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しおりを挟む「 ────婚約許可の書面が整いましたよ」
そう眼鏡の奥の瞳に意地悪そうな光を灯されて言われると、まだ何か難癖をつけられるような気がして思わず身構えてしまうのは、幼い頃からの習い性のせいだ。
エルはちょっと警戒した俺を笑うように表情を変えると、「お二人で執務室にいらしてください」と宰相らしくかしこまった風に告げて来た。
「……二人で か」
思わず顔を顰めたのを目ざといエルは見逃さなかったらしく、さっと辺りに目を遣ってから人差し指だけでちょいちょいと俺を手招く。
兄と二人でタッグを組まれると厄介この上ないエルだったが、一人でも十分厄介なせいかその招きに応じるのには勇気が必要だった。
「どうかなさいましたか?殿下」
わざとらしく語尾に付ける癖に敬う気配が一切ない。
「はるひに 近頃、避けられているような……気がする」
「気がする?」
「避けられている」
幾らオブラートで包んでも無駄だと思い、思い切ってはっきり言葉にしてみると思いの外その言葉が重く圧しかかり、背中から胸を踏み抜かれたかのような気持ちの悪い重苦しさに胸を押さえた。
「何故?」
「なぜ は、俺が聞きたい」
お互いの思いがわかり結ばれて、話に聞くには今が一番気恥ずかしくとも楽しい時期ではないのだろうか?
困惑の表情を崩すことができないでいる俺をエルは自分の執務室へと招待してくれて、落ち着けるようにと果物を入れた紅茶を差し出してくれた。
鼈甲色の液体の中にころころと深い紺色の実が転がるのを眺めながら、最近のはるひの余所余所しさと困ったような?怯えるような?そんな顔をしてこちらを見てくることを、途切れ途切れに言葉を探しながら説明をする。
「やはり衛兵案件ですか?」
「な っ」
「はるひも同意した と、勘違いしたのでは?」
「は は⁉いやっ!そんなことはない!」
思わずソファーから飛び上がったせいで、鼈甲色の液体が零れて大理石を使ったテーブルの上に水たまりを作った。
「はるひからは確かに発情の匂いがしたし!強要しなくとも受け入れてくれた!」
人の型を取っているとは言え、俺達は未だ多くの本能に支配されている。
性交時の主導権の件もその一つで、基本的に性行為は受け入れる側が圧倒的な主導権を持っていて、どんなに盛り上がろうとも相手の機嫌次第では張り手一発でご破算になってしまう。
つまり、はるひには拒否権があったのだから……
「なんですか、その童貞臭い言い訳は」
面倒そうに首を傾げると、鳥獣人独特の玉虫色の髪がサラサラと首元から零れ落ちる。
「肝心の意思確認はどうだったんですか?」
「意思、確認……」
ぐっと飲み込んだ唾が喉に絡まって詰まるような嫌な感触がしたので、慌てて半分になってしまった紅茶を喉に押し込む。
嫌な思いを拭いたくて、汗を拭うように額を手の甲で押さえてみると、いつの間にかぐっしょりと冷や汗に濡れているのに気が付いた。
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