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STEP 11 「全部、俺のものだってマーキングしとく」
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集中できそうにない。
ただ呆然と眺めているうちに、すぐに背中から熱に抱きしめられる。肩を八城の腕に抱かれて、彼の匂いを確かめた。
「おかえりなさい」
「ん、ただーいま」
ソファの後ろから抱きしめられているらしい。顔をあげれば首をかしげて笑う八城と目が合った。
「お湯、すぐたまるよ」
「そうなんですか」
「ん、行こう」
肩から離れた手が、私に向けて差し出される。何も言わずに手を伸ばせば、八城はまたうれしそうに笑った。ほんのすこしの距離を歩くだけなのに、今日の八城はずっと手を繋いでいてくれるらしい。
夢の中にいるみたいで、緊張なのか、安らぎなのか、自分が感じている心地が分からない。
ひどく落ち着かない場だと思っていたこの部屋は、すこし転寝してしまうときもあるくらい、安らげる場所になってしまった。
脱衣所にたどり着いて、八城の手が離れる。
「八城さん?」
「名前で呼んでほしい」
茶化すことなくはっきりと口にされて、わずかに狼狽えてしまった。私の瞳を見下ろした八城が、もう一度「呼んで」と囁く。焦がれる人のような声に、胸が捻じれてしまいそうだ。
「春海、さん」
「ん」
「はる、くん?」
「はは、そっちも良いな」
「どっちも、春海さんな感じがします」
「どんな感じ?」
「やさしくて、かっこいいです」
私の好きな名前だ。
本当のことを言うことはできなくて、八城の胸に抱き着いた。触れて静かに瞼を下ろした。誰かの鼓動が聞こえる。他人事のように思ってから、それが自分のものであることに気づいた。
「春海さん」
「ん?」
「すごい、どきどきしています、どうしよう」
「ふは、どきどきしてんの」
「うん、かなり、すごく、大変なくらい」
「触ったら分かるか?」
「うん?」
「触っていい?」
「あ……」
私の身体を抱きしめる腕に優しく撫でられて、顔をあげた。八城の目が熱い。この目を見るたびに、焦がしたカラメルみたいな甘さを感じてしまう。
嫌だと言えば、きっと何もせずに帰してくれる。そんな気がした。
「明菜」
「さわ、ってください……、さわって、ほしい」
はしたないだとか、ふしだらだとか、注意をしてくる人は、ここにはいない。
八城は私の答えに嬉しそうに笑って、顔を寄せてくれた。
唇が触れ合って、静かに離れる。何度も繰り返すうちに優しい指先が、服の上から胸のふくらみに触れた。やわく胸の形を確かめるように触れて、手のひらを静かに押し付けられる。
瞼を瞑った八城の顔を、じっとのぞき込んでいた。
「聞こえる?」
こんなにもうるさくなってしまっている。八城に聞かせられたら、きっとおどろいてくれるだろう。ひそかに期待して笑ったら、瞼をあげた八城が、苦笑してしまった。
「わかんねえわ。……俺がドキドキさせられただけ」
どろどろに甘い瞳が笑っていた。目をまるくしたら、私の手を取って、八城が私と同じように彼の胸に手を触れさせてくれる。
「服の上からじゃわかんねえかな」
「あ、」
ぱっと手を放した八城がネクタイと背広を豪快に脱ぎ捨てた。ワイシャツも首周りのボタンだけを外して、ティシャツのように上から脱ぎ捨てる。あっという間に均整の取れたうつくしい上体が晒しだされて、無意識に目をそらしてしまう。
「あきな」
「う、ん」
「こっち」
柔らかい声に誘われて、ゆっくりと顔をあげる。視界の真ん中で笑っている八城は「まだ恥ずかしいんだ」とからかって、私の手を取った。
「かっこいいから、恥ずかしいんです」
「明菜の前でかっこついてんなら良かった」
細やかに笑いながら、私の手をそっと左胸に押し当ててくれる。私の胸とは違って、しっかりとした硬さのある筋肉だ。こうして触れるのは初めてだから、懲りずに視線が逃げ出しそうになる。
