あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

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おさとうごさじ

4.

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怒っていると言うよりも、すこし拗ねたような表情を作った人が、私の言葉でますます微妙そうな顔をしてしまう。

その顔が演技なら、遼雅さんは本当にすごい人だ。


「大事なことだよ。……柚葉さんがもう、俺のものになってることは、覆せない」

「それは、」

「誰にも覆せない事実です」


二度言われて、さすがにうなずいた。


「きみの名前は?」

「ええと……、たちばな、ゆずは、です」

「旦那さんの名前は?」

「りょうがさん、です」

「正解です。かわいいから、今回は見逃します」

「ありがとうございます……?」

「ちゃんと覚えてください。約束です」


さっき私がしたように、やさしく頭を撫でられる。その手のあたたかさで胸があまく疼いてしまうのだ。


瞳があつすぎる。

声も言葉も、ずっとあまい。

頷いたら、上機嫌な遼雅さんが、もう一度私の唇を吸って笑った。


「ゆずは、抱きしめていい?」


どうしたら、こんなにも人をあまやかせる人に育つのだろう。

たまらずもう一度頷いて、やさしい腕に抱かれてしまった。全部があたたかい。いつも絶対に、やさしいところに連れ出してくれる。


「柚葉さんも、今日も頑張りましたね」

「ふふ、ありがとうございます」

「本当、可愛すぎる。——今すぐ食べちゃいたいくらい」

「それは、だめ……、です」

「じゃあ、いつならゆるしてくれますか」

「あ、う……」

「そうやって声に詰まるの、俺以外にはやらないでね」


遼雅さん以外に、こんなに困ったことなんてない。


「かわいすぎて、たぶん、襲われるから」

「もう、からかわないでください……、はやく、お風呂に入って、眠らないと!」

「うん、じゃあ、俺がベッドにつくまでに、考えておいて」

「う、それ、は」

「ああもう。それ、絶対俺以外にやらないでね」


——可愛すぎて、攫われそうだ。


「たのしみにしています」

「あ、の、」

「ベッドで待っててください。俺のかわいい奥さん」


にっこりと微笑んで、私の頬を撫でてバスルームへと歩いて行ってしまった。

へなへなと倒れ込んでしまいそうな体を叱咤して、おぼつかない足取りで、ベッドに縺れ込んだ。

どうしようもなく混乱していたところまでは、覚えている。


「柚葉さん?」


つまり、私も連日の勤務で、疲れきっているわけで、誰かに耳元で囁かれる音を聞きながら、深く眠りの海にいざなわれてしまった。


「ゆずは?」

「寝顔もかわいいから、まいるな……」



やさしい声が、聴こえていたような気がする。



睡眠の質はとてもよくて、あんなにも悶々としていたことすらすっかり忘れてしまっていた。

やさしい指先が髪を撫でつけている。

おもわず頬ずりしてしまいたくなるようなあたたかい手に、頬がほころんでしまった。

夢うつつに、額に何かが触れて、何度も聞いたようなあまい音を鳴らされた。

夢の中で、遼雅さんの瞳がとろけそうに笑んでいる。


すきだなあ。

誰に告げるでもなく、唐突に思って、目が開いてしまった。


「あ……」

「うん?」


今、私は何を考えていたのだろう。

呆然として、私の顔を覗き込んでいる人と目が合う。しばらく見つめあって、ようやくそれが、夢の中の人と同一人物であることを思い出した。


「りょうが、さん?」

「うん?」


私の声に相槌を打つ遼雅さんは、いつもとびきりあまい。

お仕事中では聞いたことがないくらいにやさしくて、迷子の子ども相手に話しかける人みたいだと思う。

お菓子みたいな甘さで、目が眩んでしまいそうだ。


「夢にも、りょうがさんが……」

「夢?」


夢の中の自分は、何を考えていただろうか。ふいに蘇って、思わず顔をそらしてしまった。


「なんでもないです」

「うん? 気になります」

「まちがえました」

「ううん?」


遼雅さんの胸に顔を押し付けて、必死で隠してみている。

中途半端に告げなければよかった。

頭が働いていなかったとしても、ひどい失態だ。困り果てていれば、上から笑い声が聞こえてくる。


「どうして笑うんですか?」

「あはは、今日の柚葉さんは積極的だなと思って」

「あ、」


あんまりにもつよくしがみつきすぎた。言われてすぐに思いついて、ひどく狼狽える。

離れようとすれば、後ろに回っている腕にあっさりと阻まれてしまった。


「俺は今からでも、いいですよ」

「う、ん? なにが、ですか」


耳の裏をやわく撫でられる。誘うような手つきに耐えきれず顔をあげて、遼雅さんの瞳のひまわりが、ちかちかと揺れているのが見えた。


「もう忘れちゃったんですか」

「う、ん?」


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