姿のオモイカネが言葉をかけてくる。
「…その名前で読んで欲しくない」
「そうかそうか。じゃがワシは話し相手が欲しくてソリに載せたのに、お前さん先程から塞ぎ込んで一言も喋らん。一体どうしたもんかの」
理由でも話せってか。何も知らないくせに…。
「元神だからって完璧を振る舞う必要などないのじゃぞ。今は人間じゃし、神だって悩むことはあるわい。そして悩みは人に話せば9割楽になる。これも人間も神も同じ事じゃ」
このクソジジイめ…上手いこと言って自分が知りたいだけだろ。
はぁ…。でもまぁ一理あるか。
どうして私はあんな事をしたのだろう、と思いを馳せる。
元々はヨルムガンドを止めるために来たのだ。それが、いつの間にか冷静さを失い、あろう事か町を滅ぼしかけた張本人になってしまった。
きっかけはカーニバルという町の伝統を自分が受け入れられなかった事。それを自分のエゴによって止める為に動いたんだ。
でもなんで?オモイカネからこの町に来る前に忠告されていたし、自分だって他の神の世界で波風立てる様な事は望んで無かった筈だ。なのにどうしてこんな事を…。
それらのピースがハマる絵は一つしかない。
「私は、サザニアが好きだったんだな」
涙が一筋、頬を伝った。熱い涙は夜風に冷える事もなく、掌の上に落ちた。私はその熱さをギュッと握りしめてから涙を拭いたり
「なんじゃ!お前さん、この短い間で恋をしとったのか!」
「こんの…!クッソジジイめ!!!!人がセンチに浸ってるのにそういう事言うか普通!?」
「ハハハッ!若いのぅロキよ!旅先で出会った愛しい人と別れるのが辛くて泣いてしもうたか!若い若い!」
「黙れ!今度こそ本当に便所紙にするぞ!」
「で、そやつはどんな者じゃった?男か?女か?おっと、種族によっては両性具有なんて事もあるかのぅ」
「ヘル・デ・ゾルデロカ・シン!!!」
「そう何度も同じ手は喰わんわい!」
さようなら、サザニア。
死んだにしろ、生きてるにせよ、もう会う事は無いだろう。でも、君が私の魔法で華麗に踊る姿は心の中に永遠に残り続ける。
サザニア、砂漠に舞う花の様に、その命を悔いなく全うする美しき人よ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる