理葬境

忍原富臣

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第五話「冥浄陸雲」

~義弟の想い~

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「待たせたな」

 立派にそびえ立つ白く塗られた城門の前には、既に翠雲すいうん火詠ひえいが馬を連れて待機していた。二人の横に準備された三頭の馬が静かに足踏みを繰り返す。

「遅かったですね」

 翠雲が剛昌ごうしょうへと問いかける。

「まぁ……色々とな」

 目線を逸らした剛昌を不思議に見つめる翠雲だったが、火詠がその場を仕切り直すように提言する。

「早く出発しましょう」
「ええ、そうですね」
「ああ」

 馬に乗って城門を出ていく三人。閉ざされた城門を門番が開け、堀の上に架けられた橋を馬で駆けていく。剛昌が先頭を走り、翠雲と火詠がその後に続く。二人の門番はその姿に感服し、三人が視界から消えるまで眺めていた。

「大臣が三人……それも翠雲様に剛昌様、火詠様が並ぶとそれだけで絵になるなぁ」
「だなぁ……あんなにも凛々しくて勇ましい並びが見れただけで、今日はもう満足だ」
「俺もだ」
「さ、門を閉めるぞー」
「おう」

 内側と外側から大きな門がゆっくりとその口を閉じていく。
 城下町を駆け抜ける三人。大通りの幅は凱旋することも兼ねていた為、馬が並走しても余裕を持って走ることが出来た。
 剛昌が行き交う人々に大声をあげて左右へと散らしていく。火詠は横に並ぶ翠雲に話しかけた。

「それにしても、なぜ寺を王城から一番遠ざけた位置に作ったのでしょうね」

 翠雲は前を見ながら火詠に返答した。

「さあ、建国などには立ち会いましたが、春桜(しゅんおう)様に直接聞いたことはありませんね。剛昌は知っていますか?」
「いや、俺も理由までは聞いたことがないな――おい、そこの者達、道を開けろ!」
「はっ、はいー!」

 海宝たちの居る寺は城下町の南東に位置していた。王城と寺を同じ敷地に作らなかった意図は春桜と海宝しか知らない。だが、翠雲にはある程度の予想はついていた。

 春桜は国王であり海宝は大僧正という立場。昔から二人が同時に揃うことは避けている節が見受けられた。多分だが、攻め込まれた時、一ヵ所に勢力を集中させたくなかったのだろう。つまり、権力の分散……というのが最も有力な考えだと思案していた。

 翠雲は自分の考えを述べる事はないまま、火詠へと話しかける。

「海宝殿に一度聞いてみてはどうですか?」
「そうですね。王城の方が安全ですし――ゴホッ……食料の運搬も効率が良くなりますからね。翠雲殿は気にならないのですか?」
「私はあまり気にしていませんよ」

 前を見ながら微笑む翠雲の横顔を見つめる火詠。ほんの少しだけ間が生じた後、火詠は呟くように翠雲に話しかけた。

「そうですか。翠雲殿が気にしないのなら、また今度の機会にしま――ゴホッゴホッ……」
「大丈夫ですか?」
「ええ……」

 顔色の悪い火詠を申し訳なさそうに見つめる翠雲。

「おい、そろそろだぞ」

 剛昌の声に二人は前を向く。王城と同じく、周囲は堀で囲まれ、一つだけ寺へと続く橋が架けられている。
 カコンカコンと馬のひづめが木の板を叩く。橋の向こうには立派な城門が扉を閉ざした状態で佇んでいた。門の前には二人の僧侶が立ち並んでいた。

 僧侶の前で立ち止まる剛昌達。落ち着いた様子で一人の僧侶が剛昌に声を掛ける。

「これは剛昌様に翠雲様、それに火詠様までおいでとは何事ですか?」
「少し海宝殿に用があってな。開けてもらえるか?」
「はい。かしこまりました」

 僧侶二人が門を数回叩くと、内側からガコンという音が響いた。今度は内柄から扉を叩く音が聞こえると、二人の僧侶は門をゆっくりと押して開けていく。

「どうぞ」

 外側と内側に居た計四人の僧侶が左右に分かれて一斉に頭を下げる。

「ありがとう」
「ありがとうございます」

 三人は中へと入り、馬を端の方に止めるとすぐに本堂へと向かった。
 剛昌が先陣を切って本堂の戸を開く。

海宝かいほう殿は居られるか」

 本堂の奥で座していた海宝が後ろを振り向く。その隣でもう一人、剛昌達の方を振り向く僧侶の姿があった。

「おお、剛昌さんに翠雲さん。それに火詠さんまで。お待ちしていましたよ」

 にっこりと笑いかける海宝に三人が近寄っていく。海宝の隣に居たのは翠雲の義弟の陸奏りくそうだった。いつもと違う落ち着き払った陸奏に翠雲は嫌な予感がした。
 三人が海宝の前で座り、剛昌が海宝に問いかける。

「待っていた、ということは泯はこちらに来られたのですか?」
「ええ、先程こちらに。手紙を受け取り、少しだけお話は伺いました。今は宿舎の方で休んでおります」

 海宝が剛昌へと優しく微笑みかける。

「そうでしたか……かたじけない……」

 剛昌が安堵の表情を浮かべながら海宝に謝辞を述べた。

「それで……ここまでの経緯を詳しく教えて頂けますか?」

 海宝は三人の顔を見比べながら、顔色の悪い火詠に焦点を当てた。
 剛昌が懐から手記を取り出す。

「では早速だが――」
「待ってください」

 翠雲が珍しく慌てた様子で声を上げる。その場にいる全員が翠雲をへと目を向けた。

「陸奏がこの場に居る必要はありません。四人で話せばいいでしょう」
「翠兄さん……」

 陸奏の声は翠雲にとって嫌なものを含んでいた。
 翠雲が静かな怒りをその身に秘めつつ、海宝へと尋ねる。

「まさか陸奏も聞いたのですか」
「ええ、入口で倒れていた泯さんをここまで連れて来てくれたのが陸奏でしたからね。それに、陸奏はいずれ私の跡を継いでもらう存在ですから、重要な事については一緒に聞いてもらっています」

 海宝の言葉に苛立つ翠雲は、陸奏へと近付き肩に手を乗せた。

「これ以上、この件に関わるのは兄として許せない……」

 剛昌と火詠はその様子を黙って見守っていた。海宝もまた、翠雲へと掛ける言葉を決めあぐねていた。

「翠兄さん、これは弟としてではなく、僧侶の一人として――」
「お前が何をしようと基本的には容認してきたが、これだけは許さない……」

 翠雲は陸奏の言葉を遮り高圧的な態度を見せた。周りの三人はあまり見慣れない翠雲の威圧的な雰囲気に驚いた表情を見せた。

「翠兄さん! 海宝様だけでは荷が重いかもしれないのです!」
「なら、お前以外の僧侶が動けばいい。お前がこの一件に関わることだけは許可できない」

 陸奏の目の前に居たのは兄としてだけではなく、戦場を戦い抜いた者としての、兵隊長としての翠雲。
 まとう雰囲気は剛昌とはまた似て非なるものだった――


 戦場で剛昌を見た時の敵兵は、まるで怪物を見るような「恐怖」を抱いていた。翠雲を見た時、敵兵が抱いたのは剛昌と同じ「恐怖」ではあったが、その真意は違ったものだった。敵兵が翠雲を見た時に抱く感情、それは「虚無感」という「恐怖」だった。
 これ以上、自分たちが何をしようとかなうはずがないという絶望。戦場でも冷静に微笑みながら戦う翠雲に敵兵は「恐怖」していた。今までの敵に呼ばれた翠雲の異名は「白い死神」――

 そして今、かつて白い死神と呼ばれた男が眉間にしわを寄せて義弟である陸奏を睨みつけている。

「翠兄さんが嫌だと言ってもこれだけは曲げられません!」

 真剣な眼差しで見つめる陸奏に、翠雲は冷たく低い声で問いかける。

「何故?」
「苦しむ人を救うためです!」
「お前がやらなくてもいいだろう」

 斬りつけるような翠雲の言葉にも陸奏は面と向かって言い返していく。

「翠兄さんが私の身を案じてくれているのは重々承知です! ですが――」
「それとこれとは今は関係ない」
「関係あります!」
「関係ない。お前はこの件に関わるなと言っているんだ」

 上から睨む翠雲が冷酷に呟く。

「翠兄さんは本当は優しいのに、そのような姿は似合いません!」
「何……?」
「ま、まあ、二人とも落ち着いて――」

 二人のやり取りに見かねた火詠が声をかけるが、陸奏がその声をかき消す。

「翠兄さんは私を危ない目に合わせたくないからそうやって言っているんです!」
「違うと言っているだろう」

 ぐっと陸奏へと顔を寄せる翠雲。負けじと陸奏は言葉を返す。

「守られるだけの時間は終わりました! これからは人の為に尽くします!」
「駄目だ」
「駄目じゃありません!」
「陸奏! これは遊びじゃ――」

 勢いよく立ち上がった陸奏に不意を突かれた翠雲は言葉を止めた。そして、陸奏は目に涙を浮かべて翠雲の両肩をぎゅっと掴むと自身の想いを伝えた。

「もし、私が何もせずに翠兄さんが死んでしまえば……私は何も出来なかった事を一生後悔して嘆くしかないではありませんか」
「それは……」
「村人が、泯さんが、火詠さんが、皆が苦しんでいる時に、ただじっと待つことなど、私には出来ません」
「しかし……」

 純粋な陸奏の言葉に翠雲は堪らず視線を逸らした。
 陸奏はそのまま俯いて小さく呟く。

「守ってくれた人達を守れないなら……私は何の為に生きればいいんですか……」
「……」

 陸奏の言葉を聞いた翠雲が目を閉じ、本堂の中は静まり返った。
 二人の決着がついた所で、剛昌は黙ったままの翠雲に声を掛けた。

「翠雲、弟の覚悟は理解できたであろう。もう良いか?」
「……」

 目を少しだけ開けて陸奏の顔を見つめる翠雲。

「翠兄さん?」
「……ええ、分かりました」

 翠雲は溜め息を漏らした後、陸奏の頭をいつものように撫でた。そして、丁寧に陸奏の手をどけると元の場所へと座り直した。
 陸奏は撫でられた部分を押さえながら、ムッとした表情で翠雲を見つめている。
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