僕は勇者に救われたくない

御堂あゆこ

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本編

56. はじまりの森 ―夜明け―

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【注意】  
 このシーンにはR18相当の描写(心理的・身体的な接触表現)が含まれます。
 登場人物の心情描写の一環として必要な範囲で描いています。
 苦手な方は無理をせずお戻りください。
 ※完全版はムーンライトノベルズに掲載しています。


 家までの道を、手をつないで歩いた。
 家の中に足を踏み入れた瞬間、扉が閉まる音が、夜の静けさに溶けていく。
 灯りをともす間もなく、背中を壁に押しつけられた。

「ん……っ!」

 驚きと同時に、唇を奪われる。
 間近にあるレオの瞳に、星の瞬きが揺れていた。

「……っ、レオ……」

 さっきの口づけとは全然違う。
 想いを確かめ合うような穏やかさは、もうどこにもない。
 息を吸う間もなく、熱が深く流れ込んでくる。

 耳の後ろをなぞられ、身体が跳ねた。羞恥と快感の境が、曖昧になっていく。
 背けようとした顔を、後頭部を掬う手が引き寄せた。息を吸う間もなく、頭に靄がかかる。
 それでも、レオが僕を求めてくれていることだけは、痛いほど伝わった。

「ま、待って……っ、これ以上したら……」
「これ以上したら……?」

 答えられずに俯いた僕の顎を、指先がそっと持ち上げた。
 次の瞬間、また唇を奪われる。

 やがて、二人で寝台へと身を預けた。
 触れ合う唇が喉を、首筋を、鎖骨を辿っていく。
 肌に残るひりつきが、触れられていない場所まで敏感にした。
 その痛みにも似た感覚に、呼吸が浅くなっていく。

「んぁ……っ、はぁ……っ」
「……千景さん、かわいい」

 耳元で低く囁かれた声が頭の奥を支配し、無意識に涙が滲んだ。

 彼の温かな手が頬を包み、月明かりの中で微笑んだ。
 その視線に、抗えなかった。

 全てを曝け出したとき、触れ合う肌の温度が一つに溶け合う。
 何も言葉はいらなかった。
 ただ、彼と自分の鼓動が重なっていくのを感じていた。

「……千景さん。今夜、貴方と……繋がりたい。いいですか?」

 レオの指が腰骨を撫でた。

「ゃ……っ」

 リュカに触れられた記憶が蘇り、身体が強張る。

「……もし怖いなら、今日はやめましょう。このまま抱き合って眠るだけでいい」

 彼の手がすぐに止まり、僕の頬を包む。
 その声があまりにも優しくて、鼻の奥がつんと熱くなる。

「……違うんです。怖いのは、レオじゃない」

 気づけば涙が溢れていた。
 今、僕に触れているのは、レオだ。過去の幻影に怯えて、この想いを伝えられずに終わるのだけは嫌だった。

「……だから……僕も、レオと……ちゃんと、繋がりたい」

 顔を伏せたまま言うと、レオがそっと僕の手を握ってくれた。

 夜の静寂の中、二人の呼吸だけが重なっていく。
 痛みではなく、温もりが満ちていく。
 心の奥に巣くっていた闇が、少しずつ溶けていった。

 二人で荒い呼吸を繰り返す。
 レオが優しく僕を抱きしめて、頬に口づけを落としていく。
 重なる体温が心地よくて、そのまま身を預けた。

「……ずっと、こうしていたい……」
「……僕も……」

 小さく返したその言葉を最後に、意識がゆるやかに沈んでいく。
 眠りに落ちる前、瞼の裏に、淡い光が滲んだ。

 ――もう、あの頃の闇はここにはない。

 隣にある温もりを確かめながら、僕は静かに息をついた。
 ようやく、光の方へ歩き出せた自分を、少しだけ誇らしく思う。

***
【作者コメント】
 長い旅路を、ここまで一緒に歩いてくださってありがとうございます。
 次の更新が最終話(エピローグ)となります。
 千景とレオが見つけた“光の先”を、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
***
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