不埒に溺惑

藤川巴/智江千佳子

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STEP 11 「明菜のもんなら何でも可愛く見えんだよね」

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 一つひとつ留められたボタンを、丁寧に、見せつけるように外していく。これから八城に抱かれるのだということを、はっきりと自覚させられるような時間だった。

 熱を孕んだ瞳がじっと見下ろしている。

 私の身体には、そんなに熱心に見つめてもらえるような価値があるのだろうか。不安になっても、八城が答えをくれるはずもない。ただ、じっと瞳を覗き込んだら、ブラウスを私の肩から抜き取った八城が、無言でキスをくれた。

 何度も触れ合わせながら腰を抱かれて、ぴったりと身体が触れ合う。下着以外何も身に着けていない上体同士が触れ合って、熱が絡んだ。

 私の肩がぴくりと上ずっても、八城に贈られるキスはやみそうにない。

 やまないキスに酔って、腰を撫でていた指先がスカートのチャックを下げたのをぼんやりと感じた。

 音を立てて吸い付いてくる唇を受け入れている間にするりとスカートが床に落ちる。脚から布が落ちていくのを感じて無意識に頭を俯かせようとしたら、不意打ちでキスが深められた。

 全てを奪い尽くす八城の熱で、何も考えられなくなる。

「ん、……っ、」

 誘うように擦りつけられる舌を追って、夢中で触れ合わせる。

 八城の肩に両腕を回して、ただ彼の舌の熱を感じているうちに、ぷちりと背中から胸を圧迫していた何かが剥がれた。

 私の肩の上に乗ったランジェリーストラップが、八城の指先に弄ばれる。

「明菜」
「ん、……は、い」
「腕、すこしだけ離そうか」
「離れるの?」

 思わず口を突いて出た本音に、八城が小さく苦笑してもう一度軽く口づけてくれる。

 彼が、すこしだけ唇を離して「三秒だけ、離れて、すぐくっつき直す」と囁いた。

「三秒も、ですか」
「じゃあ、ニ秒」
「うん」

 腕から離れて見上げていれば、優しい指先で、下着のストラップを肩から落とされた。

 重力に従って、ランジェリーがこぼれ落ちる。最後まで見つめる隙もなく、八城の腕に抱き直された。

 素肌が触れ合う。優しい熱に、微睡んでしまいたくなった。こんなにも緊張しているのに、安心できるなんて不思議だ。

「明菜、あったけえ」
「春海さんのほうが、熱いです」
「そ? 明菜に興奮してるからだわ」
「してる?」
「してるしてる」

 軽い口調で笑いながら、やわやわと腰に触れて、ショーツの際をなぞってくる。

 私ばかりが裸になっていることに気づいて肩に回していた腕を放したら、「なに」と笑われてしまった。八城の腕の中でもぞもぞと手を動かして、八城のスラックスに触れる。

「ん? 明菜ちゃん、どうしたんすか」
「……このベルト、どうやって外すんですか?」
「はは、脱がしてくれようとしてんの」
「だって、私ばっかり、です」

 喋りながらも八城の手がゆっくりとショーツを下げてくる。熱い手のひらにお尻をなぞられて肩が上ずった。

「おしり、」
「ん?」
「なんで、撫でるんですか?」
「何で? あー、かわいいから?」
「お尻は可愛くないような……」
「明菜のもんなら何でも可愛く見えんだよね」
「私も、春海さんのお尻、かわいいのかな」
「俺のケツ? あはは、どうだろうね。こんなに柔らかくないと思う」

 八城は喉の奥で低く笑いながら、私が履いているショーツを簡単に脱がせて、するりと床に落とした。

 ベルトに苦戦している間に、全てを脱がされてしまったらしい。吃驚して八城を見上げれば、あまく微笑まれる。

「脱がせるのが、お上手です」
「それは褒められてる気がしないんだけど……」
「私もできますかね」
「いや、できなくていいよ。俺に食われる準備だけでいいです」
「くわ、」

 八城は私の手の上からするするとベルトを解いて、簡単に床に落とした。

 私の目の前でスラックスの留め具を外して、簡単に脱ぎ落とす。鮮やかな動きに呆然として、耳元に言葉を吹き込まれた。

「お着替え見てんの、楽しい?」

 くつくつと笑われて、弾かれるように身体を背けた。

 全部を見て瞳に焼き付けようと決めていたのに、急激に恥ずかしくなってくる。一人で慌てているうちに衣擦れの音が途切れて、振り返る前に後ろから抱き着かれた。

「ひ、ぅ」
「おーわり。入ろっか」
「も、着替え終わった、んですか」
「ん、明菜風邪ひくだろ」

 抱き着いたまま私の身体を押してくる。

 素足に八城の肌の熱が触れて、身体が痺れる。バスルームの扉を開かれて足を踏み出したら、私の部屋のものとは比べ物にならない広さの浴槽が見えて、小さく安堵してしまった。