「明菜さん、こっち向いてください」
「……音、集中できないです」
「はは、さすがに聞こえないか?」
「う、ん」
「じゃあ、もっと近くおいで」
「うん?」
胸に触れさせていた手を引かれて、抵抗することなく八城の目の前にたどり着く。首をかしげているうちに八城の腕が私の身体の後ろに回り込んで、そっと抱きしめられる。
「はる、」
「耳、ひっつけたら聞こえるんじゃねえかな」
言葉の通り、優しく頭を引き寄せられて、静かに耳を押し付けた。
息を潜めて瞼を下ろせば、確かに誰かの生命の鼓動が聞こえる。ひっきりなしの拍動が、八城のものなのか、それとも私のものなのか、よく分からない。
そっと顔をあげて八城の表情を伺ったら、優しい指先に頬を撫でられた。
「どうっすか」
「……どきどきです」
「すげえやばいでしょ」
「ううん。もう、春海さんのどきどきなのか、私のどきどきなのか、わかんないです」
「うん?」
「心臓、一緒になっちゃったみたいに動いていて、……お揃いですね」
八城の拍動に私の拍動が追い付いてしまったのか、それとも逆なのか、はじめから同じだったのか分からない。
八城の左胸に生息するいのちの呼吸が、私のものと共鳴して、一つになっているような気さえしてしまった。一つだったら、いいのに、なんて、こころの底から思ってしまう。
「明菜ちゃんとお揃い?」
「ふふ、はい。おんなじ型番です」
「はは、なるほど。じゃあ、一番丁寧に扱います。ずっとここでドキドキしててほしいので」
私のおかしな言葉にも首を傾げたりしないで、優しく笑ってくれた。腕の中でじっと見つめていれば、優しい唇が額に落ちてくる。
「……明菜ちゃん、キスしていい?」
「ふふ、どうして聞くんですか」
「特許申請し忘れてました。ごめんな」
「特許って、ふふ」
「許されますかね?」
「うーん」
くすくすと笑いながら、八城の指先がブラウスの中に侵入してくる。ちらりと見おろそうとしたら、もう片方の手で、顎を掬い上げられてしまった。
「キス、したくてたまんねえっす」
「……私も、です」
「うん、じゃあ、許可取ったから、全部食うわ」
「ぜんぶ?」
「明菜の身体の全部、俺のものだってマーキングしとく」
「ま、……っ、ん、ぅ」
声に出す前に唇に噛みつかれて、意図を問い直すことはできなかった。
口付けながらも器用に服の下に侵入した指先が、背中を丁寧になぞっている。
曖昧な爪先に身体が痺れた。いつも八城に触れられる間、ずっとお腹の奥に感じている原因不明の熱が、今日もまた暴れ始めて、手の打ちようがなくなる。
「は、る」
「明菜」
「……ん、?」
「服、脱がせても良い?」
お風呂に入る前からふらふらになってしまいそうだ。
ようやく止んだ口づけにこころを酔わされて、呆然と八城の瞳を見つめていた。
八城は、ずっと笑っている。とろけそうな笑みなのに、どうしてか瞳はまっすぐで、真剣な問いなのだと気づいてしまう。私に覚悟が備わっているのか、見極められているような気がした。
胸がぎゅうっと切なく痛んでくる。こんな時にも優しい。八城は、ずっと優しい男性だった。小さく笑ったら、八城が首をかしげて私の答えを促してくる。
「……おようふく、は」
「ん」
「脱がせてもらう、もの、です?」
覚悟なら、とっくにできている。今はただ、終わった先の未来の絶望を考えるのが怖い。それだけだ。
忘れようと必死になって、八城の胸に手を寄せた。
引き締まった逞しい胸板だ。確かめるように撫でて、今のうちに瞼に焼き付ける。一回で終わってしまうなら、恥ずかしがって目を逸らしていたらダメだ。全部、覚えていたい。
「そうだな。脱がされるものだよ。覚えておいて」
「う、ん」
「他の野郎のことは知らねえけど、明菜も知る必要ないだろ」
「うん?」
「俺だけ知ってれば、それでいい」
目が回ってしまいそうな熱い言葉だ。身体の奥に響いて、熱が炙り出されてしまう。
