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本編
06. 夜に重なる二つの温もり
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翌日。今回の任務地は、紅葉の盛りを過ぎた山間地帯だった。
昼は陽射しがまだ暖かいが、日が落ちれば風が冷える。森はしんと静まり、遠くの尾根からは雪の匂いが流れてきていた。
資材搬入班の集合場所へ向かうと、すでに天城が到着していた。
班の面々や補助で来ていた年配の兵たちと談笑しながら、彼を中心にした輪が自然に出来上がっている。
「頼りにしてるぞ、天城」
「はい、任せてください」
明るく返す声に、周囲の顔がほころぶ。立場や年齢に関係なく距離を縮めてしまう――そんな空気が彼にはあった。
特別なことはしていないように見えるのに、言葉を交わす相手の緊張がほどけていく。
……あれは生まれつきなのか、それとも意図してやっているのか。
不思議な男だ。人と関わるのが苦手な僕から見れば、ああいう自然な距離の詰め方は、特別な才能のように思えた。
出発準備が整い、班分けが告げられる。急な物資不足で編成が変わり、僕と天城は現地の小道を往復する補助班に加わることになった。
本来なら新人は複数名で行動するが、今回は急遽の班替えで、結果として二人きりになった。
「東雲副隊長、こっち持ちます!」
荷を積んだ背嚢を背負い直し、彼は軽く笑う。訓練兵らしいはきはきした若さと、周囲の空気をぱっと明るくするような声。
僕は短く礼を言い、先へ進んだ。
日没間際、駐屯地へ戻る道すがら、急な突風が木々を揺らした。続いて降り出した雨は、あっという間に冷たく強いものへと変わる。
「……天気、こんな予報じゃなかったのに」
天城の声に顔を上げると、稲光が遠くの山肌を走った。
このままでは森を抜ける前に濡れきってしまう。僕は視線を走らせ、かつて林業用に使われていた小屋を見つける。
「今日はあそこで待機しましょう。夜明けを待って戻ります」
そう告げ、扉を押し開けた。中は埃っぽいが、雨風はしのげそうだった。炉に火を起こし、荷物を乾かす。夜は交代で見張りをすることにし、僕が先に休ませてもらう。
交代の時間になり、外套の襟を立てて小屋を出た。月明かりのない森は、耳まで冷たくなるほどの静けさをたたえている。
吐く息が白くほどけた瞬間、背後から影が回り込み、背中を包み込むように腕が回された。
「……冷えるだろう」
耳もとに落ちる声は低く掠れ、温かい風が首筋をなぞる。
逃れようとすれば、指先をきつく絡め取られた。手袋越しでも、そこからじわりと熱が這い上がってくる。
「震えているな。……もっと、温めてやろうか」
吐息がこめかみにかかるたび、冷えていたはずの頬が熱を帯びる。
背を預けた胸元は優しく、しかし離れようとすれば押し返すように密着してきた。
「んっ……」
自分の声が掠れるのがわかり、唇を噛んで誤魔化した瞬間、ふっと圧が緩み、その気配は闇に溶ける。
残された熱が、脈と一緒に全身を巡っていた。
その余韻を引きずったまま振り向くと、そこに立っていたのは天城だった。
「……あの、外は冷えるので」
差し出されたのは、彼の外套だった。
「自分ので十分です」
「いえ。僕は見張り中、訓練がてら動いてましたし、副隊長はその……痩せてますから」
半ば押しつけるように肩へ外套を掛けてくる。森の風と太陽のような匂いが、わずかに彼自身の体温を帯びていた。
言葉の選び方は稚拙だが、その手つきは妙に慎重で、体温がじわりと伝わる。
「……ありがとう、ございます」
天城は外套を渡した後も僕の顔をじっと見つめていた。
「他に何か?」
「い、いえ……!」
慌てて目を逸らした天城の耳が、ほんのり赤く染まっていた。
――こういう素直な優しさに触れたのは、久しぶりだ。
何かを思い出しかけたような気がしたが、その輪郭はすぐに夜の冷たい空気に溶けていった。
***
【作者コメント】
次話では、再び天城レオニスの視点で、この夜から一年後を描きます。
