あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

文字の大きさ
34 / 88
おさとうごさじ

4.

しおりを挟む
怒っていると言うよりも、すこし拗ねたような表情を作った人が、私の言葉でますます微妙そうな顔をしてしまう。

その顔が演技なら、遼雅さんは本当にすごい人だ。


「大事なことだよ。……柚葉さんがもう、俺のものになってることは、覆せない」

「それは、」

「誰にも覆せない事実です」


二度言われて、さすがにうなずいた。


「きみの名前は?」

「ええと……、たちばな、ゆずは、です」

「旦那さんの名前は?」

「りょうがさん、です」

「正解です。かわいいから、今回は見逃します」

「ありがとうございます……?」

「ちゃんと覚えてください。約束です」


さっき私がしたように、やさしく頭を撫でられる。その手のあたたかさで胸があまく疼いてしまうのだ。


瞳があつすぎる。

声も言葉も、ずっとあまい。

頷いたら、上機嫌な遼雅さんが、もう一度私の唇を吸って笑った。


「ゆずは、抱きしめていい?」


どうしたら、こんなにも人をあまやかせる人に育つのだろう。

たまらずもう一度頷いて、やさしい腕に抱かれてしまった。全部があたたかい。いつも絶対に、やさしいところに連れ出してくれる。


「柚葉さんも、今日も頑張りましたね」

「ふふ、ありがとうございます」

「本当、可愛すぎる。——今すぐ食べちゃいたいくらい」

「それは、だめ……、です」

「じゃあ、いつならゆるしてくれますか」

「あ、う……」

「そうやって声に詰まるの、俺以外にはやらないでね」


遼雅さん以外に、こんなに困ったことなんてない。


「かわいすぎて、たぶん、襲われるから」

「もう、からかわないでください……、はやく、お風呂に入って、眠らないと!」

「うん、じゃあ、俺がベッドにつくまでに、考えておいて」

「う、それ、は」

「ああもう。それ、絶対俺以外にやらないでね」


——可愛すぎて、攫われそうだ。


「たのしみにしています」

「あ、の、」

「ベッドで待っててください。俺のかわいい奥さん」


にっこりと微笑んで、私の頬を撫でてバスルームへと歩いて行ってしまった。

へなへなと倒れ込んでしまいそうな体を叱咤して、おぼつかない足取りで、ベッドに縺れ込んだ。

どうしようもなく混乱していたところまでは、覚えている。


「柚葉さん?」


つまり、私も連日の勤務で、疲れきっているわけで、誰かに耳元で囁かれる音を聞きながら、深く眠りの海にいざなわれてしまった。


「ゆずは?」

「寝顔もかわいいから、まいるな……」



やさしい声が、聴こえていたような気がする。



睡眠の質はとてもよくて、あんなにも悶々としていたことすらすっかり忘れてしまっていた。

やさしい指先が髪を撫でつけている。

おもわず頬ずりしてしまいたくなるようなあたたかい手に、頬がほころんでしまった。

夢うつつに、額に何かが触れて、何度も聞いたようなあまい音を鳴らされた。

夢の中で、遼雅さんの瞳がとろけそうに笑んでいる。


すきだなあ。

誰に告げるでもなく、唐突に思って、目が開いてしまった。


「あ……」

「うん?」


今、私は何を考えていたのだろう。

呆然として、私の顔を覗き込んでいる人と目が合う。しばらく見つめあって、ようやくそれが、夢の中の人と同一人物であることを思い出した。


「りょうが、さん?」

「うん?」


私の声に相槌を打つ遼雅さんは、いつもとびきりあまい。

お仕事中では聞いたことがないくらいにやさしくて、迷子の子ども相手に話しかける人みたいだと思う。

お菓子みたいな甘さで、目が眩んでしまいそうだ。


「夢にも、りょうがさんが……」

「夢?」


夢の中の自分は、何を考えていただろうか。ふいに蘇って、思わず顔をそらしてしまった。


「なんでもないです」

「うん? 気になります」

「まちがえました」

「ううん?」


遼雅さんの胸に顔を押し付けて、必死で隠してみている。

中途半端に告げなければよかった。

頭が働いていなかったとしても、ひどい失態だ。困り果てていれば、上から笑い声が聞こえてくる。


「どうして笑うんですか?」

「あはは、今日の柚葉さんは積極的だなと思って」

「あ、」


あんまりにもつよくしがみつきすぎた。言われてすぐに思いついて、ひどく狼狽える。

離れようとすれば、後ろに回っている腕にあっさりと阻まれてしまった。


「俺は今からでも、いいですよ」

「う、ん? なにが、ですか」


耳の裏をやわく撫でられる。誘うような手つきに耐えきれず顔をあげて、遼雅さんの瞳のひまわりが、ちかちかと揺れているのが見えた。


「もう忘れちゃったんですか」

「う、ん?」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

Perverse second

伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。 大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。 彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。 彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。 柴垣義人×三崎結菜 ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...