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樹里の告白

第1話 樹里の 不足

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彼女、千住ちずみ樹里じゅりは、うじうじと悩んでいた。

「ちーじゅ、早よ着替え行こ。あのセンセ、遅刻さえしなきゃ単位くれるもん。遅れたらもったいないやん」
級友のみやこちゃんに引っ張られ、急いで更衣室に入る。サッと着替えるみやこちゃんに続いて樹里も急いで体操服を出すも、なかなか着替えは進まない。
「何しとん?女しかおらんのやから隠さんでバッと脱げばええやん」


——それは、みやこちゃんのプロポーションがいいからであって、自分みたいな幼児体形をしていたら、やっぱり恥ずかしくて隠す筈。そう言いたいけど言えない。

「ほら、早よ脱ぎ」
 声と共にスカートのホックを外され、あえなく落ちる制服のスカート。
「ちじゅって、ほんま猫みたい。猫って背伸びして立ってる時のお腹の触り心地がいいんだよね」
そう言ってサワサワとお腹を撫でてくる冷たい手。
「ひゃあ!」

つい叫んでしまって、樹里は慌てて口を押さえた。手にしていた半ズボンをさっと履く。

「ちじゅったら、脱ぐのはほんま遅いのに、着るのは早いんやから」
 笑って言うみやこちゃんを軽く睨む。

「みやこってば、またちじゅをからかって。ほら、着替えたんなら早よ行こ」
笑って駆けていく級友の後ろ姿を見送って樹里は急いでジャージの上を羽織った。もう上着はいらないくらいの陽気だけど、みやこちゃんの言う通り、樹里は凹凸が少ないのでシャツだけで外に出るのは恥ずかしい。だから隠してしまうのだ。

——胸がもう少しあったらなぁ。腰がくびれてたらなぁ。
はぁ、と溜め息をつく。おまけに今日はブルーデーで見学だから、皆のナイスバディについ目がいく。

——せめて、もう少しだけでも胸があれば。

 揉めば大きくなるらしいと聞いて、試しに揉んでみたことがある。でも痛いばっかりでちっとも変わらない。よくよく調べたらガセらしい。リンパケアというのが良いらしいけど、よくわからない。恋人に触って貰うのがいいともあったけど、そんなの無理。絶対無理。だって衡さんに、このがっかりな体型を晒さなくてはいけない。衡さんは樹里のことを大切にしてくれているけど、それは償いの為。過去に千手の前を苦しめたから償いをさせて欲しいと言っていた。だから優しい。いつも大人びていて丁寧に接してくれる。頭を撫で、猫にするように耳を摘んでくすぐる。彼にとって自分は猫。または家にあるヌイグルミのようなもの。触れられる度に、こちらがどれだけ胸を苦しくしてるかなんて知らない。

 でも、たまに会ってくれるだけでいい。その姿を見られるだけで、気配を感じられるだけで幸せ。それは昔も今も変わらない。彼が生きてそこに居る。そう感じるだけで幸せなのだ。

——でも。

でも、もう少し自分のスタイルが良かったら、衡さんは償いとしてではなく、一人の女の子として樹里を扱ってくれたのではないか。そう思ったりする。過去に好きだった人にまた巡り逢えた幸せ。でも過去も今も変わらないのは、それが一方通行の片恋ということ。

 贅沢な悩みだ。過去の自分は付いて行くことも許されなかった。でも今は、今時点では彼はまだ樹里を側に置いてくれている。いつか、本当に好きな人が現れたらわからないけど、今はまだ。

 そこで思い出す。過去、彼には正室が居た。彼は処刑される前にその人と最期の別れをして、後の供養を頼んだという。

——そうか。自分はその人が現れるまでの、たったひと時の愛玩動物なのかもしれない。


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