記憶喪失の九尾狐の少女は、冒険者を目指します ~失われた記憶の先で~

いぬぬっこ

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第一章 異世界アニマルーンの目覚め

第七話 エンシェント・メッセージ!

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ジェイドの耳がピンと立ち、彼の尻尾もピタリと固まる。

「……え?」

息を止める。

音の主は、目の前の倒れたロボットではない。
もっと――背後。

ウォルの実の茂みの奥。
葉の陰が、わずかに揺れる。

ガシャ。

ガシャ。

錆びた金属が擦れる音。
草を踏み潰す、重い足音。

「……まさか」

反射的に、腕輪のある左前足を引いた。
指先が、またじわりと疼く。

茂みの向こうの影が、一際大きくなる。
影の主ーー古びた人型ロボットが、私たちの目の前に立った。

ロボットの外装は欠け、片腕は歪み、関節の隙間には泥と苔が詰まっている。
打ち捨てられて、もう何年も、何十年も、いや、もっと古くから森の中にいたみたいな姿。

それなのに――動いている。

ロボットの半分欠けた顔が、こちらを向いた。
残っている片目が、赤く灯る。

「……動いてる!?」

ジェイドの声が裏返った。

ロボットの腕が持ち上がる。
ぎこちないと思った一瞬。

地面が抉れた。

「うわっ!」

土と草が跳ね上がり、ジェイドが横に転がる。
私も思わず身を縮め、耳がぱたりと倒れた。

……やられてたまるか!!

