鳥に追われる

白木

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第二章 選別の船

それぞれの苦痛

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アオチ


 うるうる言っているウルウを拾って船内に入った。

 先に戻って行った回収人の姿はもう見えない。

 みんなどこにいるのか気になったが、取りあえずびしょ濡れで凍え切った身体をシャワーで温めたい。

 オオミと自分の部屋に戻った。ウルウは俺が預かった。

「おい、そんなに動くなよ」

 ボディソープなんて付けてしみないだろうか。心配で少しだけウルウの赤い身体につけ、撫でてみた。意外と何ともないみたいだ。

 きょとんと俺の顔と石鹸のついた腕を見比べている。

「大丈夫みたいだな」 

 ほっとしてスポンジにいっぱいつけて肩から軽くこすってやった。

「うるるるるる――――」

 突然ぶるぶる震えてウルウが叫んだ。何かの発作かと思って焦った。笑っているとわかって安心したが、こうなると手が付けられない。

 狭いシャワー室をバタバタと手足を振り回して動きまわる。くすぐったがりだな、こいつ。生れたばかりだと言っていたけれど、俺と大して変わりないくらい大きいから厄介だ。

「うるうるっ」

 今度は泣き出してしまった。目に石鹸が入ったらしい。

 忙しいな……。

「おい、大人しくしてくれ。ちゃんと洗い流してやるから」

 何とか自分とウルウを洗い終えた時にはどっと疲れていた。

 ベッドに横になる。ひどく眠たい。

 足元にちょこんと腰かけていたウルウに「こっちにおいで」と声をかけ、湯たんぽ代わりに抱きついた。ウルウの目もとろんとしている。

「少し、眠ろうか」

 そう言った時にはウルウの愛嬌のある目は既に閉じていた。

 眠りの中に俺のエトピリカが出てきた。懐かしい冷たい冬の山だ。悠然と、黒く艶めく美しい翼を揺らして俺の目の前の木に止まる。

 俺はなんだかとても嬉しくなって、腕を伸ばす。

『寝てはいけない』

 不思議な声で俺のエトピリカが言った。男の声とか女の声とかじゃない、鳥の声だ。指が届かないのが、なお一層狂おしさを煽りたて、俺は更に腕を伸ばす。

『寝てはいけない、真ん中の子』

『どういう意味だ――』

 エトピリカの居る枝まで何とかしてたどり着きたくて、木をよじ登り始めた。もう少しだ――。そこで夢の中のお約束であとちょっとの所で木から滑り落ちる。大丈夫、これは夢だからそう思った時、背中に物凄い痛みを感じた。現実なのか……?

「アオチさん! 起きてください!」

 オオミの声がして、背中を力いっぱい叩かれたのだと理解した。

「ん……? あ、何?」

「何、じゃありませんよ。心配しました……」

 オオミの両目が涙で潤ってきれいだ。何だよ、大袈裟だな。

 ぼんやりしながら上半身を起こす。小さな窓から覗く外の景色が真っ暗だ。どのくらいまどろんでいたんだろう。

「今、何時だ? あれ? ウルウはどうした?」

「六時半です。ウルウならとっくに起きて、無言ちゃんと一緒にいますよ。アオチさん、寝てはだめです」

 さっき夢の中で聞いた声はこいつのものだったのか? もう、混乱してわからなくなる。これも起きがけにはあるあるだ。

「どうして寝ちゃいけないんだよ。疲れてたんだ、少しくらい良いだろ」

 明日の朝、決定的な瞬間にあくびをしているよりましじゃないか。何でこいつ、こんなに思い詰めているんだ。

「この船で眠ってしまったら死んでしまう。そういうルールなんです。せめて明日の朝までは寝ないでください」

「お前、いつからここのルールにそんな詳しくなったんだ。じゃあ、全員で眠らなければいいじゃないか」

「いえ……僕は、別にそんなに詳しいわけでは」

 オオミがわかりやすく目を逸らした。無駄に眼鏡をいじって落ち着きがない。普段から人と目を合わせてしゃべることが苦手なこいつが、唯一目を見て話す俺にこういう態度を取る時は、何か隠し事がある時だ。

「何だよ、正直に言えよ」

「……無言ちゃんに聞きました」

 ちょっと驚いて、俺の方が無言になった。

「……無言ちゃんがしゃべったのか」

「内緒ですよ、誰にも言わないでください」

 オオミが急に小声になる。

「どういう事だよ。お前、いつの間に無言ちゃんとそんなに仲良くなったんだ。結構美人だもんな、いいじゃないか」

「そんなんじゃありません」

 食い気味に否定するのが、小学生みたいで微笑ましい。

「それで、無言ちゃんは何て言ったんだ」

「あっちの船で死んでた人たちの事を教えてくれたんです。みんな、死ぬ直前に眠っていたそうです。無言ちゃんだけが起きていたって」

 そんな大事な話なら、今すぐみんなに聞かせてやらないと、そう思ったがオオミは声を落としたまま続ける。

「寝ていた人は次々に甲板で自殺し始めて、うたた寝していた無言ちゃんも自殺しかけたけれど、何とか耐えられたそうです。寝入ってしまわなかったから助かったんだと思います」

 さっきの俺は熟睡してしまっていたように思うが。話が全然見えてこない。

「何で寝ると自殺するんだ? 向こうの回収人が殺したんじゃないのか? 大体、恐ろしくて良く見れなかったけど、あれは誰かに刺されたみたいだったぞ」

「すみません、まだ興奮していて。説明します」

 オオミが俺のベッドに座り直して呼吸を整えた。

「まず、無言ちゃんと死んだ三人の関係です。一人いた女の人は無言ちゃんの親友だそうです。中学の時に知り合って、それから十年来の付き合いだって。若い方の男の人は無言ちゃんのいとこ、おじさんの方は幼稚園の時の先生だって言ってました」

 正直どっちが若い方でどっちがおじさんだったのかもわからないが、それより気になることがある。

「親友といとこが同じ船に乗ることはあるかも知れないけど、幼稚園の時の先生なんて未だに交流があるものか?」

「先生と会ったのは偶然らしいです。乗船してすぐにカフェテリア……あっちの船では食堂のことをそう呼んでるらしいんですが、そこで一緒になったと。お互い朝ごはんを食べながら自己紹介なんかをしていてわかったようですね」

 頷く俺に更に身体を寄せて来るオオミの勢いが怖くて、少し顔を引きつつ、「それで」と続きを促した。

「軽く食事をして、身体が温まると、朝早かったこともあってみんな眠くなったみたいで、それぞれの部屋に戻って少し寝ようって話になったと。無言ちゃんと親友は二人部屋で、男二人はそれぞれの部屋に戻ります。船酔いで眠れない無言ちゃんに反して、親友はぐっすり眠ってしまったそうです。しばらくじっとしていて、やっとうとうとしかけた時、鋭い痛みを感じて右の掌を見ると、刃物が皮膚を突き破って出ていて、それは成長しているみたいに自分に向かって伸びてきて――」

 当たり前のように手から刃物が生えてきたと言っているけど、大丈夫か、こいつ。話が乗ってきているオオミを止めるのは気が引けて、唾を呑んでなんとか耐えた。

「ついにその刃物が、手を目一杯伸ばしても無言ちゃんの顔に突き刺さりそうなところまで伸びた時、やっと止まったんです。危険が去り、反対側のベッドを見ると、親友が寝ているはずの場所は空でした。その代わり、真っ白なシーツの上には血が飛び散っています。慌てて、でも刃物が刺さらないよう慎重に部屋から飛び出しました。立ち上がる時もドアを潜る時も、一歩間違えると鋭い刃が自分自身を抉りそうで、とても怖かったそうです。片腕程伸びた刃をかわしながら、血の跡を追うと、甲板に向かう階段に辿りつきました。重い扉を片手で開けるのは大変で、左半身全体で押し開きます。そこで見たのが――」

「俺たちが見た甲板の死体か?」

 オオミが大きく息を吸った。小声でも興奮して話しているので、さっきからあまり息継ぎをしていない。

「いえ、違います」

「え? 違うのか」

「その時はまだ皆、傷だらけだけど生きていたんです。無言ちゃんと同じく自分の右の掌に伸びた刃物から必死に逃げていました。でも、そこで無言ちゃんは自分のそれと、皆の物が少し違うことに気がつきます。皆の物は自分のより明らかに長く、伸び続けているように見えたんです。そう、だから彼らは船室からより広い場所を求めてデッキに出たんです。長くなるだけなら、逃げ回る必要も無いように思えますが、それが出来ない理由もありました。刃物は不定期に伸びる方向を変えるんです――。そう、今、掌から伸びている刃物は数十秒後には手の甲側からだったり、指先からだって伸びてくるんです。方向も垂直だったり、斜めだったり様々です」

 映画でそんな感じの異星人を見たことがあるような無いような。

甲板に倒れていた死体を思い出し、改めて生々しい恐怖を感じた。

「いつ自分が刃物に貫かれるかわからないって事か……。それに助けに近寄った人さえ……」

「そうなんです。迂闊に近づくこともできないんです。無言ちゃんは自分の刀を使って、親友を助けようとしました。意図せず自分に向けられる刃を刀で受けて、親友を傷つけようとする刃もまた刀で封じて頑張りました。それでも親友の手から伸びる刃は強く、少しずつ親友を刺し、切り裂いていったそうです。親友が息絶えた頃には自分自身も血を浴びて真っ赤だったと。死んだ親友を呆然と見下していた時、周囲がやけに静かだとやっと気がつきます。いとこと先生はもう血まみれでピクリとも動いていませんでした」

「……それと、寝ちゃいけないことはどう関係あるんだ」

 俺もそうなるところだったんだろうか。右手をじっと眺める。

「その場に座り込んだ無言ちゃんに、ローヌさんが言ったそうです。『僕には止めることができなかった。あの人たちはぐっすり眠ってしまったから』って。無言ちゃんの場合、実際に意識がないほど眠っていた時間は五分もなかったようなので、助かったんですね。そして、時間と共に右手から伸びた刃物もだんだんと縮んでいったんです。これが、僕が無言ちゃんから聞いた全部です」

 そう言うと、オオミは乾いた咳をした。雷雨の中、長時間外にいたから風邪をひいたのかも知れない。さっきまでウルウに使っていたタオルケットを肩にかけてやる。

「あ、ありがとうございます」

 控えめな咳を片手で押さえながらオオミが言う。それが治まるのを待って疑問を口にした。

「無言ちゃんはどうしてお前だけにその事を話したんだ?」

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