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3話 攻防戦
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譽は雑巾を握りしめて、大胆不敵に笑ってみせた。
「さてと……お掃除しなくちゃ」
うわぁ女子怖ぇ、と背後から歌留多の呟きが聞こえたがきっぱり無視である。
駆けだした先には、誉の持ちカラーの若葉色で囲われた正方形の持ち場。相変わらず汚れがひどくて、目も当てられない。
昨日、純白の綺麗な床に磨き上げて、満点をもらったというのに、昨日の今日でここまで薄黒く汚れるものだろうか。
「ったくどうしようもないわね」
一丁前に文句を垂れながら、誉は正方形の隅っこから、丁寧に水拭きで汚れを落としはじめた。ここまでに一分ちょいかかっている。
譽の清争の方法は雑巾をつまんでこする。こうすると汚れも落ちやすいし、一年に一度しか支給されない雑巾を節約するためだ。優秀者に選ばれるためには、清争道具をいかに上手に使い、丁寧な扱いをするかも求められる。
床のホコリは、事前に教師たちがほうきで掃除をしてくれている分、床磨きに手間をかけられるが、職員室は学校内で最も邪魔が入るから、油断はならない。
「くそ……今日もコーヒーの染みは厄介ね」
「当たり前だろう。俺がそこに零してやったからな。ほら追加だ」
ぴしゃっとこぼされたコーヒーの飲み残しが床にこぼされた。
教師の横暴に目を見開いた誉は、舌打ちして手を止めぬまま、上を見上げた。
「またあなたね!?畜生、またやられた!」
「この学校じゃ、生徒に対する教師の配慮はまるで必要ないからな。気楽なもんだ」
「そういうところがしゃくに触るのよ早乙女センセ」
「早乙女言うな馬鹿!!」
顔を赤くして怒鳴ったのは、誉の宿敵、時雨兌だ。
体育教師の名にふさわしく、がっちりとした体格をしている。見てくれはそれなりにいいが、性格はかなりひん曲がっている。そのくせに、バレンタインデーには何個かチョコをもらっているし、奥さんもいるらしい。
早乙女というあだ名は、その奥さんの旧姓だ。ある授業で時雨が「旧姓にしようと奥さんが言い出したのを全力で止めた。そうしなければ、今ごろ俺は早乙女という名字で地獄を見た」と言ったのである。
それをここぞとばかりにからかう誉を、時雨は心底疎ましく思っているようだった。
「こんちくしょう、狸め……コーヒーなんかよくも零したわね!ティッシュを取りに行く手間が増えるじゃない!」
「ああよかったな頑張れよ。その間に俺はカラメルぶちまけとくから」
「いや本気でそれはやめて!落とすの大変なのよ!」
一瞬にして青ざめた誉に、時雨はにやりと笑ってみせる。あれは本気の目だ。
「いいわよ!それなら私も覚悟を決めるわよ!」
譽は叫んで、心苦しく思いながら、ひじょーにひじょーに心苦しく思いながら、時雨の少し伸びた白シャツを、くい、とつかんだ。
「……なんだ?」
「いただきますね」
「は?」
にこっと無邪気な笑みを浮かべて──シャツをコーヒーにおしつけた。
「!?!?お前何してくれてる!!おい馬鹿!やめろ!」
「おーよく吸うわー。いい吸いっぷりだわぁ」
「ふざけんな譽!ちょっと表出ろ!」
「謹んでお断り申し上げますねー。清争のあとなら手合わせしますよ?」
「今すぐ表出ろや!!」
譽はにこにこと腹黒い笑みを浮かべながら、シャツを床にこすりつけていく。
「いやーそれにしてもよく吸うわねーこれ。いいところのもんでしょ?」
「だから怒ってるんだろうがこの阿呆!!」
激昂する時雨にシャツをつき返し、また濡れ雑巾を手に取ってこすりはじめる。
……うん、だいぶ綺麗になったわ。
上機嫌な誉の背後で、茶に染まったコーヒー臭いシャツの端を、時雨が物も言わずに見つめていた。
「絶対呪ってやるからな。覚悟しとけよ」
