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本祭 二夜
按摩術
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泥のような眠りから覚めると、すでに日が高かった。
覚醒するにつれ、昨夜の痴態の記憶も蘇ってくる。
大勢の信徒たちに見られながら巨大ななめくじのような妖と交わり、その後また全員に貫かれ、中にたっぷりと精を注がれた……。
思い返すも羞恥で頬が熱くなり、御帳台の中で一人、上掛けの衣をぎゅっと握って身悶えてしまう。
だが、祭はまだ終わっていない。
────これより三夜の間、そなたには夜毎に異なる眷属と交わってもらう。
浪月は、そう言っていた。
今宵もまた淫妖との交歓が待ち受けているのだ。
朝の身支度を済ませたところで、二人の信徒が訪ねてきた。
一枚畳に座り、脇息にもたれる真霧の前に、彼らは平伏した。
「我らは按摩術の心得がございまして、今宵の祭に備え、神子様のお疲れを療治するよう宮司から言いつかり、まかり越しました」
「……それはありがたきこと」
神子の徴の効果か、体の疲労は感じていなかったが、この者達から右大臣について何か聞き出せるかもしれない。
そう考え、彼らの施術を受け入れることにした。
畳の上に敷いた褥にうつ伏せに横たわると、二人はそれぞれ真霧の左右に膝をついた。
「これは血の巡りに効能のある膏薬でございます」
右の男が、持参した蒔絵の箱から大きな蛤の貝殻を取り出した。
貝殻を開くと、中に膏薬が詰められている。
香が練り込んであるのか、ほのかに花のような香りがした。
男達は真霧の衣の袖をまくりあげ、膏薬をつけた手で左右の腕を揉み始めた。
体温で溶けた薬から甘い花の香りが立ち昇る。
絶妙な力加減で腕の肉を揉みほぐされるのが心地よくて、ほうっと息を吐いた。
「いかがですか」
「はい、とてもよい心持ちです」
「お気に召していただけて何よりです。では、お背中にも塗らせていただきます」
後襟を引き下げられ、露わになった背にも男たちの掌が這う。
背骨に沿ってゆっくり撫で下ろされると、ぞわりと肩が震えた。
ただの按摩なのに妙な気分になりそうで、己を誤魔化すように口を開いた。
「この膏薬はとてもよい香りですね。どなたか高貴な方からの奉納の品でしょうか」
「おわかりですか。ええ、大臣様の──」
「おい、その話は……」
左の男が口を滑らせたのを、右の男が慌てて咎める。
だが、真霧は聞き逃さなかった。
(今、確かに大臣と言った!)
思いのほかたやすく核心に近づけたようで、鼓動が早まる。
ここで話を終わらせられては困る。
どうにか続けてもらおうと、右の男を上目遣いにじっと見上げた。
「神子として信徒の方々のことを知っておきたいのです。教えていただけないでしょうか」
「あ……、いや」
男はどぎまぎと口を開閉していたが、やがて話し始めた。
「……神子様でしたらお話ししても差し支えありますまい。以前、奉納の品々を届けに来た牛車の牛飼童が口の軽い者で、大臣様のお使いだと申していたのをその日の門番が聞きまして。とはいえ、はっきりとご身分を明かされたわけではありませんので」
「さようでしたか。高貴な方が篤い信心をお持ちとは素晴らしきこと。ご本人にお目にかかれたら光栄ですが、皆様はお会いしたことはないのですか」
「はい、我らはお見かけしたことはありません。宮司には数度お召しがあり、都まで参上したようですが」
それは朗報だった。
次に浪月が呼ばれた際、神子の立場なら同行できるかもしれない。
真霧は当然、右大臣の顔を知っている。
本人を見ることができれば、何よりの証拠となる。
向こうは真霧のような取るに足らない貴族の顔など仔細には覚えていないだろうし、よもや貴族が神子役を務めているなどと思いもよらないはずだから、こちらは顔を見られても問題はない。
それにしても、相手が大臣とはいえ、あの尊大な浪月が呼び出されて足を運ぶというのがなんだかしっくりこなかった。
誰かに従う姿の想像がつかない。
なんというか、生まれながらの王者のような威圧感があるのだ。
ふと思い立ち、浪月の話に水を向けてみた。
「宮司様はずいぶんとお若いようですね」
「ああ、実は浪月様は三月ばかり前にこちらにいらしたばかりなのです。あのとおり、方術も大変巧みで、一月前の宮司の代替わりの際、満場一致で浪月様が選ばれました」
しかし、ここに来る前はどこにいたのか、誰も知らないのだという。
そうした細かいことを気にするのは魔斗羅の教えに反するため、誰も気にしていないらしい。
魔斗羅教においては、今この時の享楽が全てなのだ。
だが、真霧は気になってしまった。
下々の者にしては、どこか気品がある。
とはいえ、貴族だとしたら、あんなにも目を引く、魅惑的な男がいれば、噂になりそうなものだ。
聞いたことがないということは、都育ちではないのか。
