傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第5話

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「二ヶ月後、中栄国との戦争が始まる。この戦争にあたり、リーゼに乗り込む者が決まった」
 坂平が教壇の上で連絡する。それはつまり、一足先の戦場デビューという奴だ。
 喜ばしいことなのか、それとも悲しむべきことなのか。
「今から呼ぶ三人が二ヶ月後の戦争に向かうことになる。他の候補者より、一層鍛錬に励むことだ」
 坂平の言葉に全員は頬が引き締まるような錯覚を覚える。いや、全員ではなかったか。ただ、一人阿賀野のみがどうでも良さげに彼の話を聞いていた。
 阿賀野には今回の話はどうでもよかったのだ。どの道、この戦争にはそこまでの意味がないことも分かっていたのだから。
「飯島」
 しかし、そんなことは関係なく兵士は決まっていく。
「は、はい!」
 呼ばれ飯島は緊張したような面持ちで元気よく挨拶をする。
「山本」
「っす」
 山本永治えいじ
 茶髪のリーゼントの昔風の不良と言ったような男だ。その見た目に反して、妙に律儀な男で教官達からの評価も高い。
「最後に松野」
「…………はい」
 緊張ともまた違う。松野は顔を蒼白くさせながら、小さく返事をした。
 坂平は三人の名前を呼び終えて、そのまま話を続ける。
「お前ら三人はパイロットに選ばれた。誰よりも先に戦争に出られるんだ。喜んでも良いんだぞ」
 などと坂平は励ますつもりなのか、声をかけて見せるが、誰一人喜びの表情など浮かべていない。
 この教室に悲しげな顔をする者が一人いた程度で、他の者たちは皆が真顔だ。
「パイロットなれなかったか……」
 声を漏らしたのは間磯だ。間磯の呟きは他の誰かに聞こえたわけでもない。
 重苦しいようなそんな教室で、阿賀野だけがいつも通りだった。
 緊張か、何かか空間に張り詰める。坂平は話は以上だ、と告げて教室を出て行った。
 教官である坂平が出て行った後だというのに、重苦しい雰囲気は変わらずに漂ったままだ。
「……ねぇ、阿賀野」
 阿賀野は後ろから声をかけられて、振り向いた。
「何だ、松野」
「私、大丈夫かな。訓練でもうまくリーゼを操縦できないし……」
「知らねえよ。選ばれたんだから期待されたって考えりゃいい」
 大した興味もない阿賀野はさっさとこのくだらない話を打ち切りたかった。
「おい、阿賀野」
「なんだよ、飯島」
「松野は不安なんだから、もっと相談に乗ってやれよ」
「飯島」
 松野は突然に話に入ってきた、飯島の一言に不安の気持ちが膨れ上がるのを感じた。
「お前も戦争に行くんだから、お前らで話し合えば良い。それに、飯島、お前が、今、話に入ってきたのはお前も不安だったからだろ」
「……ちっ」
 図星だったようで、飯島は舌打ちをして顔を逸らした。
「おい、山本!」
 阿賀野は山本を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返る。
「何だ、阿賀野」
 そして、席を立ち、阿賀野に近づいてくる。
「コイツら戦争に行くのが不安らしいから、三人で話して少しでも気楽になるようにしたらどうだ?」
「そうだな……。松野、飯島。親睦を深めようぜ」
 そう言って山本はついてこいというように廊下に出て行く。飯島は特に何も言わずに阿賀野をチラリと見てから彼を追って、教室を出る。
「阿賀野……」
「何だよ松野。……戦争に行く奴らで話してた方が共通の話題もあるだろ」
 それは虐められたことがあるだとか、現在の境遇が全く同じだからという話だ。それに阿賀野には彼らの悩みなど理解できるはずもない。
「俺に頼んなよ」
 阿賀野が松野の顔も見ずにそう告げると、松野も教室を出ていく。
「おい……」
 また、別のものが阿賀野に声をかけた。
「四島か。何、どうした?」
「松野のこと心配だって思わないのか?」
 怪訝そうな表情を浮かべながら、四島は尋ねる。
「心配ね……。別に、俺は心配するほど松野のこと知らんし」
「ーーアイツは女の子なんだぞ」
「それ関係あんの?なら、同じ女の竹崎とか川中《かわなか》の方が適任でしょ」
