僕は勇者に救われたくない

御堂あゆこ

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本編

05. 琥珀色の瞳の青年

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 任務地の仮設駐屯地は、夕刻を過ぎても喧噪が収まらなかった。補給の荷馬車が到着し、各班が慌ただしく資材を運び込んでいる。
 僕は記録用の魔力測定器を片づけ、荷の流れを避けるように歩いていた。
「……東雲副隊長、ですよね」
 不意に呼び止められて振り返ると、まだあどけなさを残す顔立ちの青年が、真っすぐこちらを見ていた。
 その視線に、なぜだか既視感めいた感覚がよぎる。
 制服はまだ新品に近く、肩章には訓練兵を示す印。身長は僕と同じくらいだが、よく鍛えられた筋肉が宿っている。
「……そうですが、君は?」
天城あまぎレオニスです! 訓練兵として、今回の任務に同行させていただきます。ご指導のほど、よろしくお願いします!」
 訓練兵からの上官に対する挨拶にしては、視線に妙な熱が宿っているように感じた。
 若さ特有の真っ直ぐさと言ってしまえばそれまでだ。だが、その熱は“憧れ”や“敬意”だけではない何かを含んでいるように思えた。
「そうですか。任務に支障が出ないよう、体調管理を怠らないように」
 形式的に答えて視線を外す。だが、彼の眼差しは背を向けてもなお、じりじりと焼きつくように残った。
 その感覚に、足がわずかに止まりかける。――なぜだろう。初対面のはずなのに。
「千景」
 前方から、自分の名を呼び捨てる落ち着いた声が届いた。エルダーフレイム隊長、リュカ=ヴァレリウスだ。
 出会った当初、彼のあまりにも簡潔すぎる報告と寡黙な態度に戸惑ったものだ。
 さらに、やけに距離の近い話し方や仕草にも落ち着かない思いをした。
 だが、この五年間数えきれない任務と日常を共にするうちに、彼の冷静さや確実な仕事ぶりを知り、困惑も戸惑いも自然と薄れていった。
 互いの能力のすべてを知っているわけではないのに、なぜか妙に息が合うのが不思議だった。
「調査班の記録は済んだか?」
「はい。測定値は本部の想定をかなり上回っています。やはり、魔力増幅装置の影響かと」
「ふむ……王都の説明では“誤差の範囲”らしいが、現場の空気はそうはいかないな」
 隊長は歩きながら、荷馬車から運び出される資材や作業員の動きを一瞥した。
「本部の調査結果によると、このあたりの精霊は姿を見せなくなっている。……中には、痕跡ごと消えてしまった者もいるらしい」
「……そうですか」
 短く返し、歩調を合わせる。
 痕跡ごと消えた――それは精霊に限った話ではなく、中には人間も混じっていた。そして、姿だけではなく、魂そのものの気配まで完全に途絶えている者がいる。
 これが何を意味するのか、僕はアブソーバとして嫌というほど知っていた。だが、それを口にすることは許されない。

「千景、少し痩せたか?」
 言いながら、隊長はためらいもなく僕の上腕に手を置く。指先が生地越しに身体の線をなぞり、微かな熱が染み込んでくる。
 以前なら身構えたその距離感も、今では呼吸のように受け入れてしまっていた。
「……そうでしょうか」
「千景は、自分で思うよりずっと頼りにされている。……だから、たまには私を頼ってくれ。すべてを一人で背負う必要はない」
 軽く肩を叩かれ、苦笑を返す。
「ありがとうございます、ヴァレリウス隊長」
 通りすがりの兵に聞こえないよう、リュカがわずかに身を寄せる。
「……リュカでいいと、言っただろう」
 低く落とされた声が、耳のすぐそばを掠めた。
「……失礼しました。リュカ隊長」
 口調はいつも通りを装えたが、胸の奥がわずかに跳ねるのを自覚する。
 そのとき、背中に、じわりとした熱のような存在感が触れた。
 振り向いた人混みの向こうで、訓練兵――天城レオニスが立っていた。
 夕陽を受けた琥珀色の瞳が、熱を帯びて僕を離さなかった。

***
【作者コメント】
 ここまで読んでくださりありがとうございます。
 次話では、千景を見つめる訓練兵――天城レオニスの視点から、十年間の想いが語られます。
***
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