千景と任務にあたる日々の中で、その優しさが彼の心に静かな恋の灯をともします。
***
昼は陽射しがまだ暖かいが、日が落ちれば風が冷える。森はしんと静まり、遠くの尾根からは雪の匂いが流れてきていた。
資材搬入班の集合場所へ向かうと、すでに天城が到着していた。
班の面々や補助で来ていた年配の兵たちと談笑しながら、彼を中心にした輪が自然に出来上がっている。
「頼りにしてるぞ、天城」
「はい、任せてください」
明るく返す声に、周囲の顔がほころぶ。立場や年齢に関係なく距離を縮めてしまう――そんな空気が彼にはあった。
特別なことはしていないように見えるのに、言葉を交わす相手の緊張がほどけていく。
……あれは生まれつきなのか、それとも意図してやっているのか。
不思議な男だ。人と関わるのが苦手な僕から見れば、ああいう自然な距離の詰め方は、特別な才能のように思えた。
出発準備が整い、班分けが告げられる。急な物資不足で編成が変わり、僕と天城は現地の小道を往復する補助班に加わることになった。
本来なら新人は複数名で行動するが、今回は急遽の班替えで、結果として二人きりになった。
「東雲副隊長、こっち持ちます!」
荷を積んだ背嚢を背負い直し、彼は軽く笑う。訓練兵らしいはきはきした若さと、周囲の空気をぱっと明るくするような声。
僕は短く礼を言い、先へ進んだ。
日没間際、駐屯地へ戻る道すがら、急な突風が木々を揺らした。続いて降り出した雨は、あっという間に冷たく強いものへと変わる。
「……天気、こんな予報じゃなかったのに」
天城の声に顔を上げると、稲光が遠くの山肌を走った。
このままでは森を抜ける前に濡れきってしまう。僕は視線を走らせ、かつて林業用に使われていた小屋を見つける。
「今日はあそこで待機しましょう。夜明けを待って戻ります」
そう告げ、扉を押し開けた。中は埃っぽいが、雨風はしのげそうだった。炉に火を起こし、荷物を乾かす。夜は交代で見張りをすることにし、僕が先に休ませてもらう。
交代の時間になり、外套の襟を立てて小屋を出た。月明かりのない森は、耳まで冷たくなるほどの静けさをたたえている。
吐く息が白くほどけた瞬間、背後から影が回り込み、背中を包み込むように腕が回された。
「……冷えるだろう」
耳もとに落ちる声は低く掠れ、温かい風が首筋をなぞる。
逃れようとすれば、指先をきつく絡め取られた。手袋越しでも、そこからじわりと熱が這い上がってくる。
「震えているな。……もっと、温めてやろうか」
吐息がこめかみにかかるたび、冷えていたはずの頬が熱を帯びる。
背を預けた胸元は優しく、しかし離れようとすれば押し返すように密着してきた。
「んっ……」
自分の声が掠れるのがわかり、唇を噛んで誤魔化した瞬間、ふっと圧が緩み、その気配は闇に溶ける。
残された熱が、脈と一緒に全身を巡っていた。
その余韻を引きずったまま振り向くと、そこに立っていたのは天城だった。
「……あの、外は冷えるので」
差し出されたのは、彼の外套だった。
「自分ので十分です」
「いえ。僕は見張り中、訓練がてら動いてましたし、副隊長はその……痩せてますから」
半ば押しつけるように肩へ外套を掛けてくる。森の風と太陽のような匂いが、わずかに彼自身の体温を帯びていた。
言葉の選び方は稚拙だが、その手つきは妙に慎重で、体温がじわりと伝わる。
「……ありがとう、ございます」
天城は外套を渡した後も僕の顔をじっと見つめていた。
「他に何か?」
「い、いえ……!」
慌てて目を逸らした天城の耳が、ほんのり赤く染まっていた。
――こういう素直な優しさに触れたのは、久しぶりだ。
何かを思い出しかけたような気がしたが、その輪郭はすぐに夜の冷たい空気に溶けていった。
***
【作者コメント】
次話では、再び天城レオニスの視点で、この夜から一年後を描きます。
千景と任務にあたる日々の中で、その優しさが彼の心に静かな恋の灯をともします。
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