32 / 88
おさとうごさじ
2.
しおりを挟む顎の下に指先で触れて、顔の位置を固定される。
ぐっと引き寄せられたまま口づけられたら、くらくらしてとまらない。
簡単に舌が唇を割って侵入して、ぺろりと私のものに絡んでくる。
アルコールの匂いがする。
遼雅さんのにおいに混じって口内に触れて、脳がしびれてしまいそうだった。
「あんまり帰りが遅いから、怒っていますか?」
「ん、おこ、ってな、」
こころから言っているのに、信頼してくれていないのか、それとも私の回答が気に食わないのか。
くるりと体の位置を変えられて、背中に扉の冷えた感触がぶつかった。
上から見下ろす人が、声をあげる間もなくもう一度唇を寄せて、すべての言葉を食べてしまった。
「どうして遅くなるのか、おしえても、いないのに?」
どこかで、遼雅さんの鞄が落ちる音が聞こえている。
片手でフェイスラインを捕らえられたまま、もう片方の手を壁につかれたら、もう、逃げる方法も浮かばない。
必死に言われた言葉の意味を手繰り寄せて、それでもどうして遼雅さんがこんなことを言っているのか、理解できそうになかった。
遼雅さんは毎日、今からどれくらいで帰れる、と連絡を入れるようにしてくれている。
それのどこに怒るような要素があるのだろうか。
「あ、っまっ……ん、ぅ」
「すこし、怒ってもいいのに」
「お、こるような、こと、……、してな、い」
「うん?」
必死で伝えて、ようやく遼雅さんの口づけが止まってくれる。
至近距離で覗き込まれる瞳に、息がとまってしまいそうだ。そんなにもあつい目で、見つめないでほしい。
濡れた唇が見えて、すぐに目をそらしたくなってしまった。
もう、今すぐに陥落してしまいそうだ。
「遼雅さん、は、おしごとを、」
「うん」
「おしごとを、がんばっているだけ、です」
すべては会社のために、努力していることだと知っている。
プライベートな時間をゆっくり過ごしたいだろうに、懸命に動き回っているだけだ。それの何を、怒ればいいのだろう。
「きょうも、おつかれさま、です」
「……ああー、もう」
ふらふらだ。
今にも足腰がくずれてしまいそう。どうにか震える脚で立って、遼雅さんに伝えてみる。
やっぱりすこし、冷たく見えてしまったのだろうか。
でも起きていると遼雅さんは私をあまやかすことに精いっぱいになるから、あまりいいことではないと思う。
考えあぐねているうちに遼雅さんが俯くようにして私の右肩に額を押し付けて、項垂れてしまった。
「うん、と? 大丈夫ですか?」
「うーん……」
相当酔っぱらっているのだろう。
まだ木曜日なのに、頑張りすぎだ。どうにか疲れを癒してあげたいけれど、思い浮かぶ方法もない。
結局、自分がいつも家族にしてもらっていたことを思いついて、遼雅さんの頭に手を乗せてみる。
「よしよし、えらい、です」
「……うん?」
利口で、かしこくて、きれいに整えられたかわいい男の子みたいだ。
やさしく撫でてみれば、俯いていた顔を軽く上げて、とろけそうな瞳が上目遣いにこちらを見ている。
「遼雅さんは、今日のMVPです」
「MVP?」
「はい、今日も一日偉いです。佐藤はわかってます。でも、頑張りすぎは心配なので、今日ははやく眠ってください」
くりかえし撫でつけて、気持ちよさそうに目が細められたのが見えた。
すこしでも気持ちが落ち着くなら、私が遼雅さんのためになれることもあるのかもしれない。
「ああ、もう。……俺は怒ってほしかったのに、褒めてくれるんですか?」
「えっ、おこってほしいんですか」
初耳だ。
そんな趣味があったなんて知らない。唖然として手が止まったら、遼雅さんがすこし拗ねたような表情を作ってしまった。
慌てて撫でなおして、おかしそうに笑われてしまう。
気の抜けたような遼雅さんが、顔をあげてかすめるように唇にキスをくれる。
3
あなたにおすすめの小説
Perverse second
伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。
大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。
彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。
彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。
柴垣義人×三崎結菜
ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。
思わせぶりには騙されない。
ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」
恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。
そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。
加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。
自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…
毎週金曜日の夜に更新します。その他の曜日は不定期です。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる