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本編
20. 酒宴 ―灯の消えたあと―
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どのくらいの時間が過ぎただろうか。
すぐに暇になるはずだったのに、何度も引き止められ、ずいぶん長く居座ってしまったように思う。
「副隊長さん……結構酔ってますか? よかったらこれ飲んでください」
先ほどの看板娘が、心配そうに水の入ったグラスをそっと置いた。
「ふふ……ありがとうございます。優しいですね」
親切な対応に心が温かくなった。
その瞬間、近くの席から小声が漏れた。
「……おい、……の顔……反則だろ」
「副隊長、あんな顔……やっべ~色っ……」
「女どころか、男でも落ち……、あれ」
「確か歓迎会の時も……」
笑い声にかき消され、ほとんど聞き取れなかったが、最後の言葉だけが耳に残った。
歓迎会――あの夜のことを思い出す。新人たちのための宴席で盃を重ね、酔いで足下も覚束なくなった。
普段と違う自分を見せたことが、彼らの胸を妙にざわめかせていたのだと、後から聞いた。
もう二度とあんな姿を見せるまいと誓ったはずなのに、懲りもせずまた酒に酔って何か粗相をしてしまったのだろうか。
隊員たちに心配をかけている自分が情けない。
隣を見ると、レオがいつも通りの様子で笑っている。
「……レオも、もう少し飲めばいいのに」
そんな言葉が思わず口をつく。
彼は困ったように笑って、首を横に振った。
「俺はまだ十八ですから。飲めませんよ」
「……十八?」
思わず聞き返してしまった。
年下であることはわかっていたが、せいぜい四、五歳ほどの差だと思っていた。
まさか八つも離れているとは――。
こんなに歳の離れたレオの前で、酔って醜態を晒していると思うと、羞恥がいっそう募った。
――身体が熱い。息苦しくて襟を緩めたとき、誰かが喉を鳴らす気配がした。
「もう十分です。これ以上は……だめです」
盃を取り上げたのは、レオだった。
真剣な眼差しが、油煙を透かしてまっすぐに僕を射抜く。
「歓迎会とまた同じになります」
低く押し殺した声。掴まれた手は熱く、思った以上に強い。
まるで怒っているかのようで――けれど理由までは考えが及ばない。
「……す、すみません。でも大丈夫です、まだちゃんと飲めます」
盃を持ちなおそうとした拍子に、身体がぐらりと傾いた。
「っ……千景さん!」
気づけば、肩を支える温もりがあった。
無意識のまま、彼の胸元に身体をあずけてしまう。
頬に触れる布の感触が心地よく、身体の奥がさらに熱を帯びた。
――いけない、こんなところで。
そう思うのに、頭がうまく回らない。
「これ以上は、飲ませません」
「……っ、レオ?」
その声音には焦りと苛立ちが混じっているようだった。
普段の彼らしからぬ鋭さで、有無を言わせぬ勢いのまま立ち上がらされる。
酒場のざわめきが遠のいていく。
ただその手に引かれるまま、足を運ぶしかなかった。
夜の風に当たると、少しだけ頭が冴えるような気がした。
だが足取りは覚束なく、支えなしではまともに歩けそうになかった。
掴まれた手の温もりだけが確かな支えだった。
「……レオ、そんなに強くしなくても……僕は大丈夫です」
口にした声は、情けないほど掠れていた。
レオの返事はなく、代わりにぐっと肩を抱き寄せられる。
歩幅を合わせる余裕もなく、ただ引かれるまま進んだ。
宿舎に着くと、半ば抱きかかえられるようにして部屋へ運び込まれた。
促されるまま寝台に腰を下ろすと、外套を脱がされ、水を差し出される。
冷たい水が喉を潤し、ようやく深い呼吸ができた。
「ありがとうございます……」
礼を言ったつもりなのに、声は震えていた。
息苦しさを隠そうと襟に触れると、その手を覆うように大きな掌が重なる。
驚いて顔を上げた。
彼の目に宿る色が、今まで見たことのないほど真剣で――怖い。
「レオ……?」
名前を呼んだ途端、彼の呼吸が熱を帯びて一歩迫る。頬にかかる吐息。
――このまま、触れられる。
そんな思いがよぎった瞬間、彼ははっと我に返ったように顔を背けた。
「……横になってください。傷に障ります」
低く押し殺した声。布団が肩まで掛けられる。
「昔と……逆ですね」
意味を測りかねた言葉に、瞬きが遅れる。
だが彼はすぐに背を向け、水差しを片付けた。その背中が妙に固い。
「……すみません、迷惑を……」
小さな声は、静まり返った部屋に吸い込まれた。
意識が落ちる直前、微かに名を呼ばれた気がした。
掠れた声の響きは、不思議と心地よく胸に残った。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
次話では、翌朝、思いもよらない一言に心を乱される千景を描きます。
***
すぐに暇になるはずだったのに、何度も引き止められ、ずいぶん長く居座ってしまったように思う。
「副隊長さん……結構酔ってますか? よかったらこれ飲んでください」
先ほどの看板娘が、心配そうに水の入ったグラスをそっと置いた。
「ふふ……ありがとうございます。優しいですね」
親切な対応に心が温かくなった。
その瞬間、近くの席から小声が漏れた。
「……おい、……の顔……反則だろ」
「副隊長、あんな顔……やっべ~色っ……」
「女どころか、男でも落ち……、あれ」
「確か歓迎会の時も……」
笑い声にかき消され、ほとんど聞き取れなかったが、最後の言葉だけが耳に残った。
歓迎会――あの夜のことを思い出す。新人たちのための宴席で盃を重ね、酔いで足下も覚束なくなった。
普段と違う自分を見せたことが、彼らの胸を妙にざわめかせていたのだと、後から聞いた。
もう二度とあんな姿を見せるまいと誓ったはずなのに、懲りもせずまた酒に酔って何か粗相をしてしまったのだろうか。
隊員たちに心配をかけている自分が情けない。
隣を見ると、レオがいつも通りの様子で笑っている。
「……レオも、もう少し飲めばいいのに」
そんな言葉が思わず口をつく。
彼は困ったように笑って、首を横に振った。
「俺はまだ十八ですから。飲めませんよ」
「……十八?」
思わず聞き返してしまった。
年下であることはわかっていたが、せいぜい四、五歳ほどの差だと思っていた。
まさか八つも離れているとは――。
こんなに歳の離れたレオの前で、酔って醜態を晒していると思うと、羞恥がいっそう募った。
――身体が熱い。息苦しくて襟を緩めたとき、誰かが喉を鳴らす気配がした。
「もう十分です。これ以上は……だめです」
盃を取り上げたのは、レオだった。
真剣な眼差しが、油煙を透かしてまっすぐに僕を射抜く。
「歓迎会とまた同じになります」
低く押し殺した声。掴まれた手は熱く、思った以上に強い。
まるで怒っているかのようで――けれど理由までは考えが及ばない。
「……す、すみません。でも大丈夫です、まだちゃんと飲めます」
盃を持ちなおそうとした拍子に、身体がぐらりと傾いた。
「っ……千景さん!」
気づけば、肩を支える温もりがあった。
無意識のまま、彼の胸元に身体をあずけてしまう。
頬に触れる布の感触が心地よく、身体の奥がさらに熱を帯びた。
――いけない、こんなところで。
そう思うのに、頭がうまく回らない。
「これ以上は、飲ませません」
「……っ、レオ?」
その声音には焦りと苛立ちが混じっているようだった。
普段の彼らしからぬ鋭さで、有無を言わせぬ勢いのまま立ち上がらされる。
酒場のざわめきが遠のいていく。
ただその手に引かれるまま、足を運ぶしかなかった。
夜の風に当たると、少しだけ頭が冴えるような気がした。
だが足取りは覚束なく、支えなしではまともに歩けそうになかった。
掴まれた手の温もりだけが確かな支えだった。
「……レオ、そんなに強くしなくても……僕は大丈夫です」
口にした声は、情けないほど掠れていた。
レオの返事はなく、代わりにぐっと肩を抱き寄せられる。
歩幅を合わせる余裕もなく、ただ引かれるまま進んだ。
宿舎に着くと、半ば抱きかかえられるようにして部屋へ運び込まれた。
促されるまま寝台に腰を下ろすと、外套を脱がされ、水を差し出される。
冷たい水が喉を潤し、ようやく深い呼吸ができた。
「ありがとうございます……」
礼を言ったつもりなのに、声は震えていた。
息苦しさを隠そうと襟に触れると、その手を覆うように大きな掌が重なる。
驚いて顔を上げた。
彼の目に宿る色が、今まで見たことのないほど真剣で――怖い。
「レオ……?」
名前を呼んだ途端、彼の呼吸が熱を帯びて一歩迫る。頬にかかる吐息。
――このまま、触れられる。
そんな思いがよぎった瞬間、彼ははっと我に返ったように顔を背けた。
「……横になってください。傷に障ります」
低く押し殺した声。布団が肩まで掛けられる。
「昔と……逆ですね」
意味を測りかねた言葉に、瞬きが遅れる。
だが彼はすぐに背を向け、水差しを片付けた。その背中が妙に固い。
「……すみません、迷惑を……」
小さな声は、静まり返った部屋に吸い込まれた。
意識が落ちる直前、微かに名を呼ばれた気がした。
掠れた声の響きは、不思議と心地よく胸に残った。
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【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
次話では、翌朝、思いもよらない一言に心を乱される千景を描きます。
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