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第3話 ちょっとやらかしてしまったっぽい

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 転生して1か月ほどが経過した。
 毎日この部屋にやってくるのは、メイドのような服を着た女性たちと、初日に会った、ハリウッドスター男か、厳しそうな老女だけだった。どう考えても、彼らは僕の親ではない。
 1か月で、我が子の様子を、親が1度も見に来ないなんて、変だよね。もしかして、家族関係が複雑な家に転生してしまったのだろうか。
 でも、そんなことはどうでもいい。
 まずは、言葉を覚えて、この世界のことを知るのが先だと考え、必死に人が話す言葉を聴き、意味を推測した。
 メイドさんは、毎日同じ人が来るというわけではなく、何人かが交代で来ているようだった。
 見た目は、やはり、皆、前世の欧米人のような姿をしており、無口な人もいれば、おしゃべりな人もいた。
 おしゃべりなメイドさんが来たときは、言葉を覚えるチャンスである。なるべく動き回って、向こうから話しかけてくるよう仕向けた。
 老女やハリウッドスター男が来たときは、お手上げだ。あの人たちはほとんど何も話さない。彼らからは、言葉を学ぶことはできなかった。
 しかし、ハリウッドスター男は、何も話さない割に、必ず、僕の顔をしばらく見つめていった。そんなに僕の顔が珍しいのだろうか。
 
***

 そんな調子で、3か月ほどが経過した。
 僕に話しかけてくる人がとても少なかったため、言葉を覚えるのに苦労したが、何となく、単語の意味くらいは理解できるようになっていた。
 僕の部屋に来るメイドさんたちは、僕のことを、『王の息子』というような意味で呼ぶ。おそらく、僕は、かなり高い確率で、いわゆる『王子様』なのだろう。
 部屋の様子から、お金持ちの家であることは予想できたが、まさか、王家だったとは驚きである。

 老女は、ゲルダさんといって、母親のかわりに僕を育てる、乳母のような立場の人らしい。
 ハリウッドスター男の名前は、ルドルフさん。なんと、僕の護衛だ。
 護衛が付くってことは、こんな赤ちゃんのときから、命を狙われる可能性があるっていうことだよね。王子様って大変なんだね……。
 転生したばかりでまた死にたくないので、ルドルフさんには、なるべく笑いかけるように努力したし、今後も優しくしようと決めた。

 ルドルフさんは、どうやら、とても強いらしい。『せっかく第1騎士団の団長になったのに』とか、『強いからこそ、護衛に選ばれた』というようなことを、メイドさんたちが話していた。
 ルドルフさんが何も言わず、僕のことをじっと見つめていくのって、もしかして、睨まれている可能性があるのでは……?
 第1騎士団の団長なんて、きっとエリートコースだろう。せっかく、出世街道まっしぐらの予定だったのに、王子とはいえ、赤ちゃんの護衛にジョブチェンジだ。
 赤ちゃんだから、1日中ベッドに寝ているだけなので、自慢の剣をふるう機会もなく、ただ部屋の入口に立っているだけのお仕事である。そりゃ、僕のことが嫌いでも納得できる。

 こうして僕は、転生して3か月で、手放しで信頼できる大人が周りにはいなさそうだと理解し、一刻でも早く一人前になることを強く決意した。
 鼻息を荒くしているところに、ルドルフさんがやってきて、いつものように、僕の顔を覗き込んできた。
 まずは、彼とはできるだけ仲良くなるべきだと考え、覚えたての言葉で話しかけてみた。
「ルドルフしゃん、しゅきー!」
「なっ――!?」
 あちゃー、ありがとうって言いたかったんだけど、思いのほか発音が難しくて、好きって言ってしまった……。まぁ、悪い意味ではないし、問題ないだろう)
 満足げに頷いていると、驚いたような表情で固まっていたルドルフさんが、突然部屋を飛び出していった。
 あれ? どうしたのかな。
 何か、問題行動をしてしまったのかと、首を傾げていると、今まで見たことのない数の大人たちを引き連れて、ルドルフさんが戻ってきた。
「本当です! 殿下が言葉を喋ったのです!」
「まさか! 殿下はまだ生後3か月ほどですよ。言葉を喋るなどありえません」
「ゲルダさんのおっしゃる通りです。普通、赤子が意味のある言葉を喋れるようになるには、少なくとも1年はかかります」
「でも、この耳ではっきりと聞いたのです!」
 やってきた大勢の大人たちが、僕を囲んでザワザワしている。
 あれ? これって僕、やらかしちゃった感じ……?
 赤ちゃんが普通、どのくらいで喋るようになるかなんて、まったく考えていなかった。
 こんな騒ぎを起こすつもりはなかったのに、なんだが大変なことになってきた。特にルドルフさんが。
「ルドルフ殿、少し、お疲れなのでは? 休暇を取られた方が――」
「私は正気です! 先ほど、はっきりと、殿下が『ルドルフ、好き』と――」
「「「「「…………」」」」」
「ち、違います! そんな目で私を見ないでください!」
 完全に残念な人を見る目で見つめられているルドルフさんが、なんだが可哀想になってきた。僕が何も考えずに、話しかけてしまったせいだ。
 このままでは、ルドルフさんが僕をさらに恨んでしまうかもしれない。そうなっては、最強の護衛と仲良くなって安全を確保するという当初の目的が台無しになってしまう。
 そんなことにはさせないと、ルドルフさんの証言を立証すべく、僕は、覚えたての言葉を再び解き放った!
「ルドルフしゃん、しゅき! いちゅも、ありがちょ!」
 やった! ありがとうが言えた! ちょっと発音は失敗しちゃったけど。
 ひとり、心の中でガッツボーズをしていると、一瞬の沈黙のあと、やってきた大人たちが、一斉に叫んだ。
「「「「「本当に喋ったーーーーーーーー!!!!」」」」」
「わっ! うるしゃい……」
 思わず耳をふさいだ。それくらい、大人たちの驚きようが凄まじかったのだ。

 それからの出来事は、本当に嵐のようだった。
 まずは、言葉を教えるための家庭教師が毎日やってくるようになった。
 その半年後には、僕はすっかりこの世界の言葉を覚え、大人と普通に会話ができるようになっていた。
 1歳を迎えてからは、言語に加え、帝王学、歴史、数学、科学、剣術、マナーの家庭教師もやってくるようになった。
 前世の知識では、高貴な身分の人は、ダンスしたり、ヴァイオリンを弾いたりする勝手なイメージがあったけれど、そういった教育を受けることは全くなかった。
 とはいえ、7科目の授業を、毎日受けるのだ。結構いっぱいいっぱいである。ただ、早く一人前になるという目的があったので、嫌だと思うことはなかった。
 王子ということもあり、つけられた家庭教師は、皆超一流で、教え方も上手だったため、順調にこの世界の知識を得ることができた。
 僕は普通に勉強していただけだったのだが、前世で39歳まで生きた経験と知識があるものだから、各科目を習得するスピードが異常な程早かったようで、10歳になる頃には、僕は、『神に与えられた才能を持つ子』と呼ばれるようになっていたのだった。
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