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おさとうみさじ
2.
しおりを挟む「ええっ」
『あ、呼ばれちゃった』
「おねえちゃん?」
『ゆずー、またお電話しようね』
「ちょ……」
ぷつりと途切れて、呆然としてしまった。
姉は結構、かなり天然な女性だ。だから、茶化してそういう話題を出してきたわけではないだろう。
夫婦であれば当たり前に選択肢の一つに入ることだから、子どもについて言及されることからは逃れられない。
「こまった、なあ……」
ペアではなくセットと言ってくれたあたり、二人分のものではないだろう。それを見た遼雅さんが眉を下げてしまうところを想像して、胸がきゅうっと痛んでしまった。
かき消すようにキッチンに置いた野菜を取り出して、使うもの以外を冷蔵庫に押し込んでいく。
遼雅さんも開いて使うところだから、自分なりにわかりやすく整頓しているつもりだ。以前、仕事の帰りに買いに行っていると言ったらひどく驚かれたから、こちらも驚いてしまった。
ネットで購入して配送してもらえばいいよと言った遼雅さんは、本当に甘やかす人だと思う。
『柚葉さんは帰りも遅いことが多いんだから、無理はさせたくない』
そこまで言われたら断れなくて、買い物に足を運ぶ機会は激減してしまった。今日は久々にゆっくりと買い物することができたと思う。
料理上手な母とお菓子好きの姉に囲まれて、すっかり私はキッチンが大好きになってしまった。
ご飯を作ることは何も苦しくないのだけれど、朝は遼雅さんが作ると言ってくれるから、いつも厚意に甘えることにしている。遼雅さんの作るあたたかい料理も大好きだ。
仮に、この契約が終わってしまったら、かなりさみしいと思うくらいには、爪の先から体の奥の奥まで、遼雅さんでいっぱいになってしまっている。
依存かなあ。
一人で思いながら、野菜を切る。
遼雅さんが私を選んでくれたのは本当に不思議だ。
淡々と料理を進めながら、何度も思い浮かべている謎について考えてみる。
一度目のデートはお昼のカフェだった。私が倒れた翌週に設定されたデートの待ち合わせ先に現れた橘さんは、どこからどう見ても申し訳のなさそうな顔をしていた。
「佐藤さん、申し訳ないです。なかなか会長にご理解いただけなくて……」
開口一番の謝罪で、唖然としてしまったのが良い思い出だ。とりあえず、会長に勧められたカフェでランチをして、とくに気にしていないことを何度も繰り返し告げたような気がする。
「大丈夫です。それより、婚約者さんは……大丈夫ですか? 私は橘専務のほうが心配です」
「きみは……」
「はい」
「いや……、私のことは、どうか、名前で呼んでください」
本当は何を言いかけたのだろうか。
優しい瞳がふい、と逸らされてしまった。
くすぐったい言葉に胸が揺さぶられて、自分自身で驚いている。まさか、専務相手に胸がざわざわする日が来てしまうとは思ってもいなかった。
とてもおこがましいことを感じているのではないだろうか。
驚きすぎて、焦りすら感じている。
『今はプライベートな時間ですし』
気を取り直したらしい人の言葉に恐縮して、結局名前で呼ぶのは断念して、橘さんと呼ぶに留めることになった。
橘さんももちろん私を佐藤さんと呼んでいる。
よくよく考えたら、昼間のカフェで専務なんて呼ばれるのはいい気持ちではなかったのかもしれない。気遣いのできなさにへこみつつ、その日は解散になった。
必ず何とかすると言う橘さんの言葉にうなずいて、翌週のデートでまた悲壮な面持ちを浮かべている人に、すこし笑ってしまったのがいい思い出だ。
2度目は会長が投資しているらしい水族館へと訪れて、橘さんが女性関係に苦労する体質らしいことを聞いた。曰く、順当に付き合っていたはずが、いつの間にか相手を追い詰めて、依存させてしまうらしい。
橘さんから依存という言葉を聞くこと自体に違和感があって、また呆然としてしまった。
「例えば、あまいケーキにも、塩分とかスパイスって必要だよね? でも、俺にはそれがないんだ」
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