何も言えずに頷いたら、八城の指先が、ブラウスのボタンをぷつりと外した。
ただ呆然と眺めているうちに、すぐに背中から熱に抱きしめられる。肩を八城の腕に抱かれて、彼の匂いを確かめた。
「おかえりなさい」
「ん、ただーいま」
ソファの後ろから抱きしめられているらしい。顔をあげれば首をかしげて笑う八城と目が合った。
「お湯、すぐたまるよ」
「そうなんですか」
「ん、行こう」
肩から離れた手が、私に向けて差し出される。何も言わずに手を伸ばせば、八城はまたうれしそうに笑った。ほんのすこしの距離を歩くだけなのに、今日の八城はずっと手を繋いでいてくれるらしい。
夢の中にいるみたいで、緊張なのか、安らぎなのか、自分が感じている心地が分からない。
ひどく落ち着かない場だと思っていたこの部屋は、すこし転寝してしまうときもあるくらい、安らげる場所になってしまった。
脱衣所にたどり着いて、八城の手が離れる。
「八城さん?」
「名前で呼んでほしい」
茶化すことなくはっきりと口にされて、わずかに狼狽えてしまった。私の瞳を見下ろした八城が、もう一度「呼んで」と囁く。焦がれる人のような声に、胸が捻じれてしまいそうだ。
「春海、さん」
「ん」
「はる、くん?」
「はは、そっちも良いな」
「どっちも、春海さんな感じがします」
「どんな感じ?」
「やさしくて、かっこいいです」
私の好きな名前だ。
本当のことを言うことはできなくて、八城の胸に抱き着いた。触れて静かに瞼を下ろした。誰かの鼓動が聞こえる。他人事のように思ってから、それが自分のものであることに気づいた。
「春海さん」
「ん?」
「すごい、どきどきしています、どうしよう」
「ふは、どきどきしてんの」
「うん、かなり、すごく、大変なくらい」
「触ったら分かるか?」
「うん?」
「触っていい?」
「あ……」
私の身体を抱きしめる腕に優しく撫でられて、顔をあげた。八城の目が熱い。この目を見るたびに、焦がしたカラメルみたいな甘さを感じてしまう。
嫌だと言えば、きっと何もせずに帰してくれる。そんな気がした。
「明菜」
「さわ、ってください……、さわって、ほしい」
はしたないだとか、ふしだらだとか、注意をしてくる人は、ここにはいない。
八城は私の答えに嬉しそうに笑って、顔を寄せてくれた。
唇が触れ合って、静かに離れる。何度も繰り返すうちに優しい指先が、服の上から胸のふくらみに触れた。やわく胸の形を確かめるように触れて、手のひらを静かに押し付けられる。
瞼を瞑った八城の顔を、じっとのぞき込んでいた。
「聞こえる?」
こんなにもうるさくなってしまっている。八城に聞かせられたら、きっとおどろいてくれるだろう。ひそかに期待して笑ったら、瞼をあげた八城が、苦笑してしまった。
「わかんねえわ。……俺がドキドキさせられただけ」
どろどろに甘い瞳が笑っていた。目をまるくしたら、私の手を取って、八城が私と同じように彼の胸に手を触れさせてくれる。
「服の上からじゃわかんねえかな」
「あ、」
ぱっと手を放した八城がネクタイと背広を豪快に脱ぎ捨てた。ワイシャツも首周りのボタンだけを外して、ティシャツのように上から脱ぎ捨てる。あっという間に均整の取れたうつくしい上体が晒しだされて、無意識に目をそらしてしまう。
「あきな」
「う、ん」
「こっち」
柔らかい声に誘われて、ゆっくりと顔をあげる。視界の真ん中で笑っている八城は「まだ恥ずかしいんだ」とからかって、私の手を取った。
「かっこいいから、恥ずかしいんです」
「明菜の前でかっこついてんなら良かった」
細やかに笑いながら、私の手をそっと左胸に押し当ててくれる。私の胸とは違って、しっかりとした硬さのある筋肉だ。こうして触れるのは初めてだから、懲りずに視線が逃げ出しそうになる。
「明菜さん、こっち向いてください」
「……音、集中できないです」
「はは、さすがに聞こえないか?」
「う、ん」
「じゃあ、もっと近くおいで」
