僕は勇者に救われたくない

御堂あゆこ

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本編

21. 似合わない言葉

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 白い朝の光が、昨夜の熱を洗い流すように差し込んでいた。
 こめかみの鈍い痛みを押さえながら、廊下を歩く。胸の奥には、酒に呑まれた恥ずかしさがまだ燻っていた。
 酒に呑まれ、笑われ、最後には部下の腕を借りる始末――あまりにも情けない。
 昨夜の記憶は曖昧で、ただ、ぼんやりとした記憶の中に、レオの顔が浮かんでは消える。
 真剣な眼差し、支える腕の温もり、低く掠れた声。それらが夢か現か分からぬまま、意識の底に残っていた。
 きちんと謝罪しなければ。

 訓練場へ向かう角を曲がると、ちょうどレオと鉢合わせた。額に汗を浮かべ、木剣を肩に担いでいる。朝から稽古をしていたのだろう。
 陽光を浴びた金髪は淡く輝き、眩しいほどだった。

 彼は僕に気づくと、驚いたように立ち止まり、すぐに笑みを浮かべる。
「おはようございます、千景さん!」
 真っ直ぐな声に、一瞬ためらった。けれど、ここで逃げてはさらに情けない。
「……おはようございます。あの……昨夜は、本当にすみませんでした。酒に呑まれて、君にまで迷惑をかけて」
 頭を下げると、足もとの砂の匂いが強くなった気がした。叱責されても仕方ない、と身構える。

「迷惑なんて思ってません。でも……正直、腹が立ったんです」
「……やはり、不快な思いをさせましたね。隊の者たちにも――」
「違います」
 食い気味に返された声に、思わず顔を上げる。
 レオは真剣な眼差しでこちらを見据えていた。
「昨日の千景さんは……普段と違って。俺は、他の誰かにあの姿を見せるのが嫌で仕方なかったんです」
「……姿?」
「ええ。酔って、少し頬が赤くなって……笑った顔。――あんな色っぽい顔、反則です。……他の誰にも見せたくない。だから、俺のいないところではもう飲まないでください」

 言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
 僕はただ、粗相をして場を乱したと思っていた。まさかそんなふうに見られていたなんて。
 ――色っぽい。自分には縁遠い言葉だ。信じられるはずがない。

 他の者の目に映る自分は、冷たく、堅苦しく、無愛想な副隊長に過ぎないはずだ。華やかさや艶めかしさなど持ち合わせていない。
 むしろ、そうしたものからは最も遠い場所にいると思っていた。
 けれど、目の前の彼の瞳は冗談の影をひとつも映していなくて、逃げ場を失った心臓だけが忙しなく脈打っていた。
 耳の奥で自分の鼓動がやけに大きく響き、落ち着こうとすればするほど熱が高まっていく。
 どう返せばいいのか分からず、ただ“気をつけます”と言おうとしたが、喉がうまく動かなかった。

 視線を逸らすと、朝の光がやけに眩しく、頬の熱がまたぶり返すのを感じた。
 レオはそれ以上何も言わず、ただじっと僕を見ていた。
 彼の視線の熱が皮膚に触れるようで、思わず袖を握りしめる。
 返す言葉を見つけられないまま、沈黙が伸びていく。

 逃げるように視線を逸らしたその先に、別の影が近づいてくるのが見えた。
 足音とともに、廊下の空気がわずかに張り詰める。
 振り返る前から、誰なのかは察していた。

***
【作者コメント】
 ここまで読んでくださりありがとうございます。
 次話では、封じたはずの夜が再び熱を呼び覚まし、千景の理性を揺らします。
***
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