傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第二部

第2話

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 エマ・エヴァンス。
 彼女は類稀な身体能力を有する女性であった。十代後半、彼女はそこらの軍人以上の力を持つ『牙』の一員として務めている。
 彼女の曾祖父、アイザック・エヴァンスは軍人退役後も、先の大戦をタイタンの整備士として支え、戦争から二十年ほどした、ある日にこの世を去った。
 当時、赤子であったエマには詳しいことは分からない。それでも、彼女の母からはとても優しい人であったことは聞かされていた。
 アスタゴの教科書には『悪魔』として、その名前が語り継がれていた。
 最も、身近な英雄。それがアイザック・エヴァンス。そんな彼の血を引くエヴァンスの家族は何処か比較され、そんな英雄に対して劣等感を覚える所もあった。
 ただ、彼女、エマは違った。
 もしかしたら。
 などと世間は彼女に期待していたのかもしれない。
 ただ、それは彼女にとってはどうでも良い話、などとは言い切れなかった。『悪魔』と呼ばれるほどの曾祖父に彼女は憧れたのだ。
 だから、こうして彼女は『牙』にいる。
「アリエル」
 エマが振り返り、アリエルが居ることを確認する。
「ここが、『牙』専用の訓練室」
 二人が居たのは『牙』の専用訓練室。
 とにかく、広い空間。
 ただ地下を四方にくり抜いたようにも思えるその空間は、ただ広く、それ以外には何もない。
「広いね……」
 だとしても、もう少しくらい設備が整っていても良いはずだ。
「専用って言ったけど、ここではどんな訓練するの?」
 質問をした瞬間に、エマの拳が風切り音を出しながらアリエルの顔に迫る。
 アリエルは首を少しだけ横に曲げて、エマの右拳を避ける。
「うん、良い反応……」
「と、突然だね?」
「驚いた?」
「まあ、それはね……」
「でも、これならベルと戦っても大丈夫なのは納得」
「で、ここはどんな訓練をする場所なの?」
「それは。『牙』の為の……」
 彼女の説明を受けていると、階段を靴の底が叩く、カツンカツンといった音が響く。
「誰だろ?」
 アリエルが背後を見ると、そこには先程、アリエルを襲撃したベル・モーガンが階段から降りてきているのが見えた。
 彼女もアリエルを認識したのか、階段で立ち止まる。
「アンタ……!」
「ど、どうも?」
 アリエルは対応に困りながらも挨拶をすると、階段の方から舌打ちが聞こえてきた。そして、カンカンと足早に階段を降りてくる音がする。
「団長に認められたら、仕方ないね……」
 言葉の割には、彼女は、何処か嫌だと言いたげな表情を浮かべている。
「おい、エマ。付き合いな!」
「うん」
「え、どう言うこと?」
 困惑。
 何が起きるのかが分からずに、アリエルはエマの方へと視線を向ける。
「この訓練施設の意味、直ぐに分かるよ」
 エマとベルは階段を上っていった。
「……待ってろって事だよね?」
 一人、広い空間にアリエルだけが取り残された。