「うん?」
胸に触れさせていた手を引かれて、抵抗することなく八城の目の前にたどり着く。首をかしげているうちに八城の腕が私の身体の後ろに回り込んで、そっと抱きしめられる。
「はる、」
「耳、ひっつけたら聞こえるんじゃねえかな」
言葉の通り、優しく頭を引き寄せられて、静かに耳を押し付けた。
息を潜めて瞼を下ろせば、確かに誰かの生命の鼓動が聞こえる。ひっきりなしの拍動が、八城のものなのか、それとも私のものなのか、よく分からない。
そっと顔をあげて八城の表情を伺ったら、優しい指先に頬を撫でられた。
「どうっすか」
「……どきどきです」
「すげえやばいでしょ」
「ううん。もう、春海さんのどきどきなのか、私のどきどきなのか、わかんないです」
「うん?」
「心臓、一緒になっちゃったみたいに動いていて、……お揃いですね」
八城の拍動に私の拍動が追い付いてしまったのか、それとも逆なのか、はじめから同じだったのか分からない。
八城の左胸に生息するいのちの呼吸が、私のものと共鳴して、一つになっているような気さえしてしまった。一つだったら、いいのに、なんて、こころの底から思ってしまう。
「明菜ちゃんとお揃い?」
「ふふ、はい。おんなじ型番です」
「はは、なるほど。じゃあ、一番丁寧に扱います。ずっとここでドキドキしててほしいので」
私のおかしな言葉にも首を傾げたりしないで、優しく笑ってくれた。腕の中でじっと見つめていれば、優しい唇が額に落ちてくる。
「……明菜ちゃん、キスしていい?」
「ふふ、どうして聞くんですか」
「特許申請し忘れてました。ごめんな」
「特許って、ふふ」
「許されますかね?」
「うーん」
くすくすと笑いながら、八城の指先がブラウスの中に侵入してくる。ちらりと見おろそうとしたら、もう片方の手で、顎を掬い上げられてしまった。
「キス、したくてたまんねえっす」
「……私も、です」
「うん、じゃあ、許可取ったから、全部食うわ」
「ぜんぶ?」
「明菜の身体の全部、俺のものだってマーキングしとく」
「ま、……っ、ん、ぅ」
声に出す前に唇に噛みつかれて、意図を問い直すことはできなかった。
口付けながらも器用に服の下に侵入した指先が、背中を丁寧になぞっている。
曖昧な爪先に身体が痺れた。いつも八城に触れられる間、ずっとお腹の奥に感じている原因不明の熱が、今日もまた暴れ始めて、手の打ちようがなくなる。
「は、る」
「明菜」
「……ん、?」
「服、脱がせても良い?」
お風呂に入る前からふらふらになってしまいそうだ。
ようやく止んだ口づけにこころを酔わされて、呆然と八城の瞳を見つめていた。
八城は、ずっと笑っている。とろけそうな笑みなのに、どうしてか瞳はまっすぐで、真剣な問いなのだと気づいてしまう。私に覚悟が備わっているのか、見極められているような気がした。
胸がぎゅうっと切なく痛んでくる。こんな時にも優しい。八城は、ずっと優しい男性だった。小さく笑ったら、八城が首をかしげて私の答えを促してくる。
「……おようふく、は」
「ん」
「脱がせてもらう、もの、です?」
覚悟なら、とっくにできている。今はただ、終わった先の未来の絶望を考えるのが怖い。それだけだ。
忘れようと必死になって、八城の胸に手を寄せた。
引き締まった逞しい胸板だ。確かめるように撫でて、今のうちに瞼に焼き付ける。一回で終わってしまうなら、恥ずかしがって目を逸らしていたらダメだ。全部、覚えていたい。
「そうだな。脱がされるものだよ。覚えておいて」
「う、ん」
「他の野郎のことは知らねえけど、明菜も知る必要ないだろ」
「うん?」
「俺だけ知ってれば、それでいい」
目が回ってしまいそうな熱い言葉だ。身体の奥に響いて、熱が炙り出されてしまう。
何も言えずに頷いたら、八城の指先が、ブラウスのボタンをぷつりと外した。
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