「明菜、椅子座って」
「うん?」
「ここ、どうぞ」

 目のまえにバスチェアを置かれ、背中を押されるままに座り込んだ。

 眼前に備え付けられている鏡は綺麗に曇っていて、またすこしだけ安堵する。シャワーを手に取った八城が指先で水温を確認しているのを感じながら周りを見回していた。

「広いですね」
「あー、風呂が広い部屋で探したからね」
「足、まっすぐ伸ばせそ、きゃ、」

 会話している間に背中にお湯をかけられて、思わず声が出てしまった。振り返ったら、しゃがんだ八城がけらけら笑っている。

「びっ、くり、です」
「あはは、ごめん。身体洗いますよ」
「ええ、いや、自分で」
「男に洗ってもらうもんだよ」
「……うそ、ついてないですか?」
「俺は洗ってあげたい」

 まっすぐに言われてしまえば、断るすべがない。何も言えずに頷いたら、後ろから伸びた腕がスポンジを手に取った。

 簡単に泡立てたスポンジを背中に押し当てられてぴくりと反応してしまう。八城は小さく笑いつつ撫でるように泡を塗りたくっていた。

「腕出して」
「は、い」

 丁寧に磨き上げられながら、横に移動してきた八城と目線が合う。

「痛くない?」
「きもちいい、です」
「ん」

 心臓がずっとうるさい。一生分のどきどきを、奪われているような気さえしてしまう。

 丁寧に腕を洗い終えた八城に首筋を洗われて、耐えられずに瞼を下した。すべてを見られてしまっている。八城の目はずっと、私の身体の全部を見逃すまいとしているかのように力強くて、まなざしだけで身体の奥がおかしくなってしまう。

「……ん、」

 首筋から鎖骨に流れて、優しい力で胸元をなぞるようにまるく触れられる。ただそれだけでおかしな声が出て、ぎゅっと唇を噛んだ。

「明菜」
「う、ん」
「声、我慢しないで出せ」
「……そ、ういう、もの?」
「ん、そう」

 当然のように言いながら、八城の手が休むことなく胸のふくらみをなぞって、腹に降りた。

「足、出して」
「う、ん」

 跪いた八城に足の爪先を丁寧になぞられて、ふとももまでのラインを優しく擦られる。おかしな声が出ても、八城は甘く笑うだけだ。もう、八城に触れられると変な声が出てしまうのは、可笑しいことではないのだと思い込むことにして、ただ、彼の指先を見つめていた。

 太ももをなぞるスポンジが股に触れかけた時、どうしようもなく恥ずかしくて、とうとう八城の手に縋りついてしまう。

「ん?」
「だ、め」
「ダメ?」
「その、自分で……、します」
「……マジでかわいいわ」

 苦笑する八城の手からすばやくスポンジを奪って、胸元で隠し持つ。私の姿を見遣った八城は、苦笑を引っ込めてけらけらと笑っていた。

「じゃあ、洗い終わったら声かけて」
「は、い」
「後ろ向いときます」
「た、すかります」

 口に出した通りに後ろを向いた八城の姿を確認して、息を吐く。

 急いで身体のすべてを洗って、シャワーで流した。スポンジの泡を洗い流して、もう一度ボディソープを乗せる。

「明菜?」

 何も言わずに近寄って、広い背中に泡立てたスポンジを触れさせた。優しい力で擦ってみれば、小さな笑い声が聞こえてくる。

「なに」
「仕返しです」
「洗ってくれんの」
「うん」
「マジ可愛いね」
「じゃあ、先にしてくれた春海さんもとってもかわいいです」
「あはは、可愛いいただきました」
「ふふ、椅子、座ってください」
「ん」

 場所を交代して八城がしてくれたように背中と腕を洗う。逞しい腕をまじまじと見つめながら、やっぱりさっきの八城に、私の身体も全部を見られてしまったのだと再認識してしまった。

「痛くないですか」
「ん、気持ちいいですよ」
「真似してますか?」
「いや?」

 明らかにからかっている八城を咎めるように首筋にスポンジを持って行って、膝立ちになりながら鎖骨周りを擦る。真剣に身体を洗っていたら、上から見おろす視線に気づいた。

「……じっと見ないで」
「明菜も真剣に見てるじゃん」
「はるうみさん、なんか、目が」

 ——今にも、食らいつかれそうな気がするような、鋭い目だ。

「目が?」
「……な、んでもないです」
「そ?」

 視線を逸らしながら、胸板に触れて、丁寧にスポンジを滑らせた。お腹の真ん中を擦っているうちに、上からやんわりと手首を掴まれる。

「うん?」
「もういいよ」
「まだ、足が」
「あんま触れられると我慢できなくなるから、この辺で」
「……がまん、してるの」
「そりゃもう」

 ぱっとスポンジを奪われて、優しい指先に頬を撫でられた。

「明菜」
「う、ん?」

 スポンジを掴む腕に抱き寄せられて、躊躇わずに近づくと顔を寄せた八城に柔らかく口づけられた。
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