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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

07-9.

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「いいえ」

 お堂から手が伸びる。

 異様なまでに膨れ上がった灰色の腕。それは弥生の手ではない。

「貴方様も共にいるのです」

 幼子を宥めるような優しい声が響き渡る。

 それに対し、旭はなにも応えない。

(旭様がお怒りだ)

 それは弥生に向ける怒りなのか。

 友に裏切られたと思っているのか。

 旭がなにを考えているのか。春博にはわからない。

(旭様は誰に対しても優しい方ではない)

 姿を見せるように声を掛けたのは、長い年月をこの地で過ごした者としてのせめての情けだったのだろう。

「あぁ、まったく、哀れで仕方がない」

 銀色に輝く扇を開く。

「執着で我を失ったか」

 そして、自身の口元を隠す為に開き、目を細めて笑った。

「交渉は決裂した。これより神隠しを封じる儀式を執り行う」

 旭の声だけが響いた。

 それと同時にお堂を取り囲んでいた狐火は一斉に攻撃を始めた。

「弥生には生贄になってもらおう」

 お堂には青白い火が移り燃え始めたと思えば、中から物を壊すような音が響く。

 狐火を払うかのようにお堂の扉や壁が音を立てて揺れ始める。

 まるで建物が生きているようだった。

(物凄い妖気だ)

 漏れていた妖気とは比べようにもない。

 顔を顰めながらも刀を構える。

「僕から離れるな。小娘。巻き込まれるぞ」

 お堂から漏れる暴風に身体を押され後ろに下がった。

 扉から現れた灰色の腕は暴れる。周囲にある木を薙ぎ倒し、対峙する旭たちを圧し潰そうとするかのよう何度も奇声を上げながら暴れ続ける。
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