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第三話「引っ越し祝い」

3-5 彩芽side

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 扉を開けずそっと押さえて扉越しに返事を返す。

「なんですか……」
「いや、何か困ってること無いかなって思ってさ」
「大丈夫です……」
「入っていいかな?」

「それはちょっと――」
「入るね」

 扉はお兄さんに押されて開いてしまい、私はその勢いに押されて扉の前で倒れた。

「あ、大丈夫?」

 ニヤニヤしながら差し出される手が私の方へと迫ってくる。

「いや……」
「ほら」

 お兄さんの服から生乾きのような嫌な臭いがした。ボサボサの髪の毛とだらしないパジャマ姿に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

「いや……」
「起こしてあげるよ」

 じわじわと迫ってくるその姿と腕が怖かった。

「いや……いや……」

 差し出される手は私の手を掴まずに体に触れて――

「いやっ!」

 バサッと起き上がると部屋の中は豆電球だけが薄暗く部屋の中を照らしていた。

「はぁ……はぁ……」

 最悪だ……。
 久しぶりに見た夢があれだなんて……体中を触られた感覚が服をすり抜けて肌の下に感じる。

 嫌な汗が滲み出ている気がしておでこを手の甲で拭いてみた。
 うわ、汗ひどいな……。

「はぁ……今何時だろ……」

 スマホを手に取って確認すると朝の五時……。
 銀治からの連絡はなし、か……。

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 せっかく思い出さないようにしてたのにな……。

 体に染みついた他人の手の感覚が気持ち悪い。彩香に触られるのは大丈夫なんだけど、やっぱり未だに男の人はダメだったか……。
 でも、銀治の時は……。顔面ダイブにお姫様抱っこ、持ち上げられても状況が特殊過ぎたのか震えなかった。

『銀治ってさ、お父さんに似てるよねー』

 寝る前の彩香の言葉が頭を横切っていく。何故か顔が熱くなる。

「いやいや……まさか……」

 確かにお姫様抱っことか初めてだったし、嬉しいと言えば嬉しかった……のかもしれない。

「……」

 最初の出会い方は最低だったけど、昨日は助けてくれた。
 足払いして金髪を倒して、なんだかアニメのヒーローみたいでカッコ良かった。
 跪いて騎士みたいに振る舞ってきたのはさすがに引いたけど……。

『一生守らせてください』
「うっ……」

 不意に初日に言われたセリフを思い出して余計に頬が熱くなる。

 なに恥ずかしいセリフあんな堂々と言ってくれてんだ……。くそ……寝起きからなんであんな変態紳士のことなんか考えてるんだ私は……。

『惚れた?』
「にゃぁあああああああああああ‼」

 あり得ないあり得ない! 確かにちょっとカッコいいかもしれないけど、そんな事断じてあり得ない!

「ん? 彩芽どしたー?」
「なっ、なんでもないっ!」
「……うん?」
「おやすみっ!」
「う、うん……おやすみ……すー……すー……」

「……」

 おやすみ、とは言ったものの顔が火照ったまま眠れるわけもなく気が付けば朝八時……。

 外の空気でも吸いに行こう。

 彩香を起こさないように忍び足で部屋の戸をゆっくりとスライドさせて脱出。居間からベランダの窓を開ける。
 置かれたスリッパを履いてこじんまりとした狭いベランダで朝の深呼吸。

「ふぅ……」

 寒くもないのに体が震えてる。
 やっぱりまだダメだな……夢見てから震えが止まらないや……。

「はぁ……」

 ベランダから見える向かいの一軒家の庭では飼われているパグが楽しそうにお庭で駆け回っている。パグってブサイクなのになんで可愛く見えるんだろう。

「楽しそうだなぁ……ペットかぁ……」

 一緒に遊びたいという気持ちを胸の中にしまって空を見上げる。
 今日は曇り……久しぶりに匂いチェックしてみようかな。

「すんすん……」

 砂糖を溶かしたような甘い匂い。でも、どのお菓子にも似てない甘ったるい匂いがするから今日はこのまま雨が降ると予想っ。

 曇った日に甘い匂いがすると大体その日か次の日には雨が降る。彩香は分からないらしいけど、この匂いって人によって違うのかな。

 ベランダと居間の段差に腰掛けて頬杖をつきながら空を見上げる。
 あ、スマホ持って来れば良かった。

『――惚れた?』
「……っ⁉」

 彩香の声がまた頭の中で繰り返される。また頬が熱くなる。今度は胸までバクバクしだした。

「いや……会って二回目のやつに恋とかありえないでしょ……」

『――一生守らせてください』

「うぅ……なんなんだあいつは……」

 思い返してみても頭がおかしいのは間違いない。子ども扱いしてくるし、罵っても許すとか言うし、可愛いとか綺麗とか言ってくるし……。

 俯いたまま頭を抱えて思い出しても――

「なぁああああっ! 男の人がダメな私がそんな事ありえないぃぃい……!」

 頭を抱えてむしゃくしゃした感情を抑え込もうとする。

「ムフフ……」
「なっ⁉」

 聞き覚えのある声に振り向くと寝ぐせのひどい彩香が後ろに立っていた。

「ムッフッフ……」
「うっ……」

 短パンに白Tシャツ、水色のパーカーを羽織った彩香。

 腕を組んでしてやったり顔をしてるけど、そんな態度よりも羽織ったパーカーに収まり切っていない乳がむかつく……。いや、そんなことより――

「い、いつからそこに……」
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