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第三話「引っ越し祝い」

3-7 彩芽side

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 怖いな……だけどなんか知ってる匂いがする……うーん、雨の匂いに混ざって分からないや。

「ああ、すみません、隣に引っ越して来た者で……」

 見上げた顔に見覚えがあった。けど、あいつ眼鏡なんてかけてたっけ……。

「芥川銀治って言いま……」
「「あ……」」

 銀治だ。
 見下ろしてきた銀治と目が合った途端、なぜか頬が熱くなる。

「な、な……!」
「ああ、どうも……」

 あわあわと驚いている私と違って銀治は冷静に振る舞っていた。
 目線を逸らして他人行儀な挨拶をしてくる銀治。大学で会った時とどこか雰囲気が違っていた。悲しそうな、寂しそうな表情――

 私は昨日との温度差に訳が分からずにテンパった。

「ちょっ、急に現れてストーカー⁉ ストーカーだったの⁉」
「いや、だから、隣に引っ越して来たんで挨拶を……」
「へ……?」
「……彩芽ー、どしたー?」

 背後から声がする。ややこしいのが来る……。

「あっれー、銀治じゃん、どしたのー?」
「どうも」

 身長の高い奴に玄関で挟まれた……。これがあれか、かの有名な「人類は巨人に勝てなかった」という奴なのか。そりゃ勝てないよ、そもそも体格が違うじゃん……って私は何考えてんた。

「これ、渡しに来ただけなんで」
「は……はい」

 顔も声も暗いけど、凄い丁寧に包装紙に包まれたお土産を渡された。

「あんた、大学とテンションの差おかしいでしょ……」
「まぁ、その色々ありまして……」
「ふーん」

 なんだろう。普段大人しいのかな。
 でも、やけに含みを持たせた喋り方で調子が狂うなぁ……。

「それなにー?」
「ッ⁉」

 急に肩に感触を感じてビクッとなった。

「ちょ、急に驚かさないでよ」
「ごめんごめんー」

 私の肩に頭を乗せてくる彩香の胸がここぞとばかりに主張してくる。

「んじゃ」
「いや、ちょっと待ちなさいよ!」
「なに?」
「なにって……」

 そのまま帰ろうとする銀治をなぜか呼び止めてしまった……。

「ん?」

 澄ました顔で見下ろしてくる銀治に対して眉間に皺が寄る。
 なんかよく分からないけどムカつく!

「あんた昨日とぜんぜん態度違うし調子狂うっての! メール返してこないしこっちがどれだけ悩んだと思ってんの⁉ 急に現れて隣に住んでましたとか言われても焦るんだけど! でもお土産はありがとございます!」

 はぁ……はぁ……。

「あ、ああ……」
「ムフフ……」

 ムカッ!

「顔をくっつけたまま笑うなっ!」

 くっそ……なんなんだこの板挟みは……。

「んじゃ、俺から一つだけいいですか?」
「なにっ⁉」

 ムッとしたまま銀治を睨みつける。
 銀治は一瞬だけこっちを見るもまた視線を逸らした。何なんだ一体!

「その、玄関から出る時は服装ちゃんとした方がいいですよ……危ない奴も居るんで……」
「ふぇ?」

 嫌な予感がしてちょっと噛んだ……。

「……」

 目線を下に落としていく。
 パジャマのボタンが上から一つ、二つ、三つ目まで外れて――

「キャッ……」

 思わず貰ったお土産で前を隠したけれど時既に遅し……。

 でも、多分、その、なんだ……はだけてた訳じゃないし、直接見られた訳でもないし、た、多分大丈夫……大丈夫……。
 にゃぁあああ……! 顔が沸騰するとはこのことかぁ……っ!
 あぁ……最悪、最悪だよぉ……顔が火照って熱いよ……。

「じゃ、そういうことで……」
「まったねー」
「……」

 彩香だけが返事をして扉はガチャンと閉じられた。

 俯いたまま力を抜いて両腕を垂らす。
 見られた……多分、ちょっとだけ見られた……。

「銀治、変だったねー……ってあれ、彩芽の顔真っ赤だよ? どした?」

 ムッカーッ!

「彩香さ……」
「なにー?」

 お土産を一旦床に置く。振り向いて彩芽の両頬掴む、つねる、引っ張る。

「いたっ……いたいよ彩芽――」
「なんで言ってくれなかったの⁉」
「い、いた……あはへー……そんらにつへったら言えないほぉ……」
「なんて言ってんのか分かんないもん!」
「はらひてー……」
「仕方ないなぁ……」

 引っ張っていた頬から手をどけると、彩香が頬の無事を確認していた。

「あいたたた……」
「なんでボタンしまってないの言ってくれたなかったの⁉」
「そりゃ、だって……」

 つねった頬を擦りながら涙目になる彩香。

「そこに座りなさい」
「はぁい♪」

 なぜ嬉しそうに女の子座りするのかは置いといて……。

「なんで言ってくれなかったのか言いなさいよ」
「そりゃだってムフフ……」
「ハッキリ言いなさいよ……」
「言っていいの?」

 なぜかきょとんとする彩香を見下しながら一瞬不安がよぎった。

「う、うん……」
「だってその方がエンロいか――ぐふっ……」

 思い切り頭突きを食らわせた結果、彩香は床に沈んでいった。

「散りくたばれゲス野郎……」
「いたぁ……」

 お土産を手に持って呻く彩香を無視して居間に向かう。

「やだ、置いてかないでっ」
「ちょ……足掴むなって……うぁっ――」

 綺麗に伸び切った状態で廊下に顔を打ち付けた……痛い……。

「…………くそがぁ……」
「あ、彩芽……?」
「生きて帰れると思うなよ……」
「え、どゆこと――」
「うがぁああ!」

 羞恥心と怒りを姉に全部ぶつける。

「ちょ、やめ……痛っ……いたっ……アハッ……ウフフ……脇、脇だめっ……やめてっ……アハハ……アハッ……アハハハッ」
「こんのぉ!」
「ちょ、ダメダメ……お腹痛い……お腹痛いってー!」
「ゆるさんんんん!」
「アハハハハハ……アハ、アハハハハハ……わ、笑い死ぬっ……やめっ――」


 ――頭突きの痛みと脇腹こしょばしで同時に責められる彩香であった。
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