12 / 68
本編
09. 決意
しおりを挟む
数週間が過ぎた。
その間、レオは幾度となく僕に質問を重ね、任務中には不器用ながら必死に仲間を助けようとしていた。
僕もまた、副隊長として、危ういほど真っ直ぐな彼を支えてきた。
彼はそれに気づいているのかいないのか、折に触れて僕を真っ直ぐに見ては、感謝を告げてくる。そのたびに、胸の奥に微かなざわめきが走り、わずかに呼吸が揺れた。
まだ陽も昇りきらぬ早朝、その日は雪が積もり、靴底が地面に軋む音を立てる。
鍛錬のために訓練場へ向かうと、既に数人の新人が体を動かしていた。その輪の中で、ひときわ目を引いたのはレオの姿だった。
彼は大きな木剣を振り下ろし、雪煙を散らす。素人じみた乱暴さはなく、むしろ、一本の線を描くような淀みのない動き。体格や筋力だけでなく、余計な力を削ぎ落とす勘の良さがあった。
思わず足が止まった。なぜ彼にだけ目が向いたのか、自分でも理由がわからない。
「やるな、天城!」
「飲み込みが早いな!」
周りの新人たちが口々に声をかける。
彼は汗をぬぐいながら、少し照れたように笑った。
「ありがとう! 毎日鍛錬を欠かさなかった成果がやっとでてきたかな」
仲間からの声をそのまま受け取り、ああも無防備に笑えるのか。
「でも、自分ひとりじゃここまで動けるようになるのは絶対に無理だったと思う。東雲副隊長の動きを真似したり、それでもわからないことは質問して指導してもらったんだ」
「副隊長……!? めちゃくちゃ美人だけど……何考えてるかわからなくて怖い人だと思ってた」
「お、お前……命知らずだな」
――やっぱり、僕はそんなふうに見られているのか。
「確かに綺麗だけど、怖くなんかない。副隊長はいつも冷静で、誰より周りを支えてる」
――まただ。
どうしてこの男は、そんなふうに迷いなく言えるのか。
人前で素直に自分の気持ちをさらけ出すこと。それがあんなに自然にできるなんて。僕にはとうてい真似できない。
彼の笑顔を見るたびに、好ましいと思う自分と、羨望する自分が交錯した。だがそれでも、彼の瞳に宿る気持ちは偽りではないと思えた。
「千景、ここにいたのか」
低い声に振り返ると、朝の光を背にリュカ隊長が立っていた。
「隊長……おはようございます」
「ああ、おはよう。朝から悪いが隊員を全員集めてくれ。国からの通達があった」
隊員が集合し、しばしのざわめきが収まると、隊長は文書を広げて読み上げた。
「各地で相次ぐ魔力暴走について――原因は、魔力供給装置および安定装置の老朽化によるものと確認された。魔王復活の前兆ではない。民は惑わされぬように。以上」
冷ややかな声が、石造りの訓練場に反響する。
「やっぱり噂は間違いだったか」
「でも、最近の頻度は異常だろ……」
安堵と不安が入り混じった声が、ざわめきとなって広がった。
――装置の老朽化、か。
言葉を反芻しながら、頭の中で否定する。僕の目で見た現場は、それだけでは説明がつかない。
魔力痕が途絶える瞬間。死の間際に、精霊や人が残した言葉。報告はすべて上げている。それでも国は事実を覆い隠す。――なぜだ。
◇
数日後。調査任務の最中、仲間たちから少し離れた森の奥で、僕は小声で呼びかけた。
「――聞こえますか」
「珍しいな、任務中に」
赤紫の光が揺れ、黒い人影が浮かび上がる。
「ここ一帯、魔力の流れが不自然だと思いませんか」
「確かに。……氷の気配が集中しているな」
「やはり貴方もそう感じますか」
これまで任務で赴いた土地や関わった人から、同じ氷属性の気配を感じた。これは自然のものではなく、人のものだ。さらに、各地で遭遇する魔物も明らかな属性の偏りがあった。
「僕は、この気配を突き止めたいと思っています」
「なぜ?」
「……任務とはいえ、多くの命を奪ってきました。だから、これ以上犠牲を出さないようにしたい。この連鎖を、もう終わらせたいんです」
「そうか。お前が望むなら、私も力を貸そう」
淡々とした声だが、その響きは深く染み渡る。
「お前の能力があれば、似た気配を人の中からでも探せるのではないか?」
――はっとする。そうだ。僕には魔力交歓があった。真偽を確かめる方法は、最初から自分の手の中にあったのだ。
次の任務ではなく、報告を待つのでもなく、結局は自分の目で確かめるしかない。
そう決意して吐き出した息は白く凍り、冬の空に溶けていった。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
次話では、夜の野営地を舞台に、ふとした拍子に近づく距離と、揺らぐ心を描きます。
触れそうな息、重なる鼓動――焚き火の灯が、二人の間にそっと熱をともします。
***
その間、レオは幾度となく僕に質問を重ね、任務中には不器用ながら必死に仲間を助けようとしていた。
僕もまた、副隊長として、危ういほど真っ直ぐな彼を支えてきた。
彼はそれに気づいているのかいないのか、折に触れて僕を真っ直ぐに見ては、感謝を告げてくる。そのたびに、胸の奥に微かなざわめきが走り、わずかに呼吸が揺れた。
まだ陽も昇りきらぬ早朝、その日は雪が積もり、靴底が地面に軋む音を立てる。
鍛錬のために訓練場へ向かうと、既に数人の新人が体を動かしていた。その輪の中で、ひときわ目を引いたのはレオの姿だった。
彼は大きな木剣を振り下ろし、雪煙を散らす。素人じみた乱暴さはなく、むしろ、一本の線を描くような淀みのない動き。体格や筋力だけでなく、余計な力を削ぎ落とす勘の良さがあった。
思わず足が止まった。なぜ彼にだけ目が向いたのか、自分でも理由がわからない。
