僕は勇者に救われたくない

御堂あゆこ

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本編

09. 決意

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 数週間が過ぎた。
 その間、レオは幾度となく僕に質問を重ね、任務中には不器用ながら必死に仲間を助けようとしていた。
 僕もまた、副隊長として、危ういほど真っ直ぐな彼を支えてきた。
 彼はそれに気づいているのかいないのか、折に触れて僕を真っ直ぐに見ては、感謝を告げてくる。そのたびに、胸の奥に微かなざわめきが走り、わずかに呼吸が揺れた。

 まだ陽も昇りきらぬ早朝、その日は雪が積もり、靴底が地面に軋む音を立てる。
 鍛錬のために訓練場へ向かうと、既に数人の新人が体を動かしていた。その輪の中で、ひときわ目を引いたのはレオの姿だった。
 彼は大きな木剣を振り下ろし、雪煙を散らす。素人じみた乱暴さはなく、むしろ、一本の線を描くような淀みのない動き。体格や筋力だけでなく、余計な力を削ぎ落とす勘の良さがあった。
 思わず足が止まった。なぜ彼にだけ目が向いたのか、自分でも理由がわからない。

「やるな、天城!」
「飲み込みが早いな!」
 周りの新人たちが口々に声をかける。
 彼は汗をぬぐいながら、少し照れたように笑った。
「ありがとう! 毎日鍛錬を欠かさなかった成果がやっとでてきたかな」
 仲間からの声をそのまま受け取り、ああも無防備に笑えるのか。
「でも、自分ひとりじゃここまで動けるようになるのは絶対に無理だったと思う。東雲副隊長の動きを真似したり、それでもわからないことは質問して指導してもらったんだ」
「副隊長……!? めちゃくちゃ美人だけど……何考えてるかわからなくて怖い人だと思ってた」
「お、お前……命知らずだな」
 ――やっぱり、僕はそんなふうに見られているのか。
「確かに綺麗だけど、怖くなんかない。副隊長はいつも冷静で、誰より周りを支えてる」

 ――まただ。
 どうしてこの男は、そんなふうに迷いなく言えるのか。
 人前で素直に自分の気持ちをさらけ出すこと。それがあんなに自然にできるなんて。僕にはとうてい真似できない。
 彼の笑顔を見るたびに、好ましいと思う自分と、羨望する自分が交錯した。だがそれでも、彼の瞳に宿る気持ちは偽りではないと思えた。

「千景、ここにいたのか」
 低い声に振り返ると、朝の光を背にリュカ隊長が立っていた。
「隊長……おはようございます」
「ああ、おはよう。朝から悪いが隊員を全員集めてくれ。国からの通達があった」

 隊員が集合し、しばしのざわめきが収まると、隊長は文書を広げて読み上げた。
「各地で相次ぐ魔力暴走について――原因は、魔力供給装置および安定装置の老朽化によるものと確認された。魔王復活の前兆ではない。民は惑わされぬように。以上」
 冷ややかな声が、石造りの訓練場に反響する。
「やっぱり噂は間違いだったか」
「でも、最近の頻度は異常だろ……」
 安堵と不安が入り混じった声が、ざわめきとなって広がった。
 ――装置の老朽化、か。
 言葉を反芻しながら、頭の中で否定する。僕の目で見た現場は、それだけでは説明がつかない。
 魔力痕が途絶える瞬間。死の間際に、精霊や人が残した言葉。報告はすべて上げている。それでも国は事実を覆い隠す。――なぜだ。

 ◇

 数日後。調査任務の最中、仲間たちから少し離れた森の奥で、僕は小声で呼びかけた。
「――聞こえますか」
「珍しいな、任務中に」
 赤紫の光が揺れ、黒い人影が浮かび上がる。
「ここ一帯、魔力の流れが不自然だと思いませんか」
「確かに。……氷の気配が集中しているな」
「やはり貴方もそう感じますか」
 これまで任務で赴いた土地や関わった人から、同じ氷属性の気配を感じた。これは自然のものではなく、人のものだ。さらに、各地で遭遇する魔物も明らかな属性の偏りがあった。
「僕は、この気配を突き止めたいと思っています」
「なぜ?」
「……任務とはいえ、多くの命を奪ってきました。だから、これ以上犠牲を出さないようにしたい。この連鎖を、もう終わらせたいんです」
「そうか。お前が望むなら、私も力を貸そう」
 淡々とした声だが、その響きは深く染み渡る。
「お前の能力があれば、似た気配を人の中からでも探せるのではないか?」
 ――はっとする。そうだ。僕には魔力交歓マナ・ブレンドがあった。真偽を確かめる方法は、最初から自分の手の中にあったのだ。
 次の任務ではなく、報告を待つのでもなく、結局は自分の目で確かめるしかない。
 そう決意して吐き出した息は白く凍り、冬の空に溶けていった。

***
【作者コメント】
 ここまで読んでくださりありがとうございます!
 次話では、夜の野営地を舞台に、ふとした拍子に近づく距離と、揺らぐ心を描きます。
 触れそうな息、重なる鼓動――焚き火の灯が、二人の間にそっと熱をともします。
***
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