(どこで何をしていた方なのだろう)
ぼんやりと思いを馳せていると、不意に衣の裾が大きくまくり上げられ、左右から尻を揉まれた。
覚醒するにつれ、昨夜の痴態の記憶も蘇ってくる。
大勢の信徒たちに見られながら巨大ななめくじのような妖と交わり、その後また全員に貫かれ、中にたっぷりと精を注がれた……。
思い返すも羞恥で頬が熱くなり、御帳台の中で一人、上掛けの衣をぎゅっと握って身悶えてしまう。
だが、祭はまだ終わっていない。
────これより三夜の間、そなたには夜毎に異なる眷属と交わってもらう。
浪月は、そう言っていた。
今宵もまた淫妖との交歓が待ち受けているのだ。
朝の身支度を済ませたところで、二人の信徒が訪ねてきた。
一枚畳に座り、脇息にもたれる真霧の前に、彼らは平伏した。
「我らは按摩術の心得がございまして、今宵の祭に備え、神子様のお疲れを療治するよう宮司から言いつかり、まかり越しました」
「……それはありがたきこと」
神子の徴の効果か、体の疲労は感じていなかったが、この者達から右大臣について何か聞き出せるかもしれない。
そう考え、彼らの施術を受け入れることにした。
畳の上に敷いた褥にうつ伏せに横たわると、二人はそれぞれ真霧の左右に膝をついた。
「これは血の巡りに効能のある膏薬でございます」
右の男が、持参した蒔絵の箱から大きな蛤の貝殻を取り出した。
貝殻を開くと、中に膏薬が詰められている。
香が練り込んであるのか、ほのかに花のような香りがした。
男達は真霧の衣の袖をまくりあげ、膏薬をつけた手で左右の腕を揉み始めた。
体温で溶けた薬から甘い花の香りが立ち昇る。
絶妙な力加減で腕の肉を揉みほぐされるのが心地よくて、ほうっと息を吐いた。
「いかがですか」
「はい、とてもよい心持ちです」
「お気に召していただけて何よりです。では、お背中にも塗らせていただきます」
後襟を引き下げられ、露わになった背にも男たちの掌が這う。
背骨に沿ってゆっくり撫で下ろされると、ぞわりと肩が震えた。
ただの按摩なのに妙な気分になりそうで、己を誤魔化すように口を開いた。
「この膏薬はとてもよい香りですね。どなたか高貴な方からの奉納の品でしょうか」
「おわかりですか。ええ、大臣様の──」
「おい、その話は……」
左の男が口を滑らせたのを、右の男が慌てて咎める。
だが、真霧は聞き逃さなかった。
(今、確かに大臣と言った!)
思いのほかたやすく核心に近づけたようで、鼓動が早まる。
ここで話を終わらせられては困る。
どうにか続けてもらおうと、右の男を上目遣いにじっと見上げた。
「神子として信徒の方々のことを知っておきたいのです。教えていただけないでしょうか」
「あ……、いや」
男はどぎまぎと口を開閉していたが、やがて話し始めた。
「……神子様でしたらお話ししても差し支えありますまい。以前、奉納の品々を届けに来た牛車の牛飼童が口の軽い者で、大臣様のお使いだと申していたのをその日の門番が聞きまして。とはいえ、はっきりとご身分を明かされたわけではありませんので」
「さようでしたか。高貴な方が篤い信心をお持ちとは素晴らしきこと。ご本人にお目にかかれたら光栄ですが、皆様はお会いしたことはないのですか」
「はい、我らはお見かけしたことはありません。宮司には数度お召しがあり、都まで参上したようですが」
それは朗報だった。
次に浪月が呼ばれた際、神子の立場なら同行できるかもしれない。
真霧は当然、右大臣の顔を知っている。
本人を見ることができれば、何よりの証拠となる。
向こうは真霧のような取るに足らない貴族の顔など仔細には覚えていないだろうし、よもや貴族が神子役を務めているなどと思いもよらないはずだから、こちらは顔を見られても問題はない。
それにしても、相手が大臣とはいえ、あの尊大な浪月が呼び出されて足を運ぶというのがなんだかしっくりこなかった。
誰かに従う姿の想像がつかない。
なんというか、生まれながらの王者のような威圧感があるのだ。
ふと思い立ち、浪月の話に水を向けてみた。
「宮司様はずいぶんとお若いようですね」
「ああ、実は浪月様は三月ばかり前にこちらにいらしたばかりなのです。あのとおり、方術も大変巧みで、一月前の宮司の代替わりの際、満場一致で浪月様が選ばれました」
しかし、ここに来る前はどこにいたのか、誰も知らないのだという。
そうした細かいことを気にするのは魔斗羅の教えに反するため、誰も気にしていないらしい。
魔斗羅教においては、今この時の享楽が全てなのだ。
だが、真霧は気になってしまった。
下々の者にしては、どこか気品がある。
とはいえ、貴族だとしたら、あんなにも目を引く、魅惑的な男がいれば、噂になりそうなものだ。
聞いたことがないということは、都育ちではないのか。
(どこで何をしていた方なのだろう)
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