鳥に追われる

白木

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第三章 神様のいない海

僕らは一つ

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ローヌ


「神様と戦って欲しいんだ」

 冬の海の空気は鏡のように張り詰めていて、自分の姿が映るのではないかと錯覚した。ローヌの呟いた言葉の意味がわからず、困惑した自分の顔が見えるようだ。

 夕食の後、俺だけ甲板に誘われた。

「誰?」

「神様だよ、あ、君は知らないのか」

 ローヌの白い息は夜の空の小さな雲。美しい顔もあいまって、そう言われても信じられる。

「空を見てよ。天の川だ」

 俺の問いに答える気がないのか、ローヌが空を見上げた。

「天の川って本当にあるんだ……」

 遠くぼんやりと流れる白銀の川。真っ黒な空に光の筆を躍らせて作ったようだ。光は生きている。さっきノンノを見た時も思った。光の縁だけの鳥になったノンノ、空に流れるあの川。

 光は今の俺なんかより、確かな生命を持っている。

「綺麗だねえ。神様の宿るものは何でも完璧に美しい」

「だから、それ誰なんだ。戦えと言ったり、褒めてみたり」

 ローヌが空を見上げたまま笑う。

「神様はね、この忌々しいルールを作った人だよ。つまり、乗客を一人しか連れて行けないっていう、あのルール」

 急に怒りが込み上げてきた。そいつか、アオチを置いて行かせようとする野郎は。絶対許さない。

「どこにいるんだ。今、戦ってやるよ。こう見えてケンカは結構強いんだ」

 学生の頃の話だから、相当鈍っていると思うが関係ない。ブランクは怒りでカバーしてやる。

「落ち着いてよ。そんなに簡単に姿を現さないよ、神様は」

 益々怒りが煽られた。勿体ぶりやがって。

「呼べよ。お前が戦えと言ったんだろ」

「だから、殴り合うとかじゃないんだよ。それにまともに行っても君じゃ髪の毛にすら触れられない。ねえ、僕はもう誰も置き去りにしたくない。それに君たちの回収人にも消えて欲しくない。――座って」

 急にローヌに甲板に押し倒された。『座って』じゃなくて『寝て』だろ。頭を打たなくて良かった。ここ、昼間死体が転がってなかったか? 背中が冷たいのに、ローヌが覆いかぶさっているので胸は暖かい。

「おい、大丈夫か? 転んだのか? ここ滑りやすいものな。気をつけろよ」

 スズランみたいな香りが耳元で震えた。

「君は――本当に彼のお気に入りなんだな。嫉妬してしまうよ。僕だって彼に助けられたい」

「だから、回収人のお気に入りはオオミだろ?」

 硬い床を手で押して起き上がる。上に乗っていたローヌが転がった。空に広がる川を見つめて、泣いている。

「君だよ。彼は孤独な人を放っておけないから。いや、違うな。彼は孤独な人に魅かれてしまう。憎らしくて君を連れてきてしまった」

 俺も暗闇に浮かぶ白銀の川に目を移しながら尋ねた。

「どういう意味だよ。そんな事より、早く神様とやらと戦う方法を聞きたい」

 ローヌが突然俺の方に身体を向けた。この横向きに寝転がった顔もきれいだ。美形はいいな。

「僕が『神様と戦う』なんて宣言してしまったから、これから色んな事が起こる。負けないでくれたら、それで勝ちだ」

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