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おさとうみさじ
6.
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懇願するような瞳だ。
ロックナンバーを口遊みかけた人にぎょっとして、綺麗な唇を両手で塞いだ。
「な、に言ってるんですか?」
「ん、」
もごもごしかける橘さんの唇に気付いて、ぱっと手を離せば「安心してもらえるかと思って」と言われてしまった。
逆に不安になる。
びっくりして狼狽えてしまった。
「柚葉さん、瞳が震えてる」
ぴくりと肩が反応してしまった。
まっすぐに見つめられると逸らせなくなる。
手の上に携帯を置かれて、もう一度「見てください」と囁かれてしまった。私に対して誠実であろうと思っていることは良く伝わった。
やり方がだめだ。くらくらしながら、必死で携帯を握りしめている。
「たちばなさん」
「うん?」
「手、だしてください」
「はい」
疑うことなく差し出された両手に、おかしな気分になった。お手を待たれているみたいだ。
左手の上に携帯を置きながら、両方の手を橘さんの手のひらの上に乗せる。
「うん?」
やさしい声が問うてくる。あまい音程で胸がしびれてしまった。
これはもう、すぐに好きになってしまいそうだ。どうしたらいいだろう。
「橘さんの心は、橘さんのものです」
「俺の?」
「はい、だから、隠してもいいんです。……たくさん、いろんなものを大事にできる人のほうが、すてきです。こんなことをしなくても、そばにいてくれる人が、たくさんいます」
橘さんは、どこにいても人目を集めてしまうような王子様だ。
必死で説得しようとしていた。こんなふうに自分を安売りしなくても、大切にしてもらえる人だと思う。
「いいですか? もうこれは、しちゃだめです」
「……うん、わかりました」
「ほんとう? もうしない?」
掌にのせた手が、下からきゅっと掴まれる。
俯いたその人が、私の手を見つめていることに気づいた。叱られた子どものような姿に、胸があまく痺れてしまった。
本当に、どうしたらいいのだろうか。
「――しないように」
「はい?」
「しないように、柚葉さんが見張っていてください」
「ええ……?」
「柚葉さんが側にいてください」
乗せていた左手の指の先を、きゅっと掴まれる。
狼狽えているうちに、指先が橘さんの口元へ寄せられた。恭しく頭を垂れた人が、手の甲にやわい口づけを落としてくれる。
「たち、」
「側に、いてくれますか?」
本当に、どうしてこんなことになってしまったのか、すこしもわからない。
「でも、」
「ご両親はどちらに住んでいるんですか? 来週、お邪魔できればいいんですが」
「あの、」
「新居はもうすこし、広いところにしましょう。ベッドは大きなものを」
「ベッド……?」
「ああ、肝心なことを忘れていました。柚葉さん」
流暢なスピードに振り落とされそうだ。それなのに、目が合ったらすべての時間が止まってしまう気がした。
そらせない。
「抱きしめて良いですか?」
問いかける口調なのに、私が答えられないうちに腕の中に引き込んでしまう。
服を着ていてもわかるくらいに温かい。匂いは前に倒れた私の体を抱きしめてくれた時に香ったものと同じく、ひどく落ち着くものだ。
くらりと視界が揺れてしまった。しがみつきたくなるような匂いだ。
一方的に抱き寄せられて、腕の中で微睡みかける。これはだめだ。抗いがたい。
「どうですか」
「ん、まずい、です」
「うん?」
耳にやさしい低音が鳴って、胸がぞわぞわしてくる。細胞がぴったりと結びついてしまうような感覚に背筋が震えた。
「あたたかいですか?」
「……とっても」
「悪くない?」
「わるいなんて、ぜんぜん、です」
「じゃあ、俺でもいいですか」
だめだ。断る理由が、思い浮かばない。
声に詰まって、すこし緩んだ拘束の中から橘さんの瞳を見上げている。
とびきりあまい。
もう、チョコレートみたいな、アイスキャンディーみたいな、お砂糖菓子みたいな、ただあまい瞳が笑っている。
「たちばなさん、が、ほんとうに好きな人を、見つけるまで、なら……?」
「あはは」
しどろもどろに言えば、橘さんがおかしそうに笑っていた。その子どもみたいな笑顔に、また胸がきゅっと詰まってしまった。
ロックナンバーを口遊みかけた人にぎょっとして、綺麗な唇を両手で塞いだ。
「な、に言ってるんですか?」
「ん、」
もごもごしかける橘さんの唇に気付いて、ぱっと手を離せば「安心してもらえるかと思って」と言われてしまった。
逆に不安になる。
びっくりして狼狽えてしまった。
「柚葉さん、瞳が震えてる」
ぴくりと肩が反応してしまった。
まっすぐに見つめられると逸らせなくなる。
手の上に携帯を置かれて、もう一度「見てください」と囁かれてしまった。私に対して誠実であろうと思っていることは良く伝わった。
やり方がだめだ。くらくらしながら、必死で携帯を握りしめている。
「たちばなさん」
「うん?」
「手、だしてください」
「はい」
疑うことなく差し出された両手に、おかしな気分になった。お手を待たれているみたいだ。
左手の上に携帯を置きながら、両方の手を橘さんの手のひらの上に乗せる。
「うん?」
やさしい声が問うてくる。あまい音程で胸がしびれてしまった。
これはもう、すぐに好きになってしまいそうだ。どうしたらいいだろう。
「橘さんの心は、橘さんのものです」
「俺の?」
「はい、だから、隠してもいいんです。……たくさん、いろんなものを大事にできる人のほうが、すてきです。こんなことをしなくても、そばにいてくれる人が、たくさんいます」
橘さんは、どこにいても人目を集めてしまうような王子様だ。
必死で説得しようとしていた。こんなふうに自分を安売りしなくても、大切にしてもらえる人だと思う。
「いいですか? もうこれは、しちゃだめです」
「……うん、わかりました」
「ほんとう? もうしない?」
掌にのせた手が、下からきゅっと掴まれる。
俯いたその人が、私の手を見つめていることに気づいた。叱られた子どものような姿に、胸があまく痺れてしまった。
本当に、どうしたらいいのだろうか。
「――しないように」
「はい?」
「しないように、柚葉さんが見張っていてください」
「ええ……?」
「柚葉さんが側にいてください」
乗せていた左手の指の先を、きゅっと掴まれる。
狼狽えているうちに、指先が橘さんの口元へ寄せられた。恭しく頭を垂れた人が、手の甲にやわい口づけを落としてくれる。
「たち、」
「側に、いてくれますか?」
本当に、どうしてこんなことになってしまったのか、すこしもわからない。
「でも、」
「ご両親はどちらに住んでいるんですか? 来週、お邪魔できればいいんですが」
「あの、」
「新居はもうすこし、広いところにしましょう。ベッドは大きなものを」
「ベッド……?」
「ああ、肝心なことを忘れていました。柚葉さん」
流暢なスピードに振り落とされそうだ。それなのに、目が合ったらすべての時間が止まってしまう気がした。
そらせない。
「抱きしめて良いですか?」
問いかける口調なのに、私が答えられないうちに腕の中に引き込んでしまう。
服を着ていてもわかるくらいに温かい。匂いは前に倒れた私の体を抱きしめてくれた時に香ったものと同じく、ひどく落ち着くものだ。
くらりと視界が揺れてしまった。しがみつきたくなるような匂いだ。
一方的に抱き寄せられて、腕の中で微睡みかける。これはだめだ。抗いがたい。
「どうですか」
「ん、まずい、です」
「うん?」
耳にやさしい低音が鳴って、胸がぞわぞわしてくる。細胞がぴったりと結びついてしまうような感覚に背筋が震えた。
「あたたかいですか?」
「……とっても」
「悪くない?」
「わるいなんて、ぜんぜん、です」
「じゃあ、俺でもいいですか」
だめだ。断る理由が、思い浮かばない。
声に詰まって、すこし緩んだ拘束の中から橘さんの瞳を見上げている。
とびきりあまい。
もう、チョコレートみたいな、アイスキャンディーみたいな、お砂糖菓子みたいな、ただあまい瞳が笑っている。
「たちばなさん、が、ほんとうに好きな人を、見つけるまで、なら……?」
「あはは」
しどろもどろに言えば、橘さんがおかしそうに笑っていた。その子どもみたいな笑顔に、また胸がきゅっと詰まってしまった。
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