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第26話 恋人っぽい

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 次に目を覚ますと、僕は、何かに跨っていた。身体が上下に揺れているが、しっかりと包まれているので、落ちることはない。
 徐々に意識を取り戻し、重たい瞼を開くと、森の中だった。
「ウィル? 気が付いたか?」
 不意に、背中から、低く深みのある声が聞こえ、首筋がビリビリっとなった。
「ひゃっ!?」
 身体がビクンと反応した拍子に、思わず、跨っている何かから落ちそうになったが、声の主がしっかりと抱え込んでくれたので、落ちることはなかった。
 ドキドキしている心臓を抑えながら、後ろを確認すると、心配そうなルドの顔があった。
「ルド……?」
「まだ本調子ではないだろう? 襲われた冒険者二人に回復魔法をかけた後、歌ったのは覚えているか?」
「う、うん……」
「その後気を失ってしまったんだ。だが、侵入者のこともあり、早く宿屋を出る必要があった」
「うん――」
 そこまでは理解した。でも、なぜ今、僕の身体は、縄でぐるぐる巻きなんだ!?
 そんな僕の声が伝わったのか、ルドが教えてくれる。
「ハインツが昨日稼いだ金で馬を二頭買った。ウィルの歌唱後の体調の回復を考慮した結果、ウィルは俺と、エタはハインツと馬に乗るのがいいと判断した」
「うん、それは納得できるけどーー何で縄で巻く必要があったの!?」
「意識を失っていたんだ。そうでもしないと体勢を保てないだろう?」
「いや、そうなんだけどさ……」
 もっと何かいい方法がなかったのかと思う。今の僕は、ルドの身体と一緒に、縄で巻かれているのだ。
「も、もう大丈夫だから、解いてほしいな」
「ああ、わかった」
 僕が意識を取り戻したことで、その縄も不要となったので、ルドはあっさり縄を解いてくれた。良かった。だって、背後にルドの逞しい胸板とか腹筋がぴったりくっついていて、なんでかわからないけど、すごく恥ずかしかったんだ!

「ウィル! 目を覚ましたんですか? 体調はどうですか?」
 こちらに気づいたハインツさんが、声をかけてくれる。
「ウィル? 良かった~!」
 ハインツさんの声で、エタも気づき、今にも泣きだしそうな顔で、こちらをみている。二人にも心配をかけてしまった。
「はい、もう大丈夫です! ご心配をおかけしました。クシャさんとトリヤさんは……?」
 何者かに襲われたという二人の容体が気になり、ルドに尋ねる。
「ウィルが気を失う直前に、二人とも意識を取り戻した。かなり深かった傷も、ほぼ癒えていたから、もう大丈夫だ」
「良かった……!」
 僕の回復魔法か、歌の力なのかははっきりとはわからないけど、二人の命が助かったのなら良かった。
「ウィルのおかげだと感謝していた。頑張ったな」
 ルドがそう言って、優しく微笑み、僕の頭を撫でた瞬間、心臓が激しく波打った。
 ――ドクン
 うっ……胸が苦しい。何でだろう? さっきまでは体調も良くなってきているみたいだったのに……。
「ウィル? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ。ありがとう」
 心配そうに顔を覗き込んでくるルドの目を見れば見るほど、胸が苦しくなる。どうしちゃったんだろう――?

「ありました! ありましたよ~~~~!!!」
 ドキドキする胸を押さえていると、先頭を歩いていたハインツさんが、声を上げた。どうやら、エルフの里の入り口が見つかったらしい。
 僕たちは、いったん馬から降り、ハインツさんが指さす所を確認した。うん、どこが入り口なのかさっぱりわからん。これは、エルフ以外の種族は見つけられないよ。
「今開きます」
 そう言うと、ハインツさんが、今まで聞いたことがない響きの、呪文のようなものを唱えた。
 その瞬間、今まで、木々の生い茂る森の中にいたはずの僕たちは、目の前に、湖の広がる、別の空間にいた。
「わぁ~!」
「ウィル! すごいね! キレイだね!」
 エタも、大きい瞳をキラキラさせて驚いている。
 そんな僕たちを見て、ハインツさんが微笑む。
「ふふ。ようこそ、エルフの里へ」
 湖の周りには、見たこともないようなカラフルな色の花が咲き乱れ、これまた色とりどりの煌めく羽をしたたくさんの蝶がその周りを舞っている。
 湖の奥には、滝が流れており、水しぶきが光を反射して輝いており、虹までかかっている。天国かと思った。
「ハインツ、よく戻ったわね」
 あまりにも美しい風景にうっとりしていると、僕たちに声をかけてきた人がいた。
 ハインツさんのように、長い耳をしており、声や体つきから見るに、エルフの女性のようだ。
「ええ、お久しぶりです」
 普段は美人なのにおちゃらけていて、僕をからかって面白がってばかりいるハインツさんが、一気にシリアスモードになっている。何か訳アリなのだろうか。
「あなたがこの里を出てからもう何年たったでしょうか」
「連絡もせずすみません。こちらにも事情がありましてね」
 おやおや、これは……。何となく、長い間、遠距離恋愛をしていた恋人のような雰囲気を感じる。
 そうだよね。ハインツさんも大人の男性だ。恋人がいても、何もおかしいことはない。
「こちらの方たちは?」
 二人の世界を作っていた女性のエルフさんが、やっと、僕たちに注意を向けてくれた。
「あ、あの、はじめまして。僕は――」
「私の客人です。しばらくここに滞在しますので、急ですみませんが、客用の部屋を用意していただけますか」
「ええ、わかりました」
 あ、あれ? お世話になるんだから、ちゃんとご挨拶しないといけないと、自己紹介しようとしたのに、今ハインツさんがそれを遮ったような……?
 普段と違う様子のハインツさんに少し戸惑う。
「さぁ! やっと着きましたよ! ここはエルフ以外の種族の者には到底見つけられないようになっていますので、安心して滞在してくださいね!」
「は、はい。ありがとうございます」
 おかしいな? いつもと様子が違うと思ったのは気のせいだったのだろうか。次の瞬間には、いつものハインツさんの調子に戻っていたのだった。
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