後宮妃は木犀の下で眠りたい

佐倉海斗

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第三話 賢妃の才能は底知れない

02-2.

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 ぎし、ぎしっとなにかを踏みながら距離を縮めてくる。
 怨霊の這った後には血が塗りたくられていた。

「やめて! 来ないで!」

 雹華は声をあげる。

「誰か! 誰か! 誰かいないの!」

 雹華の助けを求める声だけが宮に響いていた。

 地面を擦るように動いていた怨霊は、雹華の前でゆっくりと立ち上がり、怨霊は長い髪に絡めとっていたなにかを雹華に投げつけた。

「きゃあああああああっ!!」

 雹華は悲鳴をあげて、寝具の上から飛び降りた。

 投げつけられたのは黒く変色をした人の頭だった。目玉は見開かれ、今にも零れ落ちそうになっている。口は半開きとなり、なにかを訴えるようだった。

 それは陽紗の頭だった。

 陽紗は死後も雹華に忠誠を誓っていた。忠実であった。

 名を呼ばれ、怨霊と化した黄藍洙を食い止めようと懸命に抗ったのだろう。その結果、頭を引きちぎられた姿で二度目の絶命をした。

 寝具の上に置かれたままの頭は黒い霧となり、怨霊の中に吸収されていく。

 惨めな最期だった。

 忠誠を誓った主人に見向きもされない人生だった。それは忠誠から恨みに姿を変え、長い髪で隠されていた顔が露になる。

「……柳陽紗……?」

 雹華は安堵した。

 長い髪の下には見慣れた顔があった。先ほどのように酷く変色をしているわけではなく、人のような見た目をしている。飛び抜けて美しいわけではなく、醜いと嘲笑うほどでもない。どこにでもいるような見た目に安堵をしてしまった。

 それが生きた人間ではなく、怨霊だと忘れてしまっていた。

 恐怖心が抜け、雹華は安心してしまった。

 陽紗が主人を襲うはずがない。主人の命令に従い、自害までしてみせた忠実の女官なのだ。

「ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ」

 怨霊は口を開いた。

「ドウシテ、ミステタノ。ドウシテ、ワタシヲミテクレナイノ」

 口が裂けるほどに大きく開き、人のものとは思えないほどに歯が鋭くなっており、舌は二つに分かれていた。

 雹華はその言葉に再び恐怖を覚えた。
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