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本編
19. 酒宴 ―灯の下で―
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酒場の一角。木製の長机を囲んで、隊員たちの笑い声と酒の香りが渦を巻いていた。
「副隊長が参加とは! これはめでたい!」
「いやあ、珍しい。今日はとことん付き合っていただきますよ!」
注がれた杯で口を湿らせただけで、すぐに頬が熱を帯びてくるのがわかった。
「料理のご注文はどうなさいますかー!」
軽やかな声とともに現れたのは、酒場の看板娘だった。まだ十代の後半か、二十そこそこの若い女性だ。
彼女は僕を見るなり、ぱっと目を見開いて言った。
「わあ、副隊長さんって、こんなに綺麗な方だったんですね!」
周囲がどっと沸き、冷やかし混じりの笑いが飛ぶ。
「……そうですか? 自分ではそうは思いませんが……ありがとうございます」
褒められるとどう反応していいかいつもわからなくなる。
だが今日は酒の力なのか、普段より口が滑らかだった。
「こんなに美しい方にそう言っていただけるなんて……光栄です」
そう答えると、彼女は一瞬固まった。みるみる頬が赤くなる。
「ひえ~副隊長はとんだ色男ですね!」
「顔もいい、実力もあって、地位もある。こりゃどんな女もいちころですって!」
隊員たちの視線が一斉にこちらへ集まるのを感じる。
僕は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
そう思うと、途端に恥ずかしくなってくる。
久しぶりにこうした場に顔を出したせいか、その後も差し出された盃が次々に僕の前に並んだ。
酒に弱いことは知られていない。空気を乱さぬよう、勧められるがままに盃を重ねた。
宴もすすみ、頭がふわりと揺れたときだった。
「……レオ、こちらも食べますか?」
無意識に口をついて出た呼び方に、自分で一瞬固まる。場は隊員たちに囲まれた酒宴の最中だ。
しまった、と咄嗟に思ったが遅かった。
「はい、千景さん。いただきます」
隣で笑みを浮かべたレオが、ためらいなく応じる。
その瞬間、周囲のざわめきが止まり、いくつもの視線が集まった。
「……今、“レオ”って呼んだよな」
「副隊長を名前で? え、二人ってどういう関係?」
酒の勢いも手伝い、あちこちから囁きが飛ぶ。
僕は思わず顔を伏せた。酒の席とはいえ、公私混同するなんて。頬に上った熱は酒のせいだけではなかった。
けれどレオは、まるで気にする様子もなく言葉を重ねる。
「俺、千景さんと初めて会ったときに助けてもらったことがあって。それからずっと憧れていました」
「ひゅ~っ、告白か?」
「副隊長モテモテですね!」
「いやいや、天城の顔が本気すぎるぞ!」
酒に浮かされた声が一斉に飛び交い、場がどっと沸いた。
レオは少しも怯まず、真剣な眼差しで続けた。
「……名前で呼ばせてもらってるのは、俺から頼んだんです。あと、俺のこともレオって呼んでほしいって頼みました。本当は二人の時だけって約束だったんですけど……千景さんと一緒なのが嬉しくてつい……」
レオが真剣な眼差しをこちらに向ける。
「……千景さん。俺も、いつか隣に立てるほど強くなります。だから……これからも、お願いします」
酒場のざわめきが遠のいたように感じた。
胸にこわばっていた自己嫌悪が軽くなり、彼の笑顔につられて自然と笑みがこぼれた。
「……こちらこそ。これからも、よろしくお願いします」
言葉を返した瞬間、周囲の空気がまた変わった。
ざわめきは鎮まり、代わりに熱を帯びた視線が幾つも注がれているのを感じる。
盃を持つ手を止めた者、口を開けたまま言葉を失っている者。なぜか息を呑む音までも耳に届いた。
――そんなに変だっただろうか。
酔いに任せて笑ったのが、気味悪く見えたのかもしれない。
急に不安が込み上げ、頬の熱がいっそう増した。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話では、酒に酔った千景を支えるレオの手に、抑えきれない想いが滲みます。
