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本編
33. 凍てつく真実
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季節は、静かに冬へと移り変わっていた。
朝の空気は乾いて冷たく、吐く息は白く立ちのぼる。
街路樹の葉はすでに落ち尽くし、風にさらわれては乾いた音を鳴らしていた。
レオと街を歩いたあの日から、しばらくが経つ。
笑って話す彼の横顔は、いまも胸の奥で温もりを灯している。
何が変わったのかは、うまく言葉にできない。ただ、最近は少しだけ、呼吸がしやすくなった気がしていた。
その変化に背を押されるように、僕は再び動き出した。
魔力暴走の調査や裏の任務で見届けた、失われた命。
僕の手で終わらせねばならなかった者たちの顔を、今でもはっきり思い出せる。
これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。その一心で、任務の傍ら地道に調査を進めてきた。
そして今、再びアブソーバの調査地に立っている。
吹雪のように舞う魔力の残滓は濃く、暗い色をしていた。
地面に伏した遺体の周囲に、魔力の痕跡が残る。
――また、同じ気配だ。
過去にも幾度となく感じたあの違和感。
僕の傍らに寄り添う赤紫の面影が一瞬よぎるが、何度も魔力交歓を重ねた今の僕には、それが彼の気配ではないと即座に分かった。
はっきり、“違う”と断言できる。
同時に、もう一つの顔が脳裏に浮かぶ。
――あの市街地戦闘で、敵は氷魔法を使っていた。
混乱の中でレオが斬り払ったのは、敵の左腕だった。
直後、医務室で目にしたのは、左腕を負傷したリュカ隊長の姿だった。
あの戦闘に姿を現さなかったはずの彼が、なぜ左腕を負傷していたのか。
そして――あの日、初めて隊長に口づけられたときに感じた魔力の感覚。
訓練場で押し倒され、唇を重ねられた瞬間に走った、冷たく濁った魔力。
肌を這うようなその感覚の中に、これまで何度も嗅いだ匂いが、確かに混ざっていた。
――そうだ。この魔力を、僕は知っている。
もしそれが僕の考える通りなら、簡易すぎる報告書も、一部の部隊でしか使われない魔力増幅装置が暴走地点で使われていたことも、説明がつく。
点と点が、線になり、やがて形を成していく。
眉間に指を当て、そっと目を伏せる。遠くで心臓の音が響いた。
まだ、“証拠”と呼ぶには足りない。憶測で動けば、命取りになる。
けれどここで見逃せば、また誰かが死ぬかもしれない。
真実を突き止めるには、あの男――リュカ隊長に、直接会うしかない。
「……聞こえていますか」
返事はない。だが、しんと冷えた空気の中に、わずかな変化があった。
空気の層が香煙のようにゆらぎ、深く静かな赤紫の気配が漂った。
この世のものとは思えない、それでいて、僕のどこか深いところに静かに届く香りだった。
ゆっくりと顔を上げると、影が立っていた。
僕は視線を落とし、地に伏した遺体を見たまま、もう一度口を開く。
「以前……僕に言いましたね。“リュカ=ヴァレリウスには近づくな”と」
彼は黙して答えない。
「――知っていたんですか。隊長が関わっていると」
低く凪いだ声が返った。
「知らなかった」
その短い否定に、ほんのわずか心が揺れた。
「ただ――お前を見る、あの男の目が、普通ではなかった。そう思った」
淡々とした声なのに、その奥にかすかな熱を感じて、心の奥が静かに震えた。
「……もっと早く気づくべきだった」
どこかで真実を見ないふりをしていたのかもしれない。彼の差し出す偽りの優しさにすがる心地は、楽で甘い。
けれど、それで傷が癒えるわけではないと、ようやく僕は知ったのだ。
彼の気配が言葉なく寄り添い、冷えた背を静かに撫でた。
「これから、あいつに会いに行くのか」
僕は小さくうなずく。
「直接、話をします。確かめなければならないから」
偽りの安らぎに甘んじ、見て見ぬふりをしてきた自分に終止符を打つためにも。
「気をつけろ。何があっても、私は傍にいる」
感情も温度も感じられないその言葉が、この世界で、何よりも温かく感じられた。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話では、静寂の中で向かい合う千景とリュカの駆け引きを描きます。
***
朝の空気は乾いて冷たく、吐く息は白く立ちのぼる。
街路樹の葉はすでに落ち尽くし、風にさらわれては乾いた音を鳴らしていた。
レオと街を歩いたあの日から、しばらくが経つ。
笑って話す彼の横顔は、いまも胸の奥で温もりを灯している。
何が変わったのかは、うまく言葉にできない。ただ、最近は少しだけ、呼吸がしやすくなった気がしていた。
その変化に背を押されるように、僕は再び動き出した。
魔力暴走の調査や裏の任務で見届けた、失われた命。
僕の手で終わらせねばならなかった者たちの顔を、今でもはっきり思い出せる。
これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。その一心で、任務の傍ら地道に調査を進めてきた。
そして今、再びアブソーバの調査地に立っている。
吹雪のように舞う魔力の残滓は濃く、暗い色をしていた。
地面に伏した遺体の周囲に、魔力の痕跡が残る。
――また、同じ気配だ。
過去にも幾度となく感じたあの違和感。
僕の傍らに寄り添う赤紫の面影が一瞬よぎるが、何度も魔力交歓を重ねた今の僕には、それが彼の気配ではないと即座に分かった。
はっきり、“違う”と断言できる。
同時に、もう一つの顔が脳裏に浮かぶ。
――あの市街地戦闘で、敵は氷魔法を使っていた。
混乱の中でレオが斬り払ったのは、敵の左腕だった。
直後、医務室で目にしたのは、左腕を負傷したリュカ隊長の姿だった。
あの戦闘に姿を現さなかったはずの彼が、なぜ左腕を負傷していたのか。
そして――あの日、初めて隊長に口づけられたときに感じた魔力の感覚。
訓練場で押し倒され、唇を重ねられた瞬間に走った、冷たく濁った魔力。
肌を這うようなその感覚の中に、これまで何度も嗅いだ匂いが、確かに混ざっていた。
――そうだ。この魔力を、僕は知っている。
もしそれが僕の考える通りなら、簡易すぎる報告書も、一部の部隊でしか使われない魔力増幅装置が暴走地点で使われていたことも、説明がつく。
点と点が、線になり、やがて形を成していく。
眉間に指を当て、そっと目を伏せる。遠くで心臓の音が響いた。
まだ、“証拠”と呼ぶには足りない。憶測で動けば、命取りになる。
けれどここで見逃せば、また誰かが死ぬかもしれない。
真実を突き止めるには、あの男――リュカ隊長に、直接会うしかない。
「……聞こえていますか」
返事はない。だが、しんと冷えた空気の中に、わずかな変化があった。
空気の層が香煙のようにゆらぎ、深く静かな赤紫の気配が漂った。
この世のものとは思えない、それでいて、僕のどこか深いところに静かに届く香りだった。
ゆっくりと顔を上げると、影が立っていた。
僕は視線を落とし、地に伏した遺体を見たまま、もう一度口を開く。
「以前……僕に言いましたね。“リュカ=ヴァレリウスには近づくな”と」
彼は黙して答えない。
「――知っていたんですか。隊長が関わっていると」
低く凪いだ声が返った。
「知らなかった」
その短い否定に、ほんのわずか心が揺れた。
「ただ――お前を見る、あの男の目が、普通ではなかった。そう思った」
淡々とした声なのに、その奥にかすかな熱を感じて、心の奥が静かに震えた。
「……もっと早く気づくべきだった」
どこかで真実を見ないふりをしていたのかもしれない。彼の差し出す偽りの優しさにすがる心地は、楽で甘い。
けれど、それで傷が癒えるわけではないと、ようやく僕は知ったのだ。
彼の気配が言葉なく寄り添い、冷えた背を静かに撫でた。
「これから、あいつに会いに行くのか」
僕は小さくうなずく。
「直接、話をします。確かめなければならないから」
偽りの安らぎに甘んじ、見て見ぬふりをしてきた自分に終止符を打つためにも。
「気をつけろ。何があっても、私は傍にいる」
感情も温度も感じられないその言葉が、この世界で、何よりも温かく感じられた。
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【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話では、静寂の中で向かい合う千景とリュカの駆け引きを描きます。
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