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おさとうみさじ
5.
しおりを挟むダメに決まっている。焦っていれば、「俺とは、嫌ですか」と聞かれて瞬時に首を横に振っていた。
「嫌なんて、とんでもないです」
「じゃあ、いいですか」
「じゃあって……」
嫌いじゃないなら貰って欲しいと言われて貰う物のような、お裾分けみたいに差し出されている気がする。
どうしたらいいのかわからず、「ワイン、もうすこし飲みますか」と聞かれて、逃げるように首肯した。
サーブされるまま呑み込んで、楽しそうな瞳にどぎまぎしてしまう。
どうしよう。どうしたらいいだろう。
慌てすぎて、橘さんに握られている手を放すことすら忘れてしまっていた。きゅっと力を込められて、肩が上ずった。
「俺のこと、好きにならなくて良いです」
「あ、う」
「仕事も続けて良いです。……ここは会長の後ろ盾もあるので、絶対です。もちろん家庭に入りたいなら、それもいいです。俺が働きます。なるべく楽しく、あたたかい家庭にしたいです」
「え、と」
「もし仮に、俺が誰かを依存させるようなことを仕出かしたら、止めてもらえますか?」
「それは、あの、いつでもできますが……」
「ありがとう。柚葉さんは、他に約束にしたい条件はありますか?」
「え、あの……、ちょっと待ってください、全然整理できなくて」
狼狽えている。
とりあえず、橘さんに差し出されるまま、もう一杯のワインで口を潤して、回らない頭で考えている。
指に触れていた手は、いつの間にか繋ぎ合わされている。どうしてこうなっているのか、すこしもわからない。
「ええと、私、冷え性で」
「うん、手が冷たいから、心配してました」
「あ、う……、そ、れで、あの、夜も、冷たくて目が覚めちゃうんです」
何を言っているのか、自分で自分がわからない。
かなり酔っていると自覚して、ひどくお酒のペースが進んでいることに気づいた。まずい、これはまずい。
「だから、抱きしめて眠ってほしくて」
「そうされればゆっくり眠れるんですか?」
「そう、ですね、ええと……。それくらい、です」
「なるほど。わかりました。かわいいお願いだ」
指先がなぞられる。
熱に溺れて、倒れてしまいそうだ。こんなにも熱いまなざしをくれる人だっただろうか。酔っぱらいすぎてそう見えているだけなのか。
「どうしようもなく、あまやかしたい」
「な、にを?」
「奥さんになる人のことは、とことんあまやかしたいです。ダメですか?」
熱い瞳に胸が鳴ってしまった。この人に愛される人は、どんな人だろう。想像もできない。
「すてき、なことだとおもいま、す」
「よかった。嫌じゃないなら安心です」
「あ、えと、私は……、その、誰かに見つからないところでなら、とは思いますけど」
何を言ってしまっているのだろうか。
しどろもどろに告げれば、目の前の貴公子がいっそう綺麗に微笑んでしまった。
「――じゃあ、来週は柚葉さんのご両親に、挨拶に伺います」
衝撃的な一言から、記憶はあいまいだ。
ただ、かなり酔っぱらっていたことは覚えている。ふらふらする私を支えながら、橘さんが何度も声をかけてくれていた。
「柚葉さん、帰れますか?」
「ゆずはさん」
「俺の家に、連れ込みますよ?」
どろどろと甘い声だけが聞こえていた気がする。
踏み込んで、やわらかなソファに乗せられた時、ようやく自分が大きな失態を犯してしまったことに気づいた。
どこからどう見ても、私の部屋じゃない。
整頓されている部屋は、橘さんの匂いであふれかえっている。瞬時に立ち上がろうとして、転びそうになったところを抱き起された。
たまらなく落ち着く匂いがする。
「……大丈夫ですか?」
「あ、ごめんなさ、い。飲みすぎ、ました」
「いえ、俺も勧めすぎてしまいました」
「そんな、ええと、ごめんなさい、お家にまで……」
「プロポーズしてすぐに連れ込んだりして、軽蔑されないかちょっと焦ってます」
申し訳なさすぎて俯く私をそっとソファに乗せて、笑いを誘うように告げてくれる。
橘さんのことを好きにならない人なんて、この世界のどこにいるのだろうか。
ぼうっと見上げたら、首を傾げた人が思い出したように携帯を取り出した。
「どうし、」
「携帯、見て良いですよ」
「うん、と?」
「俺には柚葉さんだけです」
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