「うわやっぱ怖いのは早乙女センセだったわ」
ぽつりと呟いた歌留多は直後、時雨の拳に吹っ飛んだのだった。
「さてと……お掃除しなくちゃ」
うわぁ女子怖ぇ、と背後から歌留多の呟きが聞こえたがきっぱり無視である。
駆けだした先には、誉の持ちカラーの若葉色で囲われた正方形の持ち場。相変わらず汚れがひどくて、目も当てられない。
昨日、純白の綺麗な床に磨き上げて、満点をもらったというのに、昨日の今日でここまで薄黒く汚れるものだろうか。
「ったくどうしようもないわね」
一丁前に文句を垂れながら、誉は正方形の隅っこから、丁寧に水拭きで汚れを落としはじめた。ここまでに一分ちょいかかっている。
譽の清争の方法は雑巾をつまんでこする。こうすると汚れも落ちやすいし、一年に一度しか支給されない雑巾を節約するためだ。優秀者に選ばれるためには、清争道具をいかに上手に使い、丁寧な扱いをするかも求められる。
床のホコリは、事前に教師たちがほうきで掃除をしてくれている分、床磨きに手間をかけられるが、職員室は学校内で最も邪魔が入るから、油断はならない。
「くそ……今日もコーヒーの染みは厄介ね」
「当たり前だろう。俺がそこに零してやったからな。ほら追加だ」
ぴしゃっとこぼされたコーヒーの飲み残しが床にこぼされた。
教師の横暴に目を見開いた誉は、舌打ちして手を止めぬまま、上を見上げた。
「またあなたね!?畜生、またやられた!」
「この学校じゃ、生徒に対する教師の配慮はまるで必要ないからな。気楽なもんだ」
「そういうところがしゃくに触るのよ早乙女センセ」
「早乙女言うな馬鹿!!」
顔を赤くして怒鳴ったのは、誉の宿敵、時雨兌だ。
体育教師の名にふさわしく、がっちりとした体格をしている。見てくれはそれなりにいいが、性格はかなりひん曲がっている。そのくせに、バレンタインデーには何個かチョコをもらっているし、奥さんもいるらしい。
早乙女というあだ名は、その奥さんの旧姓だ。ある授業で時雨が「旧姓にしようと奥さんが言い出したのを全力で止めた。そうしなければ、今ごろ俺は早乙女という名字で地獄を見た」と言ったのである。
それをここぞとばかりにからかう誉を、時雨は心底疎ましく思っているようだった。
「こんちくしょう、狸め……コーヒーなんかよくも零したわね!ティッシュを取りに行く手間が増えるじゃない!」
「ああよかったな頑張れよ。その間に俺はカラメルぶちまけとくから」
「いや本気でそれはやめて!落とすの大変なのよ!」
一瞬にして青ざめた誉に、時雨はにやりと笑ってみせる。あれは本気の目だ。
「いいわよ!それなら私も覚悟を決めるわよ!」
譽は叫んで、心苦しく思いながら、ひじょーにひじょーに心苦しく思いながら、時雨の少し伸びた白シャツを、くい、とつかんだ。
「……なんだ?」
「いただきますね」
「は?」
にこっと無邪気な笑みを浮かべて──シャツをコーヒーにおしつけた。
「!?!?お前何してくれてる!!おい馬鹿!やめろ!」
「おーよく吸うわー。いい吸いっぷりだわぁ」
「ふざけんな譽!ちょっと表出ろ!」
「謹んでお断り申し上げますねー。清争のあとなら手合わせしますよ?」
「今すぐ表出ろや!!」
譽はにこにこと腹黒い笑みを浮かべながら、シャツを床にこすりつけていく。
「いやーそれにしてもよく吸うわねーこれ。いいところのもんでしょ?」
「だから怒ってるんだろうがこの阿呆!!」
激昂する時雨にシャツをつき返し、また濡れ雑巾を手に取ってこすりはじめる。
……うん、だいぶ綺麗になったわ。
上機嫌な誉の背後で、茶に染まったコーヒー臭いシャツの端を、時雨が物も言わずに見つめていた。
「絶対呪ってやるからな。覚悟しとけよ」
「うわやっぱ怖いのは早乙女センセだったわ」
ぽつりと呟いた歌留多は直後、時雨の拳に吹っ飛んだのだった。
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