 十分。
 アリエルが待っていると、漸く二人が戻ってきたのだが、姿がわからない。
 どちらもパワードスーツに体が覆われていて顔が見えなかったからだ。
 その時点でアリエルも察しがついた。
 確かにこの場所は、『牙』専用の訓練施設であったわけだ。
 『牙』と言う名前は彼らの部隊名であり、そして、彼らの纏うパワードスーツの名称でもあった。
 軍需企業、エクス社の作り上げたアスタゴ最高のパワードスーツ。
 黒色のスーツで、血管のように黒色の身体の表面に細い赤いラインが走る。顔も軽さを感じさせるようなフォルムをしている。
「一発当てた方が勝ち、それで良いかい?」
 勝利条件をベルが提案すると、もう片方の、おそらくエマだと思われる人物が頷く。
 開始の合図は無かった。
 突然にベルが駆け出して、アリエルを襲撃したときに見せた足技や殴打を混ぜてしかけるが、エマもまた攻撃を防ぐ。
「凄い……」
 恐ろしく速い。
 人間の力では対応不可能なほどの動きをしている。『牙』の力のためだろうか。
「おー、やってるね。君は新人かな?」
 いつの間にかアリエルの隣に立っていた黒髪の男が二人の戦闘を見てから、尋ねて来た。
 エマとベル、二人の派手な戦闘に目を奪われて、気がつかなかったのだ。
「え、あ、はい!」
「ふふっ、まあ、驚くだろうな。ああ、オレはオスカー・ハワード。副団長、君の上司という奴だ。よろしく頼む」
「あ、こちらこそ……!」
 差し伸べられた右手をアリエルが握ると、突然、殺気を感じた。
 この殺意はオスカーの手を握ったことに対して憤りを覚えた、ベルの物であった。
 エマとの訓練中であるはずだと言うのにベルの視線、感情が全てオスカーとアリエルに向けられる。
「ベル、私の勝ち」
 エマは、この隙を見逃すほどに愚かでもない。
 エマはベルの腹を殴り抜いた。
「ベル、オスカー副団長に気を取られすぎ」
 暴走列車の思考は一直線。
 アリエルへの殺意と、オスカーへの恋慕。ここでアリエルに対し怒りをぶつけては、オスカーに嫌われてしまうのではないか。
 フルフェイスのヘルメットの中で下唇を噛み締めていると、ぽんぽんと頭を優しく撫でられる。
 この感覚がベルに伝わってくることはない。
 だが、目の前にいるのはオスカーで、頭を撫でたのもオスカーなのだとベルには理解できた。
 嬉しいやら、恥ずかしいやら。
 仮面の下、それでも嬉しいと言う気持ちの方が勝ったのか、彼女の顔はこれ以上にない程に綻んでいた。
「ベル。彼女はこれから仲間になるんだ。大切にしなきゃダメだぞ?」
 優しい声。
 彼の言葉はスッとベルの心に響き渡る。オスカーの言葉一つでベルは素直になったのだ。
 アリエルはベルのあまりの変化に驚いてしまう。
「え、ええ……?」
 アリエルが困惑の声を漏らすと、すぐ近くに来ていたエマが「いつものこと」と教えてくれる。
 ベルにはオスカーを、というのが『牙』のメンバーの見解であった。
 ただ、ベルの暴走の原因もオスカーではあるのだが。





「アリエル。君の分のパワードスーツのサイズを測らなければならない。それから完成までを考えると、およそ一週間後になるんだが……。取り敢えず、今日のところはオレに付いてきて貰ってもいいか?」
 オスカーがアリエルを誘う。彼の誘いを断ることなど出来るはずもない。
 上司の言葉だ。彼女達は否定する権力など持ちえなかった。
 ただ、そもそもの話で、権力以前に彼女達には否定する気もなかっただろう。
 先程までの、ベルの勢いはオスカーに頭を撫でられてからと言うもの、どこかへと消えてしまったように見える。
 エマはアリエルがオスカーと共に行くことが当然、必要なことであると言う認識であった為、文句を言うつもりもなかった。
「えーと、付いて行く? どこにですか?」
 目的は分かったが、どこに向かうのかが分からないアリエルがオスカーに尋ねる。
「ん? ああ、それは『牙』の開発元であるエクス社にだ」
「エクス社ですか?」
 この企業の名前は有名で、アリエルにも聞き覚えがある。パワードスーツの開発の最大手。銃などの軍需品も製造している、巨大企業だったはずだ。
「まあ、あそこはアスタゴの兵器開発技術の最高峰と言っても過言じゃない。あそこ以外が『牙』のパワードスーツを製造できるわけないだろ?」
 オスカーの言葉通りにエクス社は突出した技術を有している。パワードスーツの出来はエクス社が最高とはよく聞く話だ。
 銃も、軍人が愛用銃としてエクス社の製造したものを多く使っているなどと言った話は、アスタゴの軍組織や少しでもそう言った役職に関係があれば知らぬ者はいないほどだ。