考えるより早く、狐火を放つ。

炎がロボットの肩を舐め、焦げた匂いが立つ。
けれど、止まらない。

赤い目だけが、何の感情もなくこちらを追ってくる。

「狐火が効いてない!?」

ジェイドが叫ぶ。

「森の中で戦うのはまずい!」

私は叫び返しながら、ジェイドの方へ駆け寄った。

ロボットがもう一歩踏み出す。

ガシャ。

地面が震え、ウォルの実の枝がばさりと揺れた。
実が二つ落ちて潰れ、甘い匂いが広がる。

――だめだ。

ここで長引いたら、絶対に終わる。

「逃げますよ!!」

「う、うん!」

二人で、森の来た道へ駆け出す。

背後で金属音が響く。
枝が折れ、木が揺れる。

でも、森の中では私たちの方が速い。

息が切れ、足がもつれる。喉が痛い。

それでも止まれない。

霧が濃く、薄く、また濃くなる。
視界が白く滲む。

「アミ!!」

何かを察知したジェイドが、私に思いっきり体当たりをした。

衝撃で、二人とも草の茂みの方へ吹っ飛ぶ。

「!?」

茂みの中へ落ちるも、茂みの下は坂道となっており、そのまま下へと落下していく。

「わあぁ!!」

ガサ、バキと茂みの小枝が折れていく。

そして、ドサリ。

太い木の幹に当たって、私たちはようやく体勢を立て直す。

道からずいぶんと外れてしまった。

「……はあ、はあ……! あのロボットは?」

転げてきた坂道の方を振り返る。

木々の影の奥。
赤い光が、ふっと揺れた気がした。

けれど、それ以上は追ってこない。

「……止まった?」

ジェイドが肩で息をしながら呟く。

私も息を整えながら、茂みを見つめた。

……おかしい。

あのロボットは、確かにこちらを追ってきていた。
それなのに、急に止まった。

まるで――
それ以上進めない境界でもあるみたいに。

ジェイドも同じことを思ったのか、小声で言う。

「……なんで止まったんだろ」

私は答えず、そっと木々の奥へ目を凝らした。

霧の向こう。
木々の隙間。
そのさらに奥に――

何かが見えた。

「……あれ」

ジェイドが目を細める。

最初は岩だと思った。

けれど違う。

表面は苔と蔦に覆われているのに、壁の線が妙にまっすぐだ。

まっすぐ空へ伸びる、巨大な灰色の塔。

木々よりも高い。

ところどころ崩れているが、完全には崩れていない。
壁には四角い穴が、上の方までずらりと並んでいる。

たぶん――窓。

でもそのほとんどは割れ、黒い空洞になっていた。
森の木々が、その穴から生えている。

「……北の森の中に、遺跡?」

ジェイドがぽつりと呟く。

胸の奥で、何かが引っかかる。

ーーここには、絶対、何かがある。

私は、へたり込みそうになる足に力を入れて、一歩、塔へと踏み出す。

ジェイドが慌てて後ろから声をかける。

「アミ、待ってよ!」

すぐ後ろにジェイドの気配を感じながら、塔の足元まで近づく。

近くで見ると、塔は想像以上に大きかった。

壁は灰色で、その周囲を薄紫に明滅する虫型マニアが漂っている。
傾いているのに、倒れる気配はない。

森の一部みたいになっている。

壁にそっと触れる。

冷たい。

石みたいだけど、石じゃない。

表面は削れているのに、
奥の層はほとんど傷んでいない。

これ……何の素材でできているんだろう。

足元には、崩れた金属片みたいなものが散らばっていた。

でも拾い上げようとした瞬間、それはさらさらと崩れた。

まるで砂みたいに。

天井だったらしい部分は大きく崩れ、そこから一本の大木が生えている。

根が床を割り、壁を押し広げていた。

森が、ゆっくりとこの建物を飲み込んでいる。

それでも――建物の奥だけは、まだ形を保っていた。

暗い入口。

奥は黒い影になっていて、何があるのか見えない。

「……中に入るの?」

ジェイドが小声で言う。

私は少し迷った。

正直……怖い。

でもーーさっきのロボットが止まった理由が、ここにある気がした。

「……ちょっとだけ」

私はそう言って、一歩踏み入れた。

床も崩れているけれど、完全には抜けていない。

暗い空間。

壁の奥。

その手前で、ふと足が止まった。

壁の一部に、奇妙な跡があった。

苔の下。

灰色の表面に――五本の指の形。

「……手形? 変な形だね」

ジェイドが小さく呟く。

私は近づいた。

変な手形。
少なくとも、私たちアニマのものじゃない。
ーー人間の手形。

よく凝らして見れば、その部分の素材がわずかに溶けているのがわかる。

まるで――高熱で押し付けたみたいに。

ぞわり、と背中が震えた。

そのとき。

手形のすぐ横で、壁に埋まっていた装置が薄く緑色に光った。

「……っ!」

私は思わず前足を伸ばす。

触れた瞬間――ゴォン……。

低い音が鳴った。

空気が震える。

森の奥まで響くような重い振動。

そして、静かな声。

「……記録を再生します」

次の瞬間。

空中に光が広がった。

ジェイドが息を呑む。

そこに映し出されたのは――見たことがないほど栄えた高度な文明の世界。

様々なネオンに照らされた巨大な都市。

空を飛び交う機械の群れ。

服を着た体毛のない、二足歩行の生き物たちの暮らす風景。

どんどん建物が空へ伸び、光の乗り物が空や水中、陸の上を走り回る。

まるで別の世界。

けれど。

映像は途中から揺れ始める。

大都市を飲み込む炎。

その間を逃げ惑う二足歩行の生き物。

生き物を蹂躙する黒い機械装置の大群。

全てが壊れていく。

光が消えていく。

そして最後に残ったのは――

赤と青の月と灰色の惑星の光の地図。

そこに、静かな緑の光が差し込む。

中心に、言葉が浮かび上がる。

「次の文明の築き手へ」

沈黙。

私は息をするのも忘れて、その光を見ていた。

そのとき。

近くの床の瓦礫が、わずかに動いた。

カチッ。

小さな音。

ジェイドがびくっと跳ねる。

「……な、何!?」

瓦礫の下から、小さな猫型の機械がゆっくりと動いた。

長い眠りから覚めるみたいに。

埃まみれの白い装甲に包まれた、小さな丸い体。

耳の奥や関節の隙間で、淡い蒼い光が静かに脈打っている。

少し錆びついているのに、不思議と壊れている感じはしない。

可愛いのに、アニマルーンのものではないと、ひと目でわかる機械だった。

その猫型の機械の胸元には、かすれた刻印があった。

『SOL-004』

まるで――名前みたいだった。

……どういう意味だろう?

