不埒に溺惑

藤川巴/智江千佳子

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epilogue

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「……私のご飯、毎日食べる方は」
「うん」
「八城さんが思うような、普通の、優しい、一般的な家庭は、むずかしい、と思います」

 それでも一緒に居たいと思っていることは、私が八城の服を握りしめる手の力を見れば、すぐにわかってしまうだろう。八城はすこしも考えるそぶりを見せずに私に口づけて、優しい答えを囁いた。

「たしかになあ。でも、明菜ちゃんいないとそもそも俺のほしい家庭にならないし」
「わ、たしが必要、です?」
「明菜としかするつもりないんで。……俺たちだったら、普通で一般的じゃなかったとしても、あったかい家庭はできるだろ」
「あったかい家庭?」
「明菜の飯みたいな優しい家」
「ごはん?」
「そ。ぜってえ毎日帰ってきたくなる、最強の家」

 そんなふうに思ってくれているとは知らなかった。愛おしい秘密に胸がときめいてしまう。

「ふふ」
「明菜の結婚相手の座は、普通に俺がもらうって決めてます。知ってるよな?」
「……本気の勝負だとは、思ってなかったです」
「明菜に関してはいつも本気だっての。覚えとけ」

 付き合い始めて一か月の女性に、こんな言葉を言うものなのだろうか。

 何度も結婚を意識したことを言われていたけれど、姉のこともあってはぐらかしていた。八城には、気づかれていたのかもしれない。ここぞとばかりに攻められて、キスを仕掛けられては小さく頷いた。私は、浮かれて、八城の優しい言葉のすべてを、信じきってしまう。じっと見つめたら、優しい瞳にたっぷりと溺れる自分が見えた。

「勝負事は負ける気ないから」
「そんな、誰もエントリーしてないですよ」
「周りにエントリーさせないとこから営業の勝負は始まってるんですよ」

 八城が言うと、本当に営業のテクニックだと実感できるからおそろしい。

「恐れ入ります」
「不埒なやつで、すんません」
「そういうところもかっこいいです」

 小さく笑って、誘惑されるままに八城の唇に吸い付いた。八城春海という人は、期待して見つめていたら、その通りにしてくれてしまうような完璧でスマートな男性だ。私にあまりにも都合がよすぎて、笑ってしまった。

「明菜ちゃん楽しそうだな」
「だって……」
「敬語、外せって言ったろ」
「あ……、敬語でした?」
「ほら」

 昨日、散々ベッドの上で注意されたから、どうにかしようと思っていたのに、話しているうちにすっぽりと抜けていた。わずかに及び腰になった私に気づいた八城が、がっちりと腰に腕を巻き付けてくる。

「ん、ねえ、今日はもう、」
「覚えるまで、手取り足取り、丁寧に指導しますよ」
「んん、まだ、朝」

 八城が仕掛けてくるゲームは、つねに不埒だと思う。恋人の遊びは、私にはいつも難しすぎる。恨めしくなって睨んでみたら、私の睨みさえも楽しそうに受け流す上級者が、首筋に吸い付いてきた。

「っ、はるくん」
「うん、それは言えるんだ」
「ねえ、普通の恋人は、朝からこんな、えっちな遊び、する、の?」
「不埒な俺も好きなんだろ」
「いみが、ちがう」

 昨日、散々熱を込められた下腹部をきゅっと手のひらで押されて、ぞわぞわとおかしな気分が植え付けられる。するすると触れてくる手首を必死で掴んだら、耳元に八城の笑い声が触れた。手首を掴んだはずなのに、私の下腹部に触れていた指先がするりと動いていつものようにぴったりと絡みあわされる。

「じゃあ、だいたいの恋人は、日曜は朝っぱらからセックス三昧ってことにするわ」
「それは絶対ウソです」
「はは、バレた」

 小さく笑った八城が顔を寄せてくれる。本当に、二人で過ごす休日の八城は、ずっととろけてしまいそうなくらいに甘い。我慢できずに誘われるまま唇を寄せたら、やわらかい熱に啄まれた。

 何度も重なって、ゆっくりと離れる。

「明菜の沼、深いわ」
「沼?」
「ずぶずぶに溺れて、一生手放せなさそう」

 つながった指先に何度もキスを贈られる。一頻り口付けて満足したらしい八城が、繋がっている私の右手を、彼の目の前へと優しく引っ張った。私の手を開かせて、じっくりと見つめている。

 私の手のひらには、八城がつけた痕がくっきりと浮かんでいる。しばらくなくなっていたのに、昨日の夜に、なかなか敬語が抜けない私を見るたびに八城が何度も吸い付いてつけていた。

「ま、手放す気、ねぇし。いいか」

 私の痕を、八城の指先が甘くなぞる。今度は私がその手のひらを取って、八城が昨日してくれたように、親指の付け根あたりに吸い付いた。痕をつけるのが本当に下手だから、つかないことはもう知っている。

 何度か試してみて、うまくつかないことを確認してから八城の顔を覗き込めば、すでに肩を揺らして笑われている。どこまでもたのしそうな瞳と視線が絡んだ。

「笑ってる」
「いや、もう、明菜のいたずらが可愛くて」
「つけるの、難しいの」
「あー、マジで、今日もまいりました」
「まいってない」
「もう、ずぶずぶに溺れてんだけど、まだ突き落とすんすか」

 からかった口調なのに、本音に聞こえるからずるい。予告なく、熱い瞳で私を見つめながら、ぐっと顔を寄せてくる。軽いキスだと思い込んでのんきに誘われたら、そのままソファに押し付けられて、深く舌を伸ばされた。

「……っ、ん、ふ」
「あきな」
「ん、」
「もう、俺は溺れきってるから、朝から誘惑してくる不埒な明菜ももちろん道連れにしていいよな」

 八城の理論の前で、どこまでも深みに嵌っている。はじめて声を聞いた瞬間から、溺れ続けているのは私だ。

「誘惑してな、」
「それはどうかな」
「あ、ちょ、っと」
「明菜、全部食っていい?」
「はるく、ん」

 八城は、本当に食べるのが好きな男性だと思う。

 心底理解しているのに、不用意に手のひらに口づけてしまった自分を嘆きながら、服を乱してくる熱に溶かされて、どろどろと不埒に溺れた。

「じゃあ、遠慮なく、明菜の全部食うから」




 ぺろり。





 八城春海は、私をどこまでも溺れさせる、不埒な人だ。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

丼ママ
2025.07.24 丼ママ

41話の前半の内容が、
前話の内容と一部重複しているように 
思います〜

ドキドキのシーンなので、
ドラマの「前回のおさらい!」みたいな
感じもしますが、、、
お気づきでないようであれば
念の為お伝えしておきまーす!

解除

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