 ーーガタン、ゴトン。

 そして、今、アリエルは電車に揺られていた。
「どうだ、アリエル。さっき買ったんだがフランクフルト、食べるか?」
 ケチャップとマスタードがかけられたフランクフルトを差し出される。匂いに食指が動く。
 串を受け取るとオスカーは手を離す。
「あむっ」
 ジューシーな肉感。肉汁が口内で弾ける。
「うーん……」
 ただ、納得がいかない。
 どうしてもやはり、アリエルの中では父親の作るものが一番であって、認められない。
 ふと、電車の中を見れば広告が見える。
「……あの、エクス社って言ったら、あれですよね?」
 彼女の目にはエクス社の広告が見えた。大々的に打ち出された広告にはパワードスーツが写っている。広告に映し出されているパワードスーツは『牙』と同じものではなく、スポーツ用に機能が多分に制限されているものだ。
「ああ」
「『牙』も作ってるんですね……」
「そうだ。あとは『牙』の武器なんかもな」
「いやぁ、知りませんでした」
「ははっ、そりゃあ仕方ない。『牙』の情報なんてあまり出るもんでもない。別に覚えなくてもいいことだけどな」
「そうだ、オスカー副団長はエクスの社長さんに会ったことあるんですか?」
「ん? ああ、そりゃあ会ってるさ。中々気さくな爺さんだぞ。爺さんって言ってもウチの隊長よりちょっと歳上な位だけどな」
 オスカーの話を聞いていれば、悪い人ではないのだと言う印象を抱く。気難しいということもないのだろう。
「それで隊長とは年も近いってのと、『牙』の製造社だってんで交流もあるわけだ。たまーに、隊長と飲んだりしてる事もあるんだと」
「仲良いんですね」
「要はアレだ。歳近いから親近感でも覚えるんだろうさ。お互いに交流もあるから話も合うんだろうな」
 今までアリエルは、『牙』のメンバーに何人か会って来たが、マルコに歳が近い者を見たことがない。
 副団長のオスカーが三十代ほど。少なく見積もっても十以上は離れているだろう。
「エマが君に対して抱く物と同じような物だ」
「エマが?」
「年が近いと言うのはそれだけでも、仲良くしたいと思えるんだ」
「そうなんですか」
「まあ、仲良くしてやってほしい」
 そう言ってオスカーはアリエルの頭を撫でようとするが、それをアリエルがサッと躱す。
「え? オレに撫でられるのは嫌か?」
「あ、すみません! 父以外に撫でられるのは受け付けられない物で……!」
「あ、お、おお、ごめんな」
 オスカーは少女に撫でようとした手を避けられたことで、僅かに悲しそうな表情を見せる。そのような顔をされてはアリエルも申し訳なさを感じるという物だ。
「いや、本当にすみません!」
「ははっ、気にするな。兎に角、エマと仲良くしてやってくれ」
 オスカーは苦笑いを浮かべる。
 温かで柔らかな男というのが、オスカー・ハワードという男を表すに相応しい。