***
「副隊長が参加とは! これはめでたい!」
「いやあ、珍しい。今日はとことん付き合っていただきますよ!」
注がれた杯で口を湿らせただけで、すぐに頬が熱を帯びてくるのがわかった。
「料理のご注文はどうなさいますかー!」
軽やかな声とともに現れたのは、酒場の看板娘だった。まだ十代の後半か、二十そこそこの若い女性だ。
彼女は僕を見るなり、ぱっと目を見開いて言った。
「わあ、副隊長さんって、こんなに綺麗な方だったんですね!」
周囲がどっと沸き、冷やかし混じりの笑いが飛ぶ。
「……そうですか? 自分ではそうは思いませんが……ありがとうございます」
褒められるとどう反応していいかいつもわからなくなる。
だが今日は酒の力なのか、普段より口が滑らかだった。
「こんなに美しい方にそう言っていただけるなんて……光栄です」
そう答えると、彼女は一瞬固まった。みるみる頬が赤くなる。
「ひえ~副隊長はとんだ色男ですね!」
「顔もいい、実力もあって、地位もある。こりゃどんな女もいちころですって!」
隊員たちの視線が一斉にこちらへ集まるのを感じる。
僕は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
そう思うと、途端に恥ずかしくなってくる。
久しぶりにこうした場に顔を出したせいか、その後も差し出された盃が次々に僕の前に並んだ。
酒に弱いことは知られていない。空気を乱さぬよう、勧められるがままに盃を重ねた。
宴もすすみ、頭がふわりと揺れたときだった。
「……レオ、こちらも食べますか?」
無意識に口をついて出た呼び方に、自分で一瞬固まる。場は隊員たちに囲まれた酒宴の最中だ。
しまった、と咄嗟に思ったが遅かった。
「はい、千景さん。いただきます」
隣で笑みを浮かべたレオが、ためらいなく応じる。
その瞬間、周囲のざわめきが止まり、いくつもの視線が集まった。
「……今、“レオ”って呼んだよな」
「副隊長を名前で? え、二人ってどういう関係?」
酒の勢いも手伝い、あちこちから囁きが飛ぶ。
僕は思わず顔を伏せた。酒の席とはいえ、公私混同するなんて。頬に上った熱は酒のせいだけではなかった。
けれどレオは、まるで気にする様子もなく言葉を重ねる。
「俺、千景さんと初めて会ったときに助けてもらったことがあって。それからずっと憧れていました」
「ひゅ~っ、告白か?」
「副隊長モテモテですね!」
「いやいや、天城の顔が本気すぎるぞ!」
酒に浮かされた声が一斉に飛び交い、場がどっと沸いた。
レオは少しも怯まず、真剣な眼差しで続けた。
「……名前で呼ばせてもらってるのは、俺から頼んだんです。あと、俺のこともレオって呼んでほしいって頼みました。本当は二人の時だけって約束だったんですけど……千景さんと一緒なのが嬉しくてつい……」
レオが真剣な眼差しをこちらに向ける。
「……千景さん。俺も、いつか隣に立てるほど強くなります。だから……これからも、お願いします」
酒場のざわめきが遠のいたように感じた。
胸にこわばっていた自己嫌悪が軽くなり、彼の笑顔につられて自然と笑みがこぼれた。
「……こちらこそ。これからも、よろしくお願いします」
言葉を返した瞬間、周囲の空気がまた変わった。
ざわめきは鎮まり、代わりに熱を帯びた視線が幾つも注がれているのを感じる。
盃を持つ手を止めた者、口を開けたまま言葉を失っている者。なぜか息を呑む音までも耳に届いた。
――そんなに変だっただろうか。
酔いに任せて笑ったのが、気味悪く見えたのかもしれない。
急に不安が込み上げ、頬の熱がいっそう増した。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話では、酒に酔った千景を支えるレオの手に、抑えきれない想いが滲みます。
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