傲慢な戦士:偽

ヘイ

文字の大きさ
8 / 88

第7話

しおりを挟む
「ねえ、松野」
 松野は廊下で背後から声をかけられて徐に振り向いた。彼女の後ろに立っていたのは、いつも一緒にいる竹崎だった。
「竹崎」
「あのさ、渡したいものがあるんだけど」
 竹崎は少しだけ恥ずかしそうな顔をして、頬を掻きながらそう言った。
「今日、夜に時間大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
 返事をするまでに少しだけ間を感じたが、どうやら松野には特に用事がなかったみたいだ。
 ただ、その光景を見ていたものが三人。四島と、飯島、そして山本。
 誰もが不安に思っていた。山本はアイコンタクトで飯島に今は話しかけるなと訴える。それは無事に伝わったようだ。
 一緒に中栄国との戦争に行くことになった彼らの存在は、松野には重たいのだ。否応にも戦争を意識させる。
「あのさ、松野……いや、美祐」
 松野の目をしっかりと捉えて、竹崎は名前を確かに読んだ。
「私のこと、真衣まいって呼んで」
「……真衣。これでいいの?」
「前から思ってたんだ。仲良いって思ってたのに、苗字で呼ぶなんて他人行儀だよね」
 竹崎はふと笑う。
 だが、竹崎と松野では精神的状況があまりにも違った。
「ーーねぇ、何で竹崎は優しくしてくるの?」
 松野が吐き出した言葉は責め立てるように語気が荒く、思わず、竹崎は後ずさる。
「私に同情してるの?」
 涙を流しながら、松野は叫ぶ。
 松野の浮かべる表情が余りにも痛々しくて、竹崎には見ていられない。竹崎はさっと顔を逸らしてしまう。
「やめてよ! 私が死ぬから、私が戦争に行って死ぬから、そうやって突然に優しくしだしたんだ!」
「違……!」
「違わない!」
 負の感情が溢れて、それは松野には止められない。責め立てるような声と表情に、竹崎はおののき、また少し後ろに下がる。
 ドン。
 その結果、誰かにぶつかってしまう。
「ちゃんと前見て歩けよ」
 頭上から聞こえた声に竹崎は視線を少しだけ上に向ける。そうすることで漸く、自分のぶつかった相手がわかったようだ。
「お前ら、廊下で騒ぐんじゃねぇよ。迷惑だろうが」
 竹崎がぶつかった相手、ーー阿賀野はまるで、彼女たちのやりとりに興味もなさげにすぐに通り過ぎて行ってしまう。
 ただ、そのことによって先ほどまでの険悪な空気は壊れたのか、竹崎と松野は気まずげに目を伏せて、黙り込む。
「ーーなあ、松野」
 険悪な空気が霧散したことで、飯島はそろそろ良いかと松野に声をかける。ただ、どうにも山本の真意は通じていなかったようだ。
 飯島の顔を見た松野はさあっと顔を青ざめさせ、昨晩、山本と出会した時の様に後ろに振り返って、逃げ出す様に走り去る。
 皆んな、同情しているのだ。
「竹崎はいつもはあんなんじゃない……」
 あんな気を伺う様な顔はしない。笑っているのだ、もっと自然に。だから、そんな普通じゃない彼女が、余計に死という文字で脳を侵していく。
 誰も彼も普段、日常と違う中でいつもと変わらない者を松野は知っていた。
 阿賀野だけなのだ。あの傲岸不遜な彼だけはきっと、自分に同情などしないだろう。
 松野はそう思って、また突き放される事も想像しておきながら、阿賀野と話したいと思ったのだった。
「阿賀野……」
 どれだけ素っ気なくとも良い。いつもと変わらないことが、彼女にとっての救いだった。





 階段の踊り場で突然に大声で呼び止められる。
「阿賀野!」
 阿賀野は自分の名前を呼ばれた事で、何のようだと少しだけ顔を歪めながら振り返る。歪めてしまったのはその声の主人のことを知っていたから。その声の主人が、面倒臭い性質をしていたから。
「ーーねえ、阿賀野。相談に乗ってくれない?」
 松野だった。
 不安そうで、壊れてしまいそうで、どうにかしてやろうと思っても、それでも扱いに悩む様な代物で、触れてはならないようなものの気がするのだ。
 普通、当たり前、一般的に。
 だったら、どうすれば良いのか。相談に乗るのが、正解なのか。それとも、地雷を踏み抜かない様に会話を避けるのが松野の為になるのか。
 阿賀野は別にそんなことは考えていなかった。ここで断ったところで、つけまわされるだろう。話しかけられ続けても面倒臭い。
 阿賀野はそんな先を予見したのか、少し苛立ちを感じてため息をついて、松野の目を見た。
「……わかったよ。話してみろ」
「……皆んな、いつも通りじゃないんだ。私が戦争に行くってなってから、皆んなが心配そうに私を……」
 何故、そこまでいつも通りを求めるというのに、彼女自身はいつも通りを演じないのか。
「嫌だよ……。いつもの竹崎と笑っていたい。皆んなといつも通りでいたい……」
「知らねえよ。お前が、何求めようとしてんのかなんて興味もねえ」
 阿賀野は本当にどうでも良さげにそう言い切った。ただ、それが松野からして見ればいつも通りに他ならない物だった。
「……皆んな、意味わかんないよ。何で、突然に優しくしてくるの?」
 顔を伏せて、彼女は両手で拳を握り締めながら、震える声で呟いた。
 気がついていないのか。理解していないのか。
「ーーお前、クソ面倒臭えよ」
 話すに値しないと思ったのか、阿賀野は舌打ちをして、階段を上っていく。松野はそれを引き留めようと思ったのかもしれないが、彼に本当に怒られるという恐怖を感じたのか、自然と伸ばした手が下がり、出しかけた声も止まる。
 カツカツと階段を上っていく、一人だけの足音が響いた。
「ーー盗み聞きとか趣味悪りぃな」
 階段を上りきった所で阿賀野は候補者の一人を見つけて、チラリと目を向けながらそう言って、その横を通り過ぎて行こうとした。
「僕は君に協力しろと言われているんだ」
 ただ、その直後に阿賀野に声が届いた。
「協力だあ? ーーああ、あの人の差し金か。ご苦労さん」
 阿賀野は労いの言葉をかけて、少しだけ微笑みながら、その場を後にした。
「君は協力なんて必要ないと思っているだろうけどね」
 彼はゆっくりと阿賀野の方へと振り向き、その背中を見ながらそう呟いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...