ゆっくりと、機械が私の方を見つめる。

淡い蒼色の光。

弱い光。

でも消えずに灯っている。

その光が、私の腕輪を照らす。

それに応えるように、腕輪がチカチカと白く明滅した。

「……生命反応、確認。」

機械の声。

静かで、かすれている。

「生体認証、確認。管理者と一致」

私は思わず聞いていた。

「……この腕輪は何ですか?」

機械の目が、ゆっくり瞬く。

「検索しています。」

少し間。

「管理者コード番号、九千五百二番のものです」

そして静かに続ける。

「九千五百二番、確認をお願い致します」

緑の光が、わずかに揺れた。

「この世界は、計画『アニマーー」

その瞬間。

背後で、ジェイドが叫んだ。

「アミ!!」

ガシャッ!!

振り向く。

さっきの人型ロボットが、
塔の手前まで迫っていた。

赤い目が、こちらを睨む。

――まずい。

「走りますよ!!」

「う、うん!」

二人で塔の入口から飛び出す。

背後で、重い金属音が響く。

ガシャッ。

ロボットが塔の手前で腕を振り上げる。
けれど――

それ以上は進んでこない。

まるで見えない壁にでも阻まれているみたいに、
赤い目がこちらを睨むだけだった。

「……なんで来ないんだろう?」

ジェイドが息を切らしながら振り返る。

私は答えられない。

ただ、胸の奥がざわざわしていた。

あの遺跡……

けれど今は考えている余裕なんてない。

「とにかく走る!」

私はジェイドを頭で軽く押して、森の道へ飛び込んだ。

枝が頬をかすめる。
霧が流れる。
足元の落ち葉が滑る。

息が苦しい。胸が痛い。

それでも止まらない。

背後から追ってくる音は――もう聞こえなかった。

それでも、走る。

しばらくして、木々の隙間から空の色が見えた。

夕焼けだ。

橙色の光が、森の外を染めている。

「……森の出口!」

ジェイドが叫ぶ。

私たちは最後の力で駆け抜けた。

森を抜けた頃には、
空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

二人で顔を見合わせる。

「……ふ」
「……ふふ」

肩がプルプルと震える。

「やった! やったよ! アミ!」

ジェイドの瞳が溢れんばかりに、キラキラと輝く。

「僕たち! 北の森の冒険、クリアしたよ!
強敵との戦いに、未知の遺跡の発見!!
それに、貴重なお宝まで!!」



ジェイドがずいと差し出してきたのは、私が森の奥で貸したハンカチ。
ハンカチには、たくさんのウォルの実とルジェの実が包まれていた。

「そうですね……私たちやり遂げましたね、ジェイド!」

私も左前足の腕輪を眺めた。

『管理者コード番号、九千五百二番のものです』

あの、猫型の機械が言っていた、言葉の意味はまだわからない。

だけどそれはーー失われた私の記憶と関係があるような気がしてならなかった。

「おーい、何してるの、アミ?
どっちが村まで早く帰るか、競争だよ!」

ジェイドの声で現実へと思考が戻る。

「あっ! ジェイド、抜けがけはずるいですよ!」

「へっへーん! アミ、こういうのは早い者勝ちだよ!」

そう言うなり、ジェイドは村の方へ駆け出していった。

「待ってください!」

私はそのすぐ後を追う。

私たちは、この時、すっかり忘れていた。

そもそも、私たちが北の森を冒険する羽目になった理由をーー。
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みんなの感想(2件)

もも
2026.02.11 もも

可愛いアミの冒険楽しみです

解除
もも
2026.02.11 もも

可愛いアミの冒険楽しみです

2026.02.11 いぬぬっこ

ももさん
数多ある作品の中から、この作品を読んで下さり、誠にありがとうございます。
感想をいただけて、とても励みになりました。
本当にありがとうございます。

解除

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