24 / 25
余韻
しおりを挟む
アイススケートの日から数日経った中、非日常を過ごした余韻は残っている。
非日常というのはもちろん天啓の事ではない。
まぁ、一応そっちも非日常ではあるけど。
日課に筋トレが追加された僕が何をしているのかと言うと、鏡の前に立ち、映った自分をじっと見ている。
ゆるりとした柔らかい生地のベージュの長袖。
うん、良いじゃん。
古着屋で購入した黒系のジーンズ。
雑誌には、タイトな物が流行りだと書いてあったけど、試着してみると僕には似合わなかったので、ジーンズもピチッとしない大きさを選んだ。
これも良い。
肌寒いのは嫌だから、軽く羽織れるウインドパーカーも用意した。何色にも合わせやすい明るめのグレーだ。
素晴らしい。本当に僕か? モデルさんじゃないよね?
服だけはね。
ま、上出来でしょ。
前までの僕なら、友達との飲み会にお洒落を気にする事なんて無かった。
上下ジャージでも余裕で行けた。でも今は違う。
普段の服装が巡り巡って朋美ちゃんの目に入るかもしれない。そう思った時、いつでも最低限のお洒落くらいはしておこう、という気持ちが芽生えたのだ。
今日は涼太含め、気の許せる大学の同級生三人との飲み会だ。卒業論文を提出した途端に鬼のようにバイトに明け暮れていた【小野(浩司)】から『卒業論文に苦戦していた【ショーダイ(前田将大)】が漸く提出を終えたので、久しぶりに四人で集まろう』と連絡が来たのだ。
墨田区のチェーン居酒屋に現地集合、小野が明日もバイトらしく、少し早めの午後六時半開始と言っていた。
徒歩と電車で小一時間あれば着く場所だが、僕は例によって早めに到着したい気質ゆえ。
「そろそろ向かうか」
十分ほどの距離にあるいつもの駅に着くも、何やらいつにも増して人が混んでいる。
周りの声に耳を傾けると、どうやら別の駅で人身事故があったようだ。
若い女性らしい。
どうしてそんな事を。率直な疑問が浮かぶ。
全てを投げ出したくなるほど追い込まれて、救いを探しても見つけられなくて、歩む先に光を見出せなくて、遂にこの世の全てが嫌になって。そして自ら……。
理屈は分かる。僕には想像も出来ない辛いことがあったのだろう事も分かる。でも、どうして。
鬱という病気の可能性もあるし、どんなに強そうに見える人でも、その中身は実はそれほど強くない事も分かる。
それでも、生きていれば楽しみを見つけるチャンスだってある筈なのに。
これほど娯楽に溢れた世の中なのだから、例え友人や家族に恵まれなかったとしても、趣味やネットで繋がれる可能性だってあるのに。
こんな言葉を伝えたとしても、当人達には『あなたには分からない』と一蹴されて終わるのだろう。
複雑な気持ちになる。
――ポンッ。
▶中西がいつも使ってる電車、人身事故あったらしいけど大丈夫か?
小野からだ。情報が早い。
◀ね。もう家は出たところだったから、別の駅に行けば間に合うと思う。
◀顎ブリンの『マル!』スタンプ。
▶家出るの早くね? りょ。
一旦嫌な気持ちを振り払い、移動する事にした。
小野まで嫌な気持ちにさせたくないので、既に駅に居た事は伏せておこう。
バス停に着くと、やはり混んでいたが、丁度のタイミングでバスが来たので乗り込み、発車を待つ。
手摺に掴まり立ち乗りしていると、ふと斜め前に『あなたの優しさが命を救います。ドナー登録にご協力下さい』という小さな広告が目に入った。
思わず、ため息が出る。
余裕を持って家を出たおかげで集合時間に間に合うのは幸いだったが、早くに家を出た所為で、僕の心には嫌な余韻が残っていた。
非日常というのはもちろん天啓の事ではない。
まぁ、一応そっちも非日常ではあるけど。
日課に筋トレが追加された僕が何をしているのかと言うと、鏡の前に立ち、映った自分をじっと見ている。
ゆるりとした柔らかい生地のベージュの長袖。
うん、良いじゃん。
古着屋で購入した黒系のジーンズ。
雑誌には、タイトな物が流行りだと書いてあったけど、試着してみると僕には似合わなかったので、ジーンズもピチッとしない大きさを選んだ。
これも良い。
肌寒いのは嫌だから、軽く羽織れるウインドパーカーも用意した。何色にも合わせやすい明るめのグレーだ。
素晴らしい。本当に僕か? モデルさんじゃないよね?
服だけはね。
ま、上出来でしょ。
前までの僕なら、友達との飲み会にお洒落を気にする事なんて無かった。
上下ジャージでも余裕で行けた。でも今は違う。
普段の服装が巡り巡って朋美ちゃんの目に入るかもしれない。そう思った時、いつでも最低限のお洒落くらいはしておこう、という気持ちが芽生えたのだ。
今日は涼太含め、気の許せる大学の同級生三人との飲み会だ。卒業論文を提出した途端に鬼のようにバイトに明け暮れていた【小野(浩司)】から『卒業論文に苦戦していた【ショーダイ(前田将大)】が漸く提出を終えたので、久しぶりに四人で集まろう』と連絡が来たのだ。
墨田区のチェーン居酒屋に現地集合、小野が明日もバイトらしく、少し早めの午後六時半開始と言っていた。
徒歩と電車で小一時間あれば着く場所だが、僕は例によって早めに到着したい気質ゆえ。
「そろそろ向かうか」
十分ほどの距離にあるいつもの駅に着くも、何やらいつにも増して人が混んでいる。
周りの声に耳を傾けると、どうやら別の駅で人身事故があったようだ。
若い女性らしい。
どうしてそんな事を。率直な疑問が浮かぶ。
全てを投げ出したくなるほど追い込まれて、救いを探しても見つけられなくて、歩む先に光を見出せなくて、遂にこの世の全てが嫌になって。そして自ら……。
理屈は分かる。僕には想像も出来ない辛いことがあったのだろう事も分かる。でも、どうして。
鬱という病気の可能性もあるし、どんなに強そうに見える人でも、その中身は実はそれほど強くない事も分かる。
それでも、生きていれば楽しみを見つけるチャンスだってある筈なのに。
これほど娯楽に溢れた世の中なのだから、例え友人や家族に恵まれなかったとしても、趣味やネットで繋がれる可能性だってあるのに。
こんな言葉を伝えたとしても、当人達には『あなたには分からない』と一蹴されて終わるのだろう。
複雑な気持ちになる。
――ポンッ。
▶中西がいつも使ってる電車、人身事故あったらしいけど大丈夫か?
小野からだ。情報が早い。
◀ね。もう家は出たところだったから、別の駅に行けば間に合うと思う。
◀顎ブリンの『マル!』スタンプ。
▶家出るの早くね? りょ。
一旦嫌な気持ちを振り払い、移動する事にした。
小野まで嫌な気持ちにさせたくないので、既に駅に居た事は伏せておこう。
バス停に着くと、やはり混んでいたが、丁度のタイミングでバスが来たので乗り込み、発車を待つ。
手摺に掴まり立ち乗りしていると、ふと斜め前に『あなたの優しさが命を救います。ドナー登録にご協力下さい』という小さな広告が目に入った。
思わず、ため息が出る。
余裕を持って家を出たおかげで集合時間に間に合うのは幸いだったが、早くに家を出た所為で、僕の心には嫌な余韻が残っていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる