六影相剋――目覚めたら荒野だった記憶喪失の剣士は、六大勢力の争いの中で世界の歪みと向き合う

いぬぬっこ

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第一章 影走

プロローグ

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夜は、あまりにも静かだった。

山脈を越えて吹き下ろす風が、荒野に生えた枯草を揺らす。
ざわ、と擦れる音だけが、だだっ広い闇の中に溶けていく。

月は雲に隠れ、星もない。
まるで、空そのものがこの場を見ないふりをしているかのようだった。

――その闇の中心に、六つの影が立っている。

外套の裾を押さえる者。
仮面の奥から陣を睨む者。
剣の柄から、決して手を離さない者。

江湖に名を轟かせる、六つの門派と組織の代表。
正派も、邪道も、中立も関係ない。

今夜、この場に集った理由は、ただ一つ。

力。

誰かが、喉を鳴らした。

「……本当に、ここでやるつもりか」

声の主は、陣から半歩だけ距離を取っていた。
逃げるつもりはない。
だが、踏み込む覚悟も、まだ揃っていない。

視線の先。
荒野の中央には、巨大な陣が刻まれている。

削られた石。
乾ききらない血で描かれた紋様。
内功の流れを無理やり歪め、天地の理をこじ開ける――禁忌中の禁忌。

 帰虚の法ききょのほう

「……確認しておくが」

別の影が、低く口を開いた。

「“器”は本当に耐えられるのか?
この術は、人一人で受け止められる代物じゃない」

「耐えられなければ、壊れるだけだ」

淡々と返される声。

「だが、他に方法はない。
陣を制御するには、“生きた器”が必要だ」

「……魂ごと、喰われるぞ」

「承知の上だ」

短い沈黙。

誰も、「やめよう」とは言わない。
言ったところで、もう後戻りはできなかった。

「使えば、すべてを得られる」

誰かが、言い聞かせるように呟く。

「力も、支配も……恐怖すらも」

――代償が何かは、誰にも分からない。

「今さら怖気づくのか?」

軽い声が、夜気を切り裂いた。

場違いなほど飄々としているが、芯の通った声。
その影は、陣から目を逸らさない。

「ここまで来て引き返せると思うな。
江湖はもう、正義じゃ動かへん」

一拍、間。

「動かすのは――力や」

その一言で、空気が軋んだ。

次の瞬間。
陣の中央に立つ人影が、ゆっくりと両腕を広げる。

「……始める」

風が、止まった。
内功が、唸りを上げる。

空気が重く沈み、
呼吸をするだけで、肺が圧されるようだった。

「――待て。器は……まだ子どもだぞ」

「だからこそだ」

冷たい返答。

「余計な意思がない。
欲も、恐怖も、記憶すら――」

言葉は、そこで切られた。

ドン、と腹の底を叩く衝撃。
地面が鳴り、陣が赤く光る。

血の線が、脈打つように走り出す。

空が、裂けた。

雲が渦を巻き、歪んだ月光が荒野を照らす。
“何か”が、世界の裏側から引きずり出される。

「……っ、内功が逆流して――!」

膝をつく者。
血を吐く者。

それでも、誰も止めようとしない。

帰虚の法は、すでに起動していた。

その中心で――
一人の少年が、静かに立っていた。

幼さの残る顔。
感情を映さない、硝子のような瞳。

名もなく、
意思も問われず、
ただ“器”として、そこに置かれた存在。

少年の足元から、淡い光が立ち上る。

内功が流れ込む。
一人の身体に、世界の歪みそのものが押し込まれていく。

骨が軋み、
魂が引き裂かれているはずなのに――

少年は、何も言わなかった。

「……成功だ」

誰かが、震える声で呟いた。

だが、その瞬間。

――世界が、反転した。

轟音。
爆風。
光と闇が入り混じり、すべてを飲み込む。

「逃げろ――!!」

山が崩れ、
大地が裂け、
人も、思想も、門派の境すらも、等しく吹き飛ばされる。

叫び。
笑い。
祈り。

そして――消失。

やがて、夜が戻る。

荒野の中央。
崩れ落ちた陣の底。

大地に穿たれた深い穴の、その最奥で――
少年は、石と血に囲まれたまま、静かに眠っていた。

まるで、
この世界の罪と歪みをすべて抱え込むために
封じられたかのように。

生き残った者たちは、口を揃えて言う。

――あの夜から、江湖は変わった。

正義でも、道でもない。
ただ、より強い力を求める時代が始まったのだと。

後に史書は、この出来事をこう記す。

 帰虚禍ききょか

またある者は、別の名で呼んだ。

―― 衡崩の夜こうほうのよ

そして誰も知らないまま、
少年だけが、深い眠りに落ちていた。

千年の時を越え、
再び目覚めるその日まで。
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