超短編集

柳井 椿

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お願いがあるの

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お願いがあるの。
今日だけでいいから、今日だけ。だから明日には忘れてくれていいの。
ううん一日もいらない、半日もいらない、3時間でも難しいっていうなら1時間でいいの。
私の目を見て、愛してるって言って。私も言うから。あなたの目を見て愛してるって言うから。
お願い、私を助けて。

私が足りないのは人の愛情。
私が求めているのはたった一言「愛してる」って言葉だけ。
音ではだめなの、言葉でなきゃ。
だからあなたのその喉を通した空気が必要なの。
あなたの肺を通った音じゃなきゃ言葉にならないの。

あなたが私のことを信頼しきって愛していることなんて誰だってわかってる。
そういうことじゃないの。人がどう思うかなんて心底どうでもいい。
私のことをあなたが愛してないってみんなが思っているほうがどんなに気楽かわからない。
私だけがあなたの愛がわからないの。
昨日も抱きしめられて、一昨日もキスをした。
明日もあなたはきっと私を愛して明後日には結婚するかもしれない。
それでも私には言葉が必要なの。証明されるような刻印がほしいの。

私の言葉をあなたは信頼している?私の信者になれている?


夜半の雨が急に止むと、あたりは包まれるようにほのかに暖かさをはらんだ。

隣で寝息を立てるこの人が私は愛しい。そして間違いなく愛されている。
だってほら、私の手を汗ばんだ手になりながらも離さないんだもの。必死につかんでいる。
夢に出てきたあの女の子は誰だったのかしら?

キッチンのおたまが落ちる。
でも、気にすることはないの。だって起きたらまたかければいいのだから。
自然に落ちたことも気にすることはない。よくあることだから。

あの人の魂が私を浸食するために来たことなんて、そんなこときっとないから。
左耳のピアスが落ちたことも、左目が充血していることも偶然。
この人とデートをして帰ってくる満員電車の中であの人の香りをふと感じたこともきっと偶然。

愛しているって伝えてきたラインが削除されているように感じたことも偶然。
あの人が私を見つめることは今はまだないのだから。


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