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おさとうみさじ
1.
しおりを挟む“今、家に着きました”
丁寧に打ち込んで、一番連絡を取り合っている相手に送りつける。
画面をぼうっと見ているうちに“無事で何よりです”と返事が返ってきた。できる社会人よろしく、橘遼雅のレスポンスは早いと思う。
それもまた、今までの苦労の賜物なのだろうか。
いちいち引っかかってしまうから、ひとりで苦笑してしまった。買ってきた食材をキッチンに置いて、一つ息をつく。
“遼雅さん、あまり無理しないでくださいね”
手に持っていた携帯でもう一度言葉を打って、ためらうことなく送信する。そこまで終えて、リビングのテーブルの上に携帯を置いた。
遼雅さんが選んだマンションの一室は、間接照明だけでも生活できそうな気がする。
ロマンチックな雰囲気が出るけれど、映画を観ながら使ったりしていても、遼雅さんにあまやかされる熱でほとんど楽しむことができたためしがない。
結婚するときに姉からプレゼントされたものがたくさんある。
昨日割ってしまったお皿に今更悲しくなって、一度置いた携帯を手に取った。姉とは10歳ほど年が離れているけれど、いまだに長電話をしたり、一緒にショッピングに行ったりするほどの仲だ。
つい一週間前にも通話した履歴が残るメッセージを開いて“お姉ちゃんからもらったお皿、割れちゃった。かなしいよ~”と送ってみる。同時に棚からエプロンを取り出して、首から下げた。
花柄のエプロンは、これまた姉夫婦からの贈り物だった。これが汚れてしまったら、ますます悲しいと思う。
絶対にそんなことにはないよう、細心の注意を払っていることは、遼雅さんにいつも笑われてしまっていた。
とくにお返事のない携帯に恨めしくなって、腰にエプロンの紐を結びつける。
何年経っても姉には甘えっぱなしだ。
姉夫婦には小学生のころからよくして貰っていたから、憧れのような存在だ。
ふと自分と遼雅さんがそういう関係になれていないことに思い当たって、考えるのをやめた。
「あ、」
そろそろ料理をしようか、と思っているところに携帯が鳴ってしまう。遼雅さんかなと思ったのは一瞬で、“お姉ちゃん”と表示されたディスプレイを見たら、頬がほころんでしまった。
一瞬でも遼雅さんだと思った自分がすこし恥ずかしい。遼雅さんは今、一生懸命働いているはずだ。
『ゆず~?』
「うん、お姉ちゃん?」
姉はいつも笑顔溢れるやさしい女性だ。
声を返したら、今にも笑顔が見えそうなくらいのトーンで「久しぶり」と声をかけてくれる。実際にはまったく久しぶりでもないけれど、姉の時間の単位は独特だ。
『割れちゃったの! 指、ケガしなかった?』
まるで遼雅さんのような言葉だ。
すこしおかしくなって、キッチンへと歩きながら笑ってしまった。私よりも姉のほうがよっぽど危なっかしいのに、いつも心配して声をかけてくれる。
後ろできゃあきゃあと誰かが話している声が聴こえて、ますます頬が緩んでしまった。
「うん、だいじょうぶだよ。萌お姉ちゃん、今忙しかった? ごめんね」
『うん? ううん、パパが遊んでくれてるから、私は暇だよ。ゆずこそ、遼雅さんは?』
「遼雅さんはまだお仕事」
『ええ~? さみしいね。はやく帰ってくるようにお姉ちゃんもお願いしておく』
「ふふふ、ありがとう」
寂しいなんて言いあうような間柄ではない。
目に入れても痛くないくらいに可愛がってくれている姉夫婦が、私と遼雅さんの結婚が恋愛結婚ではないことを知ったら、どれほど悲しむだろうか。
想像ができてしまうくらいには側にいさせてくれる優しい人たちだった。
遼雅さんの困り顔を見たときに、結婚を持ち掛けてしまったのは、ずっと姉の夫のような優しい人と結婚したいと思い続けていたからだろうか。
『今度また、結婚記念日に贈るね』
「え? またくれるの?」
『ふふ、ゆずも毎年くれてるのに~。今度はゆずが落としても割れないお皿にするね』
「そんなお皿あるかなあ?」
『ベビー用品には多いから、セットで贈るね』
3
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