「ここが……」
 アスタゴ、都市部。
 高層マンションなどの建造が立ち並ぶ、アスタゴの中でも経済的に発展した市街区、イルメア州セアノ。あちらこちらを見回しても、ガラスが張り巡らされた巨大な建物ばかりが目に入る。
「アリエル、こっちだ」
 アリエルはあまりの光景に目を奪われてしまうが、オスカーに呼ばれた事で目的を思い出す。
 今はエクス社に向かうのが第一だ。
「は、はい!」
「人も多いから迷子になったら大変だからな。気を付けるんだぞ?」
 オスカーは迷いなく歩き始める。アリエルは、彼の後ろを歩き、時折ちらりと視線の向きを変えて、街の様子を見る。
「へぇ~……」
「セアノは初めてか?」
 アスタゴ合衆国、イルメア州。
 アスタゴ北西部に位置する州であり、中でもセアノは特に文化的発展が著しい。
「はい。元々住んでた場所とは大違いで……」
「まあ、セアノは大都会だからな。ビジネスの拠点、あとはまあ、ここでパワードスーツを用いたスポーツの大会も開催されたりするんだ」
 イルメア州セアノの中にアリエル達が目指すエクス社がある。
「もうちょっとで着くぞ……」
 そう言ってオスカーは歩く速度を早めた。歩く事、十五分ほど。
 オスカーが立ち止まってアリエルの方へと振り向いた。
「ん、いるな。迷子にならなくて良かったよ」
 目の前にある建物を見上げれば、EXと大きな文字が載せられたビルが見える。
「ここがエクス社だ」
「おっきい……」
「ほら、入るぞ」
 アリエルはオスカーがビルの中に入って行くのを見て、彼の背中を追うようにエクス社のビルの中に足を踏み入れる。
「どうも」
 入って直ぐに二人は受付へ向かう。
「はい」
 受付に居たのはスーツを着た茶髪の白人の女性。明るい声での応答が返ってきた。
「『牙』の副団長。オスカー・ハワードだがエイデン・ヘイズ社長はいるだろうか」
「……はい、直ちに確認致します」
 女性にオスカーが尋ねると、彼女は直ぐに確認をおこなう。
「はい、わかりました」
 確認が終わったのか、受付の女性が顔を上げた。
「通っても大丈夫か?」
「はい、どうぞ」
 社長との面会の許可が下りたようで、受付の女性が答える。
 オスカーとアリエルは返答を聞くと、受付のカウンターの前を通り過ぎ、ホールの奥にあるエレベーターに乗り込む。
「しゃ、社長に会うんですか……」
 アリエルには一大企業のエクス社の社長という人物は、簡単に会えるような人だとは考えられなかった。
 勿論、アリエルの考えは間違いではない。本来、一般の人間がエクス社の社長であるエイデンに会うのは、ここまで簡単な話ではない。
 ただ、エイデンと『牙』との関係は、一般人と一大企業の社長という関係では無いのだから。
「言ったが、そこまで気を張る必要はないからな?」
「な、成る程?」
「普通に生きてたら中々会えるような人じゃないが、『牙』なら会う機会も増える。エイデン社長は比較的明るい人だよ」
「はあ……」
 エクス社と『牙』はパワードスーツの提供という面で交流も深い。その為に、エイデンとの面会機会も必然と増えるのだ。
 社長室の前に立ち、オスカーは扉を四度叩くと、「どうぞ」と答えが返ってくる。
 扉を開けば、深い青色のスーツを着た、スキンヘッドの、皺の深い五十代後半と思われる男性が黒色のレザーチェアに座り、笑顔を浮かべていた。
「やあ、ハワードくん。そちらは『牙』の新入りかな?」
「エイデン社長、ご無沙汰ですね。こちらはアリエル・アガター。新入りです」
「は、はじめまして!」
 アリエルが挨拶をすると、エイデンの琥珀色の目が、アリエルの顔と身体をじっくりと見つめる。
「え、えーと……?」
 まじまじと見られては些かばかりか居心地が悪い。
「ああ、すまないね。……君はアリエルくんと言ったね?」
「はい!」
「君はとても綺麗だ。作り物のようにも思える。人形のように愛らしい、と言うのかな」
「そう、ですか?」
 見目を褒めそやすような言葉は何度か聞いたが、どうにも彼女には実感が湧かない。
「もっと自分の美しさに自信を持つといい」
「は、はい……」
 理解はできないが頷く。エイデンの言葉を否定する必要も見当たらなかったためだ。
「それで。さて、要件は……」
「新規の『牙』の製造をお願いします」
「だろうね。まあ、分かった。ハワードくん、アリエルくん」
 確認をするまでもない。分かりきっていた言葉を聞いてエイデンは訪問者二人の名前を呼ぶ。
「付いてきたまえ」
 そして、エイデンはおもむろに立ち上がった。
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