「でも、少しくらいは……」
「何が言いたいのかはわかるぜ?なら、お前が言ってやれよって話だ」
 言いたいことはわかるが興味も関心もない。戦争に行くもの同士で話した方が気が楽になるだろう。
 阿賀野や四島は戦争に行かないのだから、そんな彼らと話していれば松野は少しだけ負の感情を持つかもしれない。
「四島、訓練始まるぞ。今日も負けねえからな」
 そして、どんなことが起きようとも阿賀野には全く持ってどうでも良い話だ。
 四島がチラリと教室全体を見れば、既に教室は二人しか残されていなかった。
「……お前はもっと人の気持ちを汲み取ってくれ」
 四島は絶対に叶わない願いを小さく吐き出して、教室を出た阿賀野の背を追う。




「おい! 松野、動きが鈍いぞ!」
 その後の実機訓練では松野は思うようにリーゼを動かせずにいた。戦争に行かなければならないという事実が未だ成人していない少女に重くのしかかったのだ。
 それを側から見ていた阿賀野は早く自分の番が回ってこないかと貧乏揺すりをしていた。阿賀野とは全く違うようで四島は、松野のことが心配だった。
「松野! 的を中距離砲で撃ち抜け!」
 坂平の指示に従い、松野が搭乗するリーゼは左手に握る中距離砲の照準を合わせて、そのトリガーを弾いた。
 ドゴォン。
 そんな爆音を上げ、着弾した場所から、砂煙が巻き上がる。
 だが、狙いにした的はそこに立ち続けている。外れたのだ。
「何をしている、松野! 戦争まで二ヶ月しかないんだ! 止まっている的にも当てられないのか!」
 坂平が怒鳴り声を上げる。
 ただ松野が当てられなかったのは精神的な問題もあるからだと四島は考えていた。
 松野という少女は恐れているのだ。こんな場所に来たのだから、とうに覚悟は決まっているはずだと誰もが思っていた。
 けれど、違った。
 松野は孤児院の出身だった。両親は幼い頃で事故で亡くなり、たった一人になってしまった。そんな彼女を引き取ったものは彼女に与えられた遺産を搾り取って放り捨てた。
 そこに温情をかけて拾ってくれたのが国営の孤児院だった。施設長は常に彼女に語りかけていた。
『君が国のために動いてくれたのなら、私達はそれで満足ですよ』
 幼い少女はその裏にあるものを理解できなかった。だから、国のために動くリーゼのパイロットになることで彼らへの恩返しになると思ったのだ、とある男に話を持ちかけられた時に。
『君が、松野美祐みゆだね。君はリーゼのパイロット候補に選ばれた』
『?』
 松野の前に現れたとある男は岩松だった。優しそうな雰囲気で彼女に諭すように話しかけるその様は聖人と呼ばれてもおかしくはなかっただろう。
 岩松は少しだけ困ったような顔をして核心を突くような言葉をかけた。
『つまり、君は国のために。彼らのために働けるということだ』
 それは松野にとっては甘美な言葉だった。行く宛のない自身を拾ってくれた、施設のみんなに孝行できる。
『美祐』
 施設長の先生は優しく微笑んで、
『頑張っておいで』
 まるで送り出すような言葉を掛けて、背中を押してくれた。
 しかし、今になって、松野の脳には不安と恐怖と吐き気がこびりつく。しかめっ面を浮かべながら、彼女はリーゼを操縦する。
 こんな、こんな筈じゃ。嫌だ、戦いたくなんてない。でも、これも先生や他の子供達のために。
 気がつくには遅すぎた。もう後には戻れない。もし、松野にここまでの能力がなければ、あるいは阿賀野ほどの力があれば、彼女はここまで苦悩しなかったのかもしれない。
「あ、ああああああ!!」
 松野は叫びながら、中距離砲を乱射する。しかし、精神の乱れた彼女の弾幕はリーゼの補助があったところで当たることはなかった。
「ーーもういい、松野。リーゼから降りろ」
 坂平の指示に従って、松野は生気を失ったような表情をしながらリーゼの電源を落として、手足を引き抜いて降りてきた。
 その顔に四島は同情するように目を伏せて、飯島は緊張を覚えたような顔になり、山本は観察するように見ていた。
 たった一人、阿賀野は四島を見ていた。今日も勝つと意気込んで。
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