「やるな、天城!」
「飲み込みが早いな!」
周りの新人たちが口々に声をかける。
彼は汗をぬぐいながら、少し照れたように笑った。
「ありがとう! 毎日鍛錬を欠かさなかった成果がやっとでてきたかな」
仲間からの声をそのまま受け取り、ああも無防備に笑えるのか。
「でも、自分ひとりじゃここまで動けるようになるのは絶対に無理だったと思う。東雲副隊長の動きを真似したり、それでもわからないことは質問して指導してもらったんだ」
「副隊長……!? めちゃくちゃ美人だけど……何考えてるかわからなくて怖い人だと思ってた」
「お、お前……命知らずだな」
――やっぱり、僕はそんなふうに見られているのか。
「確かに綺麗だけど、怖くなんかない。副隊長はいつも冷静で、誰より周りを支えてる」
――まただ。
どうしてこの男は、そんなふうに迷いなく言えるのか。
人前で素直に自分の気持ちをさらけ出すこと。それがあんなに自然にできるなんて。僕にはとうてい真似できない。
彼の笑顔を見るたびに、好ましいと思う自分と、羨望する自分が交錯した。だがそれでも、彼の瞳に宿る気持ちは偽りではないと思えた。
「千景、ここにいたのか」
低い声に振り返ると、朝の光を背にリュカ隊長が立っていた。
「隊長……おはようございます」
「ああ、おはよう。朝から悪いが隊員を全員集めてくれ。国からの通達があった」
隊員が集合し、しばしのざわめきが収まると、隊長は文書を広げて読み上げた。
「各地で相次ぐ魔力暴走について――原因は、魔力供給装置および安定装置の老朽化によるものと確認された。魔王復活の前兆ではない。民は惑わされぬように。以上」
冷ややかな声が、石造りの訓練場に反響する。
「やっぱり噂は間違いだったか」
「でも、最近の頻度は異常だろ……」
安堵と不安が入り混じった声が、ざわめきとなって広がった。
――装置の老朽化、か。
言葉を反芻しながら、頭の中で否定する。僕の目で見た現場は、それだけでは説明がつかない。
魔力痕が途絶える瞬間。死の間際に、精霊や人が残した言葉。報告はすべて上げている。それでも国は事実を覆い隠す。――なぜだ。
◇
数日後。調査任務の最中、仲間たちから少し離れた森の奥で、僕は小声で呼びかけた。
「――聞こえますか」
「珍しいな、任務中に」
赤紫の光が揺れ、黒い人影が浮かび上がる。
「ここ一帯、魔力の流れが不自然だと思いませんか」
「確かに。……氷の気配が集中しているな」
「やはり貴方もそう感じますか」
これまで任務で赴いた土地や関わった人から、同じ氷属性の気配を感じた。これは自然のものではなく、人のものだ。さらに、各地で遭遇する魔物も明らかな属性の偏りがあった。
「僕は、この気配を突き止めたいと思っています」
「なぜ?」
「……任務とはいえ、多くの命を奪ってきました。だから、これ以上犠牲を出さないようにしたい。この連鎖を、もう終わらせたいんです」
「そうか。お前が望むなら、私も力を貸そう」
淡々とした声だが、その響きは深く染み渡る。
「お前の能力があれば、似た気配を人の中からでも探せるのではないか?」
――はっとする。そうだ。僕には魔力交歓があった。真偽を確かめる方法は、最初から自分の手の中にあったのだ。
次の任務ではなく、報告を待つのでもなく、結局は自分の目で確かめるしかない。
そう決意して吐き出した息は白く凍り、冬の空に溶けていった。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
次話では、夜の野営地を舞台に、ふとした拍子に近づく距離と、揺らぐ心を描きます。
触れそうな息、重なる鼓動――焚き火の灯が、二人の間にそっと熱をともします。
***
2
あなたにおすすめの小説
イバラの鎖
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
たまにはシリアスでドロついた物語を❣️
辺境伯の後継であるシモンと、再婚で義兄弟になった可愛い弟のアンドレの絡みついた運命の鎖の物語。
逞しさを尊重される辺境の地で、成長するに従って貴公子と特別視される美少年に成長したアンドレは、敬愛する兄が王都に行ってしまってから寂しさと疎外感を感じていた。たまに帰って来る兄上は、以前のように時間をとって話もしてくれない。
変わってしまった兄上の真意を盗み聞きしてしまったアンドレは絶望と悲嘆を味わってしまう。
一方美しいアンドレは、その成長で周囲の人間を惹きつけて離さない。
その欲望の渦巻く思惑に引き込まれてしまう美しいアンドレは、辺境を離れて兄シモンと王都で再会する。意図して離れていた兄シモンがアンドレの痴態を知った時、二人の関係は複雑に絡まったまま走り出してしまう。
二人が紡ぐのは禁断の愛なのか、欲望の果てなのか。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
数百年ぶりに目覚めた魔術師は年下ワンコ騎士の愛から逃れられない
桃瀬さら
BL
誰かに呼ばれた気がしたーー
数百年ぶりに目覚めた魔法使いイシス。
目の前にいたのは、涙で顔を濡らす美しすぎる年下騎士シリウス。
彼は何年も前からイシスを探していたらしい。
魔法が廃れた時代、居場所を失ったイシスにシリウスは一緒に暮らそうと持ちかけるが……。
迷惑をかけたくないイシスと離したくないシリウスの攻防戦。
年上魔